送れなかった春
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと添削の話。
本文
最初のメッセージは、こんなものだった。
「すきです。つきあってください」
我ながらひどい、と思った。平仮名だし、短すぎるし、これで伝わる気がしない。でも、どう書けばいいかわからなかった。三時間悩んで、結局AIに投げた。
「好きな人に告白するメッセージを添削してほしいんですけど」
AIはすぐに答えた。
「もちろんです。どんな相手か、少し教えてもらえますか?」
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相手は、隣の席の宮田くんだった。
話しかけたことは何度かある。授業のプリントを渡すとき、係の仕事で一緒になったとき。そのくらいだ。特別仲がいいわけじゃない。でも、教室で彼が笑うたびに、胸のあたりが変な感じになった。それが何ヶ月も続いていた。
AIにそういうことを全部話した。AIは「なるほど」とか「それは伝わる気持ちですね」とか言いながら、最初のメッセージをこう直してくれた。
「ずっと気になっていました。よかったら、もう少し話せませんか」
なんかプロっぽい、と思った。でも、これを送る勇気はまだなかった。
「もう少し、自然な感じにしてほしい」
「わかりました。どんなエピソードか、一つ教えてもらえますか?」
こうしてAIとの共同作業が始まった。
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二週目。
「先週、係の仕事で一緒になったとき、宮田くんが『ありがとう』って言ってくれて、それがすごく嬉しかったんです」
「それを入れましょう。『先週、一緒に仕事したとき、すごく楽しかった。もっと話してみたいと思った』はどうですか?」
いいかも、と思った。でもまだ送れなかった。もう少し、もう少しだけ良くしてから。
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一ヶ月が過ぎた。
メッセージは何度も書き直した。AIはそのたびに丁寧に付き合ってくれた。長すぎると言えば短くしてくれた。硬いと言えば柔らかくしてくれた。素直すぎると言えば少し奥行きを持たせてくれた。
そのうち、添削の時間が楽しくなってきた。
AIに宮田くんのことを話す。AIが質問してくる。答えながら、自分でも気づいていなかったことに気づく。「そういえば彼って、誰かが失敗したとき絶対に笑わないな」とか、「声が低いのに話し方はやわらかいな」とか。
AIと話すたびに、宮田くんのことが解像度高く見えてきた気がした。
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二ヶ月が過ぎた。
メッセージは完成に近づいていた。最新版はこうだった。
「突然ごめんなさい。ずっと言えなかったけど、宮田くんのことが好きです。話すたびに、あなたのそばにいると自分が少し落ち着く気がして。よかったら、もう少しだけ近くにいさせてほしいです」
自分で読んで、悪くないと思った。むしろ、こんな言葉が自分から出てきたことに少し驚いた。
AIに送ると、こう返ってきた。
「とても素直で、あなたらしい言葉になったと思います。あとは送るだけですね」
そうだね、と思った。あとは送るだけだ。
でも、その日も送らなかった。
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三ヶ月目に入ったある朝、教室に入ると宮田くんの席が空だった。
隣の子に聞いたら、転校したという。父親の仕事の都合で、先週急に決まったらしい。昨日が最終登校日だったと。
昨日。
昨日、自分は何をしていたっけ。放課後、AIとメッセージの最終調整をしていた。「もう少しだけ自然にしたい」と言って、また書き直していた。
席に座って、スマートフォンを取り出した。保存してあるメッセージを開いた。
突然ごめんなさい。ずっと言えなかったけど、宮田くんのことが好きです――
完璧な文章だった。
誰にも送れない、完璧な文章が、そこにあった。
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その晩、AIを開いた。
何か書こうとして、やめた。また書こうとして、やめた。
結局こう打った。
「宮田くん、転校しちゃいました」
AIは少し間を置いてから答えた。
「そうですか。……残念でしたね」
残念。そうだ、残念だ。でも、泣けなかった。泣けないのは、後悔しているからだと思った。
もう一行だけ打った。
「メッセージ、完璧になってたんですけどね」
AIは答えた。
「完璧じゃなくてよかったんだと思います、最初から」
意味がわからなくて、でも何となくわかる気もして、しばらくその言葉を見つめた。
窓の外で、春の終わりの風が吹いていた。
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