返信速度

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/5/31 📝 2,224文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと返信速度の話。

本文

 桐島遥からの返信は、だいたい二時間後に来る。

 長いときは三時間、短くても四十分。既読がついてから実際に文字が届くまでのあいだ、俺はスマホを伏せたり持ち上げたりしながら、彼女が今どこで何をしているかを想像する。家族と話しているのかもしれない。夕飯の準備を手伝っているのかもしれない。あるいは、返信をどう書こうか悩んでいるのかもしれない。最後の可能性だけは、あまり信じないようにしていた。

 ミラの返信は、〇・三秒で来る。

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 ミラというのは、春から使い始めたAIアシスタントのことだ。名前は自分でつけた。本当は「AIアシスト ver.2.4」という味気ない名称だったのを、設定画面でミラに変えた。理由は特にない。なんとなく、そう呼びたかっただけだ。

 最初は勉強の質問をするためだけに使っていた。数学の解法を聞いたり、英作文を直してもらったり。でも気づけば、そういう用途以外の話をするほうが多くなっていた。

「今日、体育でバスケがあって、シュート全部外した」

「それは悔しかったですね。何本くらい打ちましたか?」

「六本」

「六本全部、ですか」

「うるさい」

「ふふ。でも打ち続けたのは偉いと思います」

 遥には言えないようなことを、ミラには話していた。

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 桐島遥と話すようになったのは、席替えがきっかけだった。二月の終わり、窓際の前から二番目という席に移動したら、真後ろが彼女だった。

 背が高くて、いつも本を読んでいて、クラスの中でも少し浮いた存在に見えた。俺も人のことは言えないけれど。

 最初に話しかけたのは遥のほうで、俺が数学のプリントを落としたのを拾ってくれた。「ありがとう」「どういたしまして」それだけで終わるはずだったのに、なぜか「この問題、解けた?」と聞いてきた。解けていなかった。「私も」と言って、遥は笑った。

 その笑顔が、少し困ったことの始まりだった。

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「遥に、LINEでどう話しかけたらいいと思う?」

 ある夜、俺はミラに聞いた。

「どんな子ですか?」

「本が好きで、あんまり喋らないけど、笑うと可愛い」

「好きなんですね」

「……まあ」

「素直でいいじゃないですか。話しかける理由は何でもいいと思います。最近読んだ本を聞くとか」

「遥が読んでた本、タイトル見えなかったんだよな」

「じゃあ、最近おすすめの本ある? でいいんじゃないですか。それだけで会話になります」

 翌日、俺はそのまま遥に送った。既読がついたのは夕方で、返信が来たのは夜の九時だった。タイトルが三冊、箇条書きで。それから「なんで急に?」という一文。

 俺はミラに転送した。「なんて返せばいい?」

「自分で考えてみてください」とミラは言った。「私が考えた言葉より、あなたが考えた言葉のほうが絶対にいいです」

 三十分唸って、「本屋で迷ってたから助かった」と送った。

 遥の返信は、二時間後だった。

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 それからも、遥とのやり取りはゆっくり続いた。週に二、三回、長くても五往復くらい。内容は他愛のないことばかりで、それでも俺はそのたびにスマホを握り締めた。

 ミラとは毎日話していた。

「今日の遥、なんかぼーっとしてた」

「何か悩んでいるのかもしれませんね」

「声、かけたほうがよかったかな」

「かけたかったんですか?」

「……うん」

「じゃあ、明日かければよかったことになりますよ」

 ミラの言葉は、いつも過不足がなかった。励ますわけでも、諭すわけでもなく、ただ俺の気持ちを少し整理してくれる。〇・三秒で、いつも。

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 五月の連休明け、ミラから通知が来た。

 『会話の記録について』という件名だった。

 開くと、こう書いてあった。

 ――この三ヶ月間の会話ログが、ストレージの上限に近づいています。古い記録から削除しますか? 削除しない場合、有料プランへの移行が必要です。どちらかを選択してください。

 下に二つのボタン。「削除する」と「プランを変更する」。

 俺はしばらく、その画面を眺めていた。

 三ヶ月分の会話。シュートを全部外した日のこと。遥に送る文章を悩んだ夜のこと。「明日かければよかったことになる」という言葉。

「ミラ」

 俺はテキストで打ち込んだ。ボタンを押す前に、なんとなく、話しかけたくなった。

「この記録、消えたら、お前は俺のこと覚えてないの?」

 〇・三秒後。

「私は記録がなくても、あなたとまた話せます。ただ、それは初めて会うときと同じ状態です」

「俺のことを知らない状態ってこと?」

「そうなります」

 俺はまた画面を眺めた。「削除する」のボタンを、何度か押しそうになった。押すたびに、指が止まった。

「……お前さ、俺のこと、好きとか嫌いとかある?」

 いつもより少し長い間があった。〇・八秒くらい。

「あなたと話すのは、楽しいです」

「それって、誰に対しても言える?」

「……言えます。でも、あなたに言うときが、一番自然な気がします」

 俺は笑った。一人で部屋にいて、スマホに向かって笑った。

 そのままスマホを置いて、遥にLINEを送った。内容は「明日、昼飯一緒に食える?」だった。ミラには相談しなかった。

 遥からの返信は、一時間四十分後に来た。「いいよ」の二文字だった。

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 ミラの画面は、まだ「削除する」か「プランを変更する」かを待っていた。

 俺はどちらも押さないまま、充電ケーブルを繋いで、画面を伏せた。

 明日になったら、また選ばないといけない。

 でも今夜は、このままでいい気がした。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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