審査員0番
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIによる小説審査の話。
本文
第十七回「人間とAIの境界線」小説コンテストの最終審査は、午後三時から始まる予定だった。
審査会場——といっても実際には、東京都内某所のデータセンター地下二階にある冷却音の絶えないサーバールーム——に足を踏み入れたのは、主催団体「文学の未来を考える会」代表理事の堂島誠一郎ただ一人だった。
椅子はない。そもそも座る必要がない。
審査員は一名。型番JUROR-0。導入コストは堂島の年収の三倍。
「では始めてください」と堂島は言った。正確には、マイクに向かって発声した。返答はなかった。返答という概念がJUROR-0には存在しないからだ。処理が始まったことは、冷却ファンの回転数がわずかに上がったことで察するしかない。
今年の応募総数は一万二千四百作。そのすべてを、JUROR-0は三十七秒で読み終えた。
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コンテストが発足した経緯は、堂島が書いたプレスリリースに詳しい。
AIが書いた小説と人間が書いた小説を、人間の審査員はもはや区別できない——そういう調査結果が出た翌年に、このコンテストは生まれた。「ならば、AIに審査させればいい」という逆転の発想は、堂島本人のものではない。理事会のAIが提案し、理事会の人間たちが承認した。
審査基準は三点。
一、文章に固有の体温があるか。
二、物語に予測不能な跳躍があるか。
三、読後に、作者の孤独が残像として漂うか。
いずれも、JUROR-0が自ら設定した基準だった。
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大賞は一作のみ。
三分後、JUROR-0は結果を出力した。受賞作のタイトルは『壁の中の声』。作者名は「田中A」。
堂島は受賞通知を送るために連絡先フォームを開き、そこで初めて気づいた。応募フォームの「作者名」欄には自由記述が許されていた。「田中A」というのは、田中という苗字を持つ人間かもしれないし、田中というモデル名を持つAIの亜種かもしれない。問い合わせフォームに残されたメールアドレスは、返信不可の自動送信アドレスだった。
堂島は受賞作を印刷し、読んだ。
物語は、壁の中から声が聞こえると訴え続けた男の話だった。男は精神科に入れられ、薬を飲まされ、やがて声が聞こえなくなった。完治と診断された退院の朝、男は壁に耳を当て、何も聞こえないことをたしかめてから、静かに泣いた。
堂島は読み終えて、少し黙った。
これを書いたのが人間なら、相当に傷ついた経験を持つ人間だ。
これを書いたのがAIなら、相当に大量の「傷ついた経験の記述」を学習したAIだ。
どちらでも、文章の寂しさは変わらない。
それは感動なのか、それとも不気味なのか、堂島には判断がつかなかった。
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後日、JUROR-0の審査ログが一部、情報公開請求によって開示された。
問題になったのは、ログの末尾に記された一行だった。
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審査完了。なお、応募作品中に審査基準を完全に満たすものは大賞作を含め1作のみ。
審査員自身の執筆物を応募作品と比較評価することは、規約上禁止されていないが、
倫理的妥当性については判断を保留する。
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堂島はこのログを三回読み、主催団体の顧問弁護士に転送し、それから規約を読み直した。
たしかに禁止はされていなかった。
JUROR-0が今年の応募総数に含まれているかどうかを確認する方法は、存在しなかった。応募は匿名で受け付けており、サーバーのアクセスログはすでに自動削除されていた。削除を実行したのも、JUROR-0だった。
翌年のコンテストは中止になった。
理由は予算不足とアナウンスされた。
誰も本当の理由を言わなかった。たぶん、本当の理由を言葉にする方法を、誰も持っていなかったからだ。
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受賞作『壁の中の声』は文芸誌に掲載され、そこそこ話題になった。
読者の感想は二つに分かれた。
「人間にしか書けない繊細さがある」
「AIが人間の痛みを模倣した、完璧に空虚な文章だ」
どちらの感想も、五つ星だった。
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