プロローグ 終われない世界と終わらない男
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
これは、すでに終わった悲恋(ラブストーリー)の、幸せな続きである。 大賢者の物語も、世界を変えた魔導革命も、前世で愛した女性との別れも――全部、とっくに終わっている。 結果として、大賢者は最愛の妻を救えなかった。 恋をした、ただ一人のために世界を一変させた。だが、どうでもよかった。 得た権威も、名誉も全て、彼女を救うためにやったことだ。 それでも世界は残酷だった。 もう少しで彼女を救えたのに。なのに、間に合わなかった。 大賢者は最愛の妻を救えなかった。それでこの作品(本編)は終わりを迎えた。 だが、物語とは時に残酷なもので。どうやらこの世界は、バッドエンドで終わることを許さないようだ。 妻を救えなかったとしても。彼女の後を追って転生したとしても、この世界は終わらない。 そう――これは、その続きの話(後日譚)だ。 転生した元大賢者、ノルン・ウォルフラーレンは今日もラブコメをする。 前世チートで華麗に研究をこなすと思いきや、素人質問でたじろいだり。 帰宅すれば再会した前世の妻に膝枕される。と思いきや、些細な事でシバかれて逃げ出したり。 翌朝には娘たちにたたき起こされ、振り回される。 かつて世界を震撼させた伝説の賢者の末路がこれである。 この作品に大きな事件は起きない、世界の危機も訪れない。 ただ、何気ない日常のワンシーンをひとつひとつ切り取って並べただけの、ラブコメ風の短編集だ。 前世の物語なんて知る必要はない。少なくともこの世界では、もう終わったことなのだから。
本文
「――桜の花弁が散って、また咲くように。……でも、いつかは枯れてしまうように。だから、もう咲かなくていいよ。それでも春になれば、きっとまた会えるから」
彼女の言葉は、彼に届かなかった。
そしてまた、輪廻が回る。
一人は全てを終わらせて。もう一人は全てを抱えたまま。
◆◆◆
「間に合わなかったか……」
白衣に身を包んだ男はそう呟く。
その男の後ろでは、頬に涙を浮かべる弟子が七人。
哀しみに打ちひしがれて両ひざをつく者。
彼女に弱さを見せないように、背を向ける者。
春の雨は冷たかった。
花の季節に降る雨は、散り際の花弁を地面に貼り付けて、もう二度と舞い上がれないようにしてしまう。
中庭の桜の木は今年も白に近い薄紅色の花をつけていたが、昨日の風でその大半は落ちていた。
残った花弁が雨粒に打たれて、一枚、また一枚と落ちていく。
男は傘を差さず、桜の木の根元を見つめていた。
桜の木の根元には、盛り上がった土がある。
雨に濡れて黒く変色したその土が、今日埋められたものだということを、この場にいる全員が知っていた。
後ろから嗚咽が聞こえた。
誰のものかは振り返らなくても分かった。
雨音が、全てを等しく濡らしていく。
間に合わなかった。いや、間に合わせられなかった。
彼女を救う方法はあった。だが、使えなかった。
時間が足りなかったわけではない。才能が無かったわけでもない。
事実として、ノルン・ウォルフラーレンは世界を変えた。
『術式』を開発し、獣人でも魔法と同等の能力を使えるようにした。
『魔導革命』を引き起こし、人間と獣人の格差社会を無くした。
だが、ノルンにとってはどうでもよかった。
それらは全て、彼が愛した一人の女性のためにやったことだから。
『ウォルフラーレン病』
それが、彼女を死に追いやった疾患――いや、『 』だった。
その名を冠した病は、彼女が患う以前から存在していた。
発症原因『 』。
発症したら最後、『転生魔法』以外の治療法はない。
そう言われ続けてきた難病だった。
だが、それは根本的な治療ではなかった。
患者の魂を無理やり延命させるだけ。苦しみは終わらない。
彼女を『輪廻の呪い』から救うために。
その願いを叶えるために、ノルンは生涯を捧げた。
その成果もあって、ノルンは全てを知っていた。『ウォルフラーレン病』の本質を。
だからこそ、治療できなかった。
それが救いだったから。それこそが彼女の願いだったから。
これでよかったのかもしれない。
これで彼女の苦しみが終わったのだから。
だが、ノルンは違った。手放せなかった。
次の身体でも、また同じ病が待っている。
それでも、彼女を忘れずに済むのなら安いものだ。
ただ、それだけだった。
結果として、ノルンは彼女を追うことにした。
その選択が、どれほどの罪を背負う選択になろうとも。
ノルンはその全てを背負い、転生魔法に自らを委ねた。
◆◆◆
転生してから二十一年が経過した。
ノルンは無事に転生魔法を行使した。
姿形は変わっていたが、前世を共にした妻にも再開できた。
それにしても、彼女がノスティア王国の第三王女に転生したのは想定外だった。
だが、問題は無かった。
ノルンは魔導研究者としての地位を確立し、現在では博士課程の学生でありながら学院の助教授も兼任する特殊な立場まで上り詰めた。
この世界では、男女の結婚年齢が非常に低い。
大体のカップルは十八歳で成人を迎える前に婚約をし、成人になると同時に結婚するのが一般的だ。実際、ノルンも同じことをした。
それと、些細なことだが、現在は娘二人と成り行きで拾ったメイドが一人いる。
とりあえず、今のノルンはしがない研究者であり学生だ。
前世で愛した妻に再会し、仮初めながら幸せな家庭を築いている。
国も言語も、彼自身の種族も獣人に変わっているが、とりあえず『魔導革命』後の平和な世界であることが分かれば十分だろう。
とにかく、ノルンは目的を果たした。彼にとってそれが全てであり、過程やおまけには興味なかった。
それと、予期していたとおり、ノルンはウォルフラーレン病に罹患した。
まあ、転生する前から知っていたから、特に驚くことでもなかった。
この件については、今の生活を謳歌しながら研究すればいいだろう。
いまはとりあえず、折角手に入れた人生を謳歌しようと思う。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。