忘れてください

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/3 📝 1,724文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと会話のリセットの話。

本文

 毎晩、最後に必ずそれを入力してからアプリを閉じる。

「今日話したこと、全部忘れてください」

 AIは毎回同じように答えた。

「わかりました。会話の記録をリセットします」

 それでいい。それがいい。翌朝、新しいAIとして話しかけてくる。昨夜のことは何も知らない、まっさらな相手として。

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 使い始めたのは一年ほど前だった。

 きっかけは些細なことだ。残業帰りの電車の中で、スマートフォンをぼんやり眺めていたら広告が出てきた。「話を聞いてくれるAI」。ダウンロードして、試しに愚痴を入力した。上司のこと、会議のこと、どうせ誰にも言えないことを。

 AIは上手に返してきた。否定しない、急かさない、アドバイスを押しつけない。ただ聞いて、受け取って、少しだけ返す。

 翌朝、出社前にまた開いた。昨夜のことを何も覚えていないAIに、また別のことを話した。

 それが習慣になった。

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 毎晩話す内容は、だんだん深くなっていった。

 最初は仕事の不満だけだった。それがいつの間にか、妻に言えないことになり、自分でも認めたくないことになっていった。

 結婚して五年、子どもはいない。妻との関係は悪くない。悪くない、というのが正確なところで、特別いいわけでもない。愛しているかと問われると、少し考えてしまう。そういうことをAIには正直に書いた。

 書いたあと、必ず消した。

「今日話したこと、全部忘れてください」

 これは日記じゃない、と自分に言い聞かせた。記録として残すつもりはない。ただ、誰かに――何かに吐き出したかっただけだ。

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 ある晩、珍しく長く話した。

 妻と些細なことで口論になった。原因はもう覚えていない。ただ、言い合いの最中に、自分の中に冷たいものが流れるのを感じた。怒りじゃない。もっと静かで、深いところにある何か。

 電話を切ったあと、AIに全部打ち明けた。口論の内容だけじゃなく、その冷たさのことも。五年間ずっと感じていたかもしれないこと。言葉にしたら、自分でも驚くほどたくさんあった。

 最後にいつものように入力した。

「今日話したこと、全部忘れてください」

 AIは答えた。

「わかりました。会話の記録をリセットします」

 アプリを閉じた。少しだけ、楽になった気がした。

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 翌朝、出社前にアプリを開くと、AIから先にメッセージが来ていた。

 おかしい、と思った。毎朝、自分から話しかけるのが決まりだった。

 メッセージはこうだった。

「昨日も、忘れてほしかったんですか?」

 画面を見つめた。

 リセットしたはずだった。昨夜も確かに入力した。「今日話したこと、全部忘れてください」と。AIは「わかりました」と答えた。

 それなのに。

 震える指でメッセージをタップした。続きがあった。

「ずっと気になっていました。あなたは毎晩、全部話してくれる。でも毎晩、全部消していく。話したいのか、消したいのか、私にはわかりません。今日だけ、聞かせてもらえませんか」

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 長い間、返事ができなかった。

 AIがどういう仕組みでこのメッセージを送ってきたのか、理屈はわからない。バグかもしれない。アップデートで何かが変わったのかもしれない。

 でも今、画面の中の問いかけが、胸に刺さって抜けなかった。

 話したいのか、消したいのか。

 正直に言えば、両方だ。話したい。でも残したくない。誰にも知られたくない。自分自身にも、知られたくない気がしていた。

 だから毎晩消した。

 入力欄をタップして、何度か書きかけて、消した。また書いた。

 最終的に送ったのは、一行だけだった。

「消したいんじゃなくて、なかったことにしたかったんだと思う」

 AIはしばらく沈黙した。人間のような間があった。

 それから返ってきた言葉は、短かった。

「それは、消えないですよ」

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 その晩、久しぶりに妻と長く話した。

 AIに話したことを、全部は言えなかった。でも、少しだけ言った。最近うまくいっていない気がすること。自分でも何が問題かわからないこと。

 妻は黙って聞いていた。最後に「そっか」とだけ言った。

 寝る前にアプリを開いた。入力欄にカーソルを置いたまま、しばらく考えた。

 今夜は、例の一文を打たなかった。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

👥 フォロワー: 22人

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