いいね、の数
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIとSNSのいいねの話。
本文
投稿する前に、必ずAIに通す。
それが、中学二年の春から続けている柚木このはのルーティンだった。
写真を選んで、キャプションの下書きを書いて、AIのチャット欄に貼り付ける。「この投稿を、十代女子に刺さるように最適化して」と打つ。十秒も待たずに、改善案が返ってくる。言葉の選び方、句読点の位置、ハッシュタグの組み合わせ。このははそれをほぼそのままコピーして、投稿ボタンを押す。
効果はあった。フォロワーは半年で三倍になった。いいねの平均も、以前の倍近い。
悪くない。全然、悪くない。
-----
問題が起きたのは、十月の連休だった。
家族で祖母の家に行って、帰りの電車の中で暇を持て余していた。窓の外を流れる景色をぼんやり眺めていたら、夕焼けが妙にきれいだった。
なんとなく、スマホを取り出した。なんとなく、シャッターを切った。構図も考えず、フィルターもかけず、ただ窓の外の光をそのまま撮った。
帰宅して、AIに通そうとした。
でも、なんとなく、やめた。
理由はうまく説明できない。この写真をAIに渡したくない、という感覚だけがあった。
キャプションも短くした。
夕焼けがきれいだった、それだけ
投稿して、スマホを置いた。
-----
翌朝、通知を確認した。
いいねは、いつもの半分以下だった。
やっぱり通せばよかった、と思った。でも削除する気にもなれなかった。
授業中、スマホをこっそり確認するたびに、数字はじわじわ増えていた。でも伸び方が遅い。AIが最適化した投稿とは、明らかに違う動き方だった。
放課後、鞄を持って教室を出ようとしたとき、後ろから声をかけられた。
「このは、昨日の投稿見た」
振り返ると、幼なじみの相馬れいが立っていた。
れいとは小学校からの付き合いだ。中学で同じクラスになって、席は離れているけど、なんとなく帰り道が一緒になることが多い。
「あの夕焼け、どこで撮ったの」
「電車の中。帰り」
「そっか」
れいはそれだけ言って、並んで歩き始めた。
-----
夜、DMの通知が来た。
相馬れいからだった。
あの投稿、これ好き
それだけだった。
このははしばらく、その三文字を眺めた。
れいがこのはのSNSにリアクションしたのは、フォローして以来、初めてだった。いいねすらなかった。れいはSNSをあまり使わない。スマホを持っているのに、投稿もほとんどしない。「見るのも疲れる」と言っていた。
AIが最適化した投稿には、れいのいいねはひとつもなかった。
このははそのことに、今はじめて気づいた。
-----
次の日、このははいつもより早く登校した。
教室でスマホを開いて、過去の投稿を遡った。
自分のアカウントなのに、少し他人の投稿みたいだった。言葉のひとつひとつが、どこかよそいきで、うまく着地している。写真の選び方も、光の入れ方も、どれも正しい。どれも、正しすぎる。
このはが撮ったものなのに、このはが選んだ言葉じゃない。
そう気づいたら、少しだけ気持ち悪くなった。
-----
帰り道、れいと並んで歩きながら、このははずっと考えていた。
聞くかどうか迷って、結局聞いた。
「ねえ、あの投稿のどこが好きだった?」
れいは少し考えてから、答えた。
「なんか、このはっぽかった」
「このはっぽい?」
「うん。いつもの投稿ってなんか、雑誌みたいじゃん。きれいなんだけど、このはがどこにいるかわかんない感じ」
このははその言葉を、すぐには返せなかった。
「あの夕焼けのやつは、このはが窓の外見てるのが見えた気がした。それだけ」
れいはそう言って、コンビニの前で立ち止まった。「肉まん買う、入る?」と聞いた。
このははうなずいた。
-----
コンビニを出て、肉まんを半分に割って食べながら歩いた。
このはは、AIに最適化をやめる、とは思わなかった。フォロワーは増えた。いいねも増えた。それは本当のことだ。
でも、何かが少しだけ変わった気がした。
全部通すんじゃなくて、通さないものがあってもいい。雑誌みたいな投稿の間に、このはが窓の外を見ている瞬間があってもいい。
うまく言葉にはできないけれど、そんな感じのことを思った。
「ねえ、れい」
「ん」
「また何か撮ったら、送ってもいい? 投稿する前に」
れいは少し間を置いてから、言った。
「AIより先に?」
「AIより先に」
れいが笑った。このはも笑った。
夕方の住宅街を、二人の影が並んで伸びていた。
スマホのカメラを、このははそっと向けた。シャッターは、まだ切らなかった。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。