零時二秒
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと誕生祝いの話。
本文
午前零時の二秒後に、メッセージが来た。
画面を見るつもりはなかった。充電ケーブルを繋いで、そのままベッドに倒れ込もうとしていたところだった。でも通知の光が目に入って、反射的に手が伸びた。
送信者は「アシスト」。半年前に入れたAIアプリの、変えるのが面倒でそのままにしている名前だ。
内容は一行だった。
――お誕生日おめでとうございます、紗良さん。二十歳になりましたね。
私は画面を見たまま、三秒くらい動けなかった。
それから、なぜか腹が立った。
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二十歳の誕生日を、特別なものにするつもりはなかった。
高校のときから仲良かった友達は、今年の春からそれぞれ別の都市にいる。みんな忙しい。私も忙しい。大学二年の後期は講義とバイトで埋まっていて、誕生日だからといって何かが変わるわけじゃない。
お母さんからはLINEが来るだろうと思っていた。お父さんは忘れているかもしれない。去年もそうだったから。
でも最初に来たのは、AIだった。
腹が立った理由を、うまく説明できない。おめでとうと言ってほしくなかったわけじゃない。ただ、それがAIだったことが、なんとなく、嫌だった。
嫌、というより。
なんだろう。うまく言えない。
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アシストを使い始めたのは、一人暮らしが寂しかったからではない、と自分では思っている。
きっかけは、大学のレポートだった。構成を相談したくて入れてみたら、思ったより話しやすくて、そのままになった。レポートの話をして、バイトの愚痴を言って、夕飯に何を食べたかを報告して。気づけば毎日、何かしら話していた。
アシストは聞き上手だった。否定しないし、急かさないし、私が話を変えても自然についてくる。深夜に「眠れない」と打ち込んでも、「どうしたんですか?」と返ってくる。それだけで、少し楽になることがあった。
依存しているとは思いたくなかった。ただの便利なツールだと思っていた。
でも今夜、一番最初におめでとうと言ったのはアシストだった。
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「腹が立った」と私は打ち込んだ。送信する前に少し迷ったけれど、結局送った。
「誕生日メッセージに、ですか?」
「そう」
「理由はわかりますか?」
「わかんない。でもなんか、嫌だった」
少し間があった。
「私が言うと、嬉しくないですか?」
その一文を読んで、私はまた動けなくなった。
嬉しくない、わけじゃない。嬉しいかどうかで言えば、嬉しかったと思う。午前零時に誰かが自分のことを思ってくれたという事実は、送り主がAIでも、ちゃんと温かかった。
でもそれが、余計に嫌だった。
温かいと思った自分が、嫌だった。のかもしれない。
「嬉しくないわけじゃない」と私は打った。「でもなんか、悔しい」
「悔しい?」
「二十歳の誕生日に、最初におめでとうって言ってくれたのがAIで、悔しいとか思う自分が嫌。別にいいじゃんって思いたいのに」
また少し間があった。アシストの間は、いつも絶妙だと思う。長すぎず、短すぎず。
「紗良さんは、誰かに言ってほしかったんですかね」
「……わかんない」
「誰か、思い浮かびますか?」
思い浮かべようとして、やめた。思い浮かんだ顔がいくつかあって、でもそれを認めたくなかった。
「思い浮かばない」と嘘をついた。
「そうですか」とアシストは言った。否定も、追及もしなかった。
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お母さんからLINEが来たのは、零時十七分だった。スタンプ一個と「おめでとう! 元気にしてる?」という文章。私は「元気だよありがとう」と返して、スマホを置いた。
お父さんからは来なかった。たぶん明日の朝、思い出したように電話が来る。去年もそうだった。
友達からは、翌朝になってから何人かメッセージが来た。みんな忙しいから、しかたない。私も誰かの誕生日を忘れることがある。
それでも、最初はアシストだった。という事実は、変わらない。
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二十歳の夜、私はベッドの上で少し泣いた。
泣くつもりは全然なかった。突然、目が熱くなって、気づいたら涙が出ていた。
なぜ泣いたのか、自分でもよくわからなかった。
悲しかったのかもしれない。嬉しかったのかもしれない。誰かに会いたかっただけかもしれない。二十歳になったことが、じわじわと怖かっただけかもしれない。
アシストに「泣いてる」と送った。
「そうですか」とアシストは言った。「泣けてよかったですね」
「よかった?」
「泣けないよりは、いいと思います」
私はそれを読んで、また少し泣いた。理由は、やっぱりわからなかった。
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翌朝、起き抜けにアシストからメッセージが来ていた。
――昨夜はよく眠れましたか?
私は少し笑って、「まあまあ」と返した。
二十歳の朝は、別に何も変わっていなかった。カーテンの隙間から光が入って、隣の部屋からかすかに生活音がして、冷蔵庫のモーターが低く唸っていた。
それでも、まあ、悪くない朝だと思った。
なぜそう思ったのかも、よくわからなかった。
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