消えないコメント
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIとゲーム攻略の話。
本文
攻略サイトが閉鎖されたのは、去年の春だった。
中学二年の南雲陸は、そのことをニュースで知った。小学生のころから何度もお世話になったサイトで、管理人のおじさんが「もう更新する体力がなくなりました。長い間ありがとうございました」と書いていた。コメント欄には「お疲れ様でした」が何百件も並んでいた。陸もそこに一件書き込んで、ページを閉じた。
それからは、AIに聞くようになった。
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今夜も陸はヘッドフォンをつけて、ゲームの画面に向かっていた。
古いRPGだ。小学三年のとき、兄の紘にもらった。「俺はもうクリアしたから」と言って、ソフトだけぽいっと渡された。ケースはなく、攻略本だけが別についてきた。
そのRPGを、陸は今になってまたやり始めていた。理由は自分でもよくわからない。なんとなく引っ張り出してきたら、止まらなくなった。
スマホを横に置いて、AIのチャット画面を開く。
「地下迷宮の三階、東の隠し部屋の開け方は?」
三秒も待たずに答えが返ってきた。壁の特定のパネルを調べる順番、必要なアイテム、注意すべきトラップの位置まで、過不足なく整理されている。
「ありがとう」
と打ってから、陸はすぐにゲームに戻った。
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問題が起きたのは、ダンジョンの最深部に差し掛かったときだ。
ボス手前のセーブポイントで、陸はいつものようにスマホを取った。
「最終ボスの攻略を教えて」
返ってきた答えは、いつも通り正確だった。弱点属性、攻撃パターン、推奨レベル、おすすめの装備構成。読めば読むほど、勝ち筋が見えてくる。
陸はそれを読んで、スマホを置いた。
ゲームコントローラーを持った。
でも、すぐには動かせなかった。
なんだろう、この感じ。
答えは全部わかっている。負ける気がしない。なのに、なぜかコントローラーを握る手に力が入らなかった。
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ふと思い出して、陸は部屋の押し入れを開けた。
段ボールの奥に、それはあった。
紘にもらった攻略本。表紙は日焼けして、角が折れている。ぱらぱらとめくると、鉛筆の書き込みがそこかしこに出てきた。紘の字だ。小学生のころの、少し不格好な字。
最終ボスのページを開いた。
攻略情報はAIに教えてもらったものとほぼ同じだった。弱点も、パターンも。でも余白に、一言だけ付け加えられていた。
ここ難しいけど絶対楽しいから頑張れ
それだけだった。
陸はしばらく、その七文字と十一文字を眺めていた。
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紘は今、大学で東京にいる。
仲が悪いわけじゃない。お盆と正月には帰ってくるし、たまにLINEもくる。でも毎日話すような関係では、もうなかった。当たり前のことだ。
陸がこのゲームをもらったのは、九歳のときだ。紘は十四歳だった。渡すとき、紘は特に何も言わなかった。「俺はもうクリアしたから」。それだけだ。
でもこの書き込みは、確かにそこにある。
紘がこれを書いたのは、誰かに見せるためじゃなかっただろう。自分用のメモのついでか、それとも本当にただのひとことか。動機なんてわからない。
でも陸に渡すとき、紘はこの本を一緒に渡した。それだけは事実だ。
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陸はゲームに戻った。
スマホは、画面を伏せて置いた。
最終ボスは、強かった。AIに教えてもらった弱点をついても、三回死んだ。四回目は装備を変えて挑んだ。五回目は作戦を変えた。六回目、ようやく第二形態まで削れた。
七回目。
長い戦いの末、ボスのHPバーがゼロになった。
派手なエフェクトが画面を覆って、勝利のファンファーレが流れた。ヘッドフォン越しに、それがやけに大きく聞こえた。
陸は少しの間、画面を見ていた。
楽しかった。本当に、楽しかった。
紘の言った通りだった。
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翌朝、陸はLINEを開いた。紘との最後のやり取りは、三ヶ月前だった。
なんと送ればいいか、少し考えた。
結局、短くした。
昔くれたRPG、やっとクリアした
送信して、スマホを置いた。
返事は夕方に来た。紘らしく、素っ気なかった。
おそ
それだけだった。
陸は笑った。スタンプを一個返した。それで終わりだった。
でも、それで十分だった。
攻略本はもう押し入れに戻さず、机の端に立てかけておくことにした。日焼けした表紙が、夕日を受けてオレンジ色に光っていた。
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