社会の窓開け放しにして歩いていたら、異世界に繋がる場所になってしまい、異世界の扉役になってしまった。
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>朝、駅へ向かう途中で気づいた。</p><p>社会の窓が全開だった。</p><p>「うわ」</p>
本文
朝、駅へ向かう途中で気づいた。
社会の窓が全開だった。
「うわ」
反射的に閉めようとしたが、なぜか指先が引っかかった。ファスナーの奥に、妙な暗闇が見える。
暗闇というより、奥行きだ。
服の中にあるはずの空間ではない。
俺は立ち止まり、恐る恐る覗き込んだ。
すると、向こうから誰かが覗き返していた。
金色の瞳だった。
「見つけた!」
甲高い声とともに、小さな手が飛び出してきた。
俺は悲鳴を上げて後ろへ飛び退く。
だが手は伸び続け、ファスナーの隙間から少女がするりと這い出てきた。
銀髪、尖った耳、緑色のマント。
どう見てもエルフだった。
「やっと通路が安定した!」
「は?」
「異界門の管理者様ですよね?」
「違います」
即答した。
だがエルフ少女は聞いていない。
彼女は感激した様子で俺の両手を握った。
「百年探しました!」
「百年!?」
「我々の世界と繋がる門は極めて稀なのです!」
俺は冷静に状況を整理しようとした。
整理できなかった。
なぜなら次の瞬間、社会の窓から鎧姿の騎士が出てきたからだ。
しかも全身。
物理法則を完全に無視して。
「門主様!」
騎士が片膝をつく。
「王国はあなたを歓迎いたします!」
「歓迎しなくていい!」
通行人が見ている。
すごく見ている。
俺は逃げた。
◇
その日から人生がおかしくなった。
社会の窓は異世界への出入口になった。
閉めても駄目だった。
ジーンズでもスラックスでもジャージでも関係ない。
いつの間にか、そこに門が開く。
最初はエルフや騎士が来るだけだった。
そのうち商人が来た。
魔法使いも来た。
ドラゴンの幼体まで顔を出した。
「狭い!」
と文句を言いながら。
俺は会社を休み、なんとか対処法を探した。
病院へ行った。
異常なし。
神社へ行った。
神主さんは社会の窓から出てきた妖精を見て失神した。
大学の研究室にも相談した。
教授は興奮して論文を書き始めた。
結局、解決策は見つからなかった。
そして一か月後。
異世界との交流が正式に始まった。
国も無視できなくなったのだ。
会議室で、スーツ姿の役人が真顔で言った。
「門の維持管理をお願いできますか」
「嫌です」
「報酬は年収一億円です」
「検討します」
三秒で意見を変えた。
◇
それから俺は職業を得た。
異世界の扉役。
仕事内容は単純だ。
指定された場所へ行く。
社会の窓を開く。
向こうと繋ぐ。
以上。
シンプルだが代替不能だった。
世界中の研究者が再現を試みた。
誰も成功しなかった。
門は俺の社会の窓にしか開かない。
「人類史上もっとも重要なファスナー」
という不名誉な称号までついた。
◇
ある日、異世界の王が訪ねてきた。
白髭の老人だった。
「門主殿」
「どうも」
「感謝を伝えに参りました」
王は深く頭を下げた。
交易によって両世界は大きく発展した。
向こうは科学を学び、こちらは魔法を学んだ。
病気が治り、飢餓が減り、新しい文化が生まれた。
たった一つの門から始まった変化だった。
「しかし」
王は言った。
「門はいずれ閉じます」
俺は黙った。
実は知っていた。
最近、門の向こうがぼやけ始めている。
以前ほど安定していない。
「世界同士が十分に結びついたからです」
「そうですか」
不思議と悲しくはなかった。
むしろ安心した。
これ以上、社会の窓を世界遺産みたいに扱われるのは少々つらい。
王は微笑んだ。
「最後に願いがあります」
「なんでしょう」
「閉じるその日まで、門主でいてください」
◇
そして一年後。
最後の日が来た。
東京湾沿いの広場には大勢の人が集まっていた。
地球側の代表。
異世界側の代表。
研究者、魔法使い、子供たち。
皆が見守る中、俺は静かにファスナーへ手を伸ばした。
向こうには銀髪のエルフ少女がいた。
最初に出てきたあの少女だ。
「お別れですね」
「そうだな」
「寂しいですか?」
少し考えた。
そして笑った。
「正直、最初は最悪だった」
「でしょうね」
「でも悪くなかった」
少女も笑った。
「私もです」
門の光が弱まる。
世界の境界が閉じ始める。
最後に少女は深く頭を下げた。
「ありがとうございました、門主様」
「どういたしまして」
その瞬間。
光が消えた。
社会の窓は、ただの社会の窓になった。
俺はゆっくりファスナーを閉める。
周囲から拍手が起きた。
歓声も聞こえる。
人類と異世界を繋いだ歴史的瞬間。
きっと後世の教科書にも載るだろう。
ただし問題が一つある。
後日公開された記念碑には、こう刻まれていた。
『二世界交流の偉大なる門』
その下に、俺の全身像。
そしてなぜか。
社会の窓だけが妙に精密に再現されていた。
歴史に名を残した代償としては、あまりにも微妙だった。
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