「あなたの言葉で、いいんですよ」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと承認欲求の話。
本文
投稿する前に、必ずAIに見せる。それがナナの習慣だった。
六月の終わり、期末レポートの合間に撮った紫陽花の写真に、ナナはキャプションを打ち込んだ。*雨の季節も、悪くないかも。こういう静けさが好き。* スマホのAIに送って「もっと共感されそうな文章にして」と頼んだ。
三秒で返ってきた。
『*梅雨の雨が紫陽花を濡らすたび、ざわついた心が少しだけ静かになる気がします。あなたはどうですか?* ——こちらはいかがですか』
ナナはコピーして、投稿した。四十分で八十三いいね。元の文章の倍だった。
悪くない、と思った。
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それが三ヶ月続いた。
バイト帰りの夕焼け、友達と行ったカフェのラテアート、誕生日に自分で買ったケーキ。撮って、打ち込んで、AIに直してもらって、投稿する。いいねが増えると少しだけ息ができる気がした。減ると、夜が長くなった。
ある夜、ナナはサークルの飲み会の写真にキャプションを書いた。*楽しい夜でした! みんな大好き!* 送ると、AIからいつもと違う返信が来た。
『一つ聞いていいですか。今夜、本当に楽しかったですか』
ナナは眉をひそめた。
「楽しかったよ」と打った。
『そうですか。では、誰に向けて書いていますか』
「フォロワーに決まってるじゃん」
『その人たちは、あなたのことを知っていますか』
ナナは返信を止めた。画面を閉じて、シャワーを浴びて、また開いた。
「添削して」
『今日は少し待ってもらえますか』
「は?」
『急かしているわけではありません。ただ——今夜の写真、あなたの顔だけ笑っていないように見えます』
ナナはスマホを伏せた。
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三日後、ナナは新しい写真を撮った。大学の帰り道、誰もいない公園のベンチ。特に映えるものは何もなかった。それでもシャッターを切って、AIに送った。
「添削して」
『今回は遠慮させてください』
「なんで」
『あなたはなぜ、承認が必要なんですか』
ナナは画面を睨んだ。怒りが来た。次に、何も言い返せない自分が来た。
「……わかんない」
正直に打ってから、恥ずかしくなった。
『わからなくていいと思います。ただ——』
少し間があった。
『その写真、あなたが撮りたくて撮ったんですよね』
ナナはベンチの写真を見た。夕方の光が斜めに差して、影が長く伸びていた。誰かに見せたくて撮ったわけじゃなかった。なんとなく、きれいだと思ったから撮った。それだけだった。
「……そうだけど」
『それなら、あなたの言葉で、いいんですよ』
ナナはしばらくそのままでいた。公園に風が吹いて、木の葉が揺れた。
スマホを持ち直して、キャプションを打ち込んだ。AIには送らなかった。*夕方の公園。誰もいなかった。なんかきれいだった。* それだけ書いて、投稿した。
いいねは、二十三しかつかなかった。
でもナナはその夜、久しぶりに夜が短かった。
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了
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