ブリーフ一丁で走る露出狂の男が、警察に捕まりそうになったら異世界に飛ばされて透明人間になる
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>その男の名は田島健吾、三十二歳。</p><p> 世間から見れば、ごく普通の会社員だった。平日は営業職として働き、休日はコンビニで新作スイーツを買って帰る。だが彼には、誰にも言えない奇妙な趣味があった。</p><p> 走ることだ。</p>
本文
その男の名は田島健吾、三十二歳。
世間から見れば、ごく普通の会社員だった。平日は営業職として働き、休日はコンビニで新作スイーツを買って帰る。だが彼には、誰にも言えない奇妙な趣味があった。
走ることだ。
ただし、ブリーフ一丁で。
白いブリーフだけを身につけ、夜明け前の人気のない河川敷を全力疾走する。それが彼にとって、何ものにも代えがたい解放感だった。
「風だ……俺は風になる!」
その日も健吾は叫びながら走っていた。
しかし運が悪かった。
河川敷で早朝パトロールをしていた警察官二人に見つかってしまったのだ。
「そこの人! 止まりなさい!」
「服を着なさい!」
健吾は顔を青くした。
「まずい!」
全力で逃げる。
だが相手も本気だった。
無線が飛び交い、前方からも警官が現れる。
「包囲されてる!」
橋の下に追い込まれた健吾は絶望した。
人生終わった。
会社もクビかもしれない。
親になんて説明すればいい。
そんなことを考えた瞬間だった。
空が紫色に裂けた。
まるで巨大な目が開くように、空間そのものがひび割れる。
「え?」
警官たちも固まった。
次の瞬間、裂け目から眩い光が降り注ぎ、健吾の身体を包み込んだ。
「うわああああ!」
世界が回転した。
そして――。
気がつくと、彼は草原に倒れていた。
「ここ……どこだ?」
見渡す限りの大平原。
遠くには巨大な城壁都市。
空には二つの月。
「夢か?」
頬をつねる。
痛い。
夢ではない。
そのとき、耳元で声がした。
『異世界アストラルへようこそ』
「誰だ!?」
『あなたは召喚事故に巻き込まれました』
姿は見えない。
声だけが響く。
『補償として特殊能力を授けます』
「特殊能力?」
『透明化能力です』
「おお!」
健吾は思わず喜んだ。
だが次の瞬間、自分の腕が消えた。
「え?」
胸も消えた。
足も消えた。
ブリーフだけがぽつんと浮いている。
「ちょっと待て!」
『完全透明化です』
「解除は!?」
『ありません』
「ないの!?」
声はそこで途切れた。
健吾は草原でしばらく叫んだ。
しかし何も起こらない。
どうやら本当に透明人間になってしまったらしい。
しかも服を着ても、服ごと透明になる。
便利なのか不便なのか分からない。
数日後。
健吾は能力を活用し始めた。
魔物に見つからない。
盗賊にも襲われない。
城門の検問も素通り。
透明人間は思った以上に強かった。
だが問題もあった。
「誰も俺を信用しない……」
声だけが聞こえる男。
怪しすぎる。
宿屋へ行っても追い出される。
市場で買い物をしても悲鳴を上げられる。
透明であることは孤独だった。
そんなある日。
健吾は森で魔物に襲われている少女を見つけた。
巨大な狼型の魔物だった。
「助けて!」
少女が叫ぶ。
健吾は考えるより先に飛び出した。
「おりゃあ!」
透明な拳が魔物の鼻を殴る。
魔物は驚いて後退した。
見えない敵に混乱している。
「こっちだ!」
健吾は石を投げ、木を揺らし、魔物を翻弄した。
やがて狼は恐怖に耐えられなくなり、森の奥へ逃げていった。
少女は目を丸くした。
「あなた……誰?」
「ただの通りすがりだ」
「姿が見えないけど」
「いろいろ事情があってな」
少女はしばらく黙った後、笑った。
「変な人」
その笑顔を見て、健吾は久しぶりに胸が温かくなるのを感じた。
少女の名はリリア。
駆け出しの魔法使いだった。
彼女は健吾を恐れなかった。
毎日話しかけてきた。
姿が見えなくても、そこにいると信じてくれた。
「健吾さんって元の世界では何してたの?」
「ブリーフ一丁で走ってた」
「意味が分からない」
「俺も今となってはそう思う」
二人は笑った。
それから数年。
透明人間の冒険者として、健吾の名は知られるようになった。
いや、正確には名前だけが知られた。
誰も姿を見たことがない伝説の英雄。
魔王軍の暗殺者を退け、竜の巣から王子を救い、数々の功績を立てた。
そしてついに魔王との決戦の日が来た。
魔王は巨大だった。
山のような体躯を持つ怪物。
「人間どもめ!」
だが健吾は笑った。
「残念だな」
「何?」
「俺が見えない」
魔王は周囲を見回した。
どこにもいない。
その瞬間。
見えない拳が魔王の顎を打ち抜いた。
続いて腹。
膝。
首。
透明な連撃が嵐のように降り注ぐ。
「どこだあああ!」
魔王は最後まで健吾を見つけられなかった。
そして倒れた。
世界は救われた。
祝賀会が開かれた。
人々は英雄を称えた。
しかし姿は見えない。
王が言った。
「ぜひ英雄殿のお姿を」
健吾は苦笑した。
「それは無理です」
会場が笑いに包まれる。
そのときリリアが隣に立った。
誰も見えない場所へ向かって、そっと手を伸ばす。
健吾も手を差し出した。
透明な手と、少女の手が触れる。
「帰りたい?」
リリアが聞いた。
健吾は少し考えた。
警察に追われていた朝。
あの情けない自分。
孤独だった日々。
そして今。
「いや」
彼は静かに答えた。
「ここも悪くない」
姿は見えない。
けれど確かに存在している。
かつてブリーフ一丁で走っていた男は、異世界で透明な英雄となったのだった
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