第18話 冷酷なる時空訓
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あらすじ
帰命卍パヤナーク戦記 - 第18話 冷酷なる時空訓
本文
鋼の扉が重々しく閉まる音が、訓練室に響き渡った。
ユリアナは冷たい金属の床に膝をつき、額に刻まれた第三の目が微かに脈動している。前日の「カーラチャクラ」との同調実験から一夜明けた今、彼女の精神はまだ混乱していた。無数の時間線からの記憶が彼女の意識の隅で囁き続けている。
「立ちなさい」
セレストの冷酷な声が空気を震わせた。彼女の銀青色の髪は今日も鋭利な刃のように光を反射し、エメラルドの瞳からは情け容赦ない威圧感が溢れ出ていた。
「はい、姉様」
ユリアナが震える足で立ち上がると、セレストは彼女の周りをゆっくりと歩き始めた。その足音は氷の上を歩くような冷たさを伴う。
「今日から始まる訓練は、あなたの想像を遥かに超える苦痛を伴うでしょう」
セレストの手が素早く動き、ユリアナの首に取り付けられた機械的な首飾りが突然赤く脈打ち始めた。激痛がユリアナの全身を貫き、彼女は悲鳴をあげて再び床に崩れ落ちる。
「弱いわね」セレストは冷笑した。「これがマイトレーヤ候補? 笑わせないで」
痛みに震えるユリアナの前に、セレストは膝をつき、彼女の顎を掴んで強制的に顔を上げさせた。
「時空を旅するには、肉体と精神の限界を超えなければならない。あなたは今のままでは弱すぎる」
「わ...私は...」
「黙りなさい」
セレストはユリアナの言葉を遮り、立ち上がると壁のコンソールに手をかざした。部屋の中央に円形のプラットフォームが現れ、その周囲に複数の機械的な腕が展開した。
「これが『時空圧縮装置』。あなたの体を一時的に分子レベルで分解し、時空の狭間へ放り込む。そこでの一秒は、現実世界の一日に相当する」
恐怖に目を見開くユリアナを、セレストは冷徹な微笑みで見下ろした。
「最初は十分間。つまり現実世界の時間で約一週間分の体験を、圧縮された時間の中で味わうことになるわ」
「姉様、私はまだ準備が...」
セレストの指がスナップと鳴り、二人の無機質な顔をした警備アンドロイドがユリアナを掴み上げ、容赦なくプラットフォームへと引きずった。
「準備? 笑わせないで。アクシオム皇帝の計画に準備などという甘えは存在しない」
ユリアナが拘束される間、セレストはさらに説明を続けた。
「時空の狭間では、あなたは無数の並行世界での自分自身と対峙する。それぞれの世界線での『あなた』は、全て異なる運命を辿っている。中には人間のまま生きているもの、帝国に反逆したもの、皇帝の敵となったものもいるでしょう」
機械の腕がユリアナの四肢を拘束し、彼女の首飾りが再び不吉に輝き始めた。
「あなたの任務は単純よ。それら全ての『自己』を統合し、支配すること。そうして初めて、時空を自在に操る資格を得られる」
「でも、どうやって...?」
「自分で見つけなさい」
セレストは冷笑し、コンソールのレバーを引いた。
閃光。そして痛み。
ユリアナの意識は広大な虚空へと投げ出された。
無限に広がる星々の海。そこには無数の光の糸が張り巡らされ、それぞれが一つの時間線を表している。
彼女の周りには、まるで鏡の迷宮のように無数の「自分自身」が現れ始めた。
男性のままの自分。 半機械化された自分。 皇帝の側近として権力を握る自分。 反逆者として戦う自分。 絶望に打ちひしがれる自分。 狂気に飲まれた自分。
「あなたは誰?」無数の声が一斉に問いかけた。
ユリアナは恐怖で震えながらも、答えようとした。「私は...アクシオム皇帝の妹であり妻...救世主マイトレーヤの候補...」
「嘘つき」
男性のままの自分が前に出た。「お前は皇帝に洗脳された奴隷だ」
「違います!」ユリアナは反論しようとしたが、次の瞬間、その男性版の自分が彼女に襲いかかった。
激しい痛み。精神が引き裂かれるような感覚。
「自分自身を否定するなら、私たちはあなたを破壊する」
次々と現れる「自己」たちとの戦い。ユリアナは自らの存在の正当性を主張しようとするが、彼女の言葉は空虚に響くだけだった。
「なぜ皇帝に従うのか?」 「なぜ自分の意志を捨てたのか?」 「あなたは本当に幸せなの?」
容赦ない質問の嵐。そして物理的な攻撃。ユリアナの精神体は引き裂かれ、再構成され、また引き裂かれた。
時間の感覚は失われ、永遠とも思える苦痛の中で、ユリアナはついに叫んだ。
「私はユリアナ・シンテシス!全ての可能性を内包する者!」
彼女の第三の目が突然、強烈な光を放った。
「興味深いわね」
現実世界に引き戻されたユリアナは、床に倒れ伏していた。全身から汗が滴り、目からは血の涙が流れている。彼女の体内のナノ粒子は不安定に明滅し、背中の卍のタトゥーは生き物のように蠢いていた。
セレストが冷ややかな目でユリアナを観察している。
「たった五分で限界に達したか。予想よりも早いわね」
「五分...?」ユリアナは信じられない思いでつぶやいた。彼女の体験では、少なくとも数日が経過したように感じられた。
「時空の狭間での体験はどうだった?」
「私は...戦いました...自分自身と...」
「そう」セレストは淡々と応じた。「そして敗北したのね」
「いいえ!」ユリアナは必死に反論した。「最後に...私は...」
「最後の瞬間、あなたの第三の目が活性化した」セレストは珍しく興味を示した。「データによれば、あなたは一瞬だけ、複数の時間線を同時に認識していたわ」
ユリアナは震える手で自分の額に触れた。第三の目は熱を持ち、脈打っている。
「これから毎日、訓練時間を延長していく」セレストは冷酷に宣告した。「明日は二十分。明後日は一時間。そうやって徐々に、あなたの精神と肉体を時空旅行に耐えうるものへと鍛え上げる」
「私には...できません...」
セレストは突然、ユリアナの首をつかみ、持ち上げた。彼女の指は冷たい鋼のように、ユリアナの喉に食い込む。
「できる、できないではない。あなたは『する』のよ。それがアクシオム皇帝の命令だから」
そう言って彼女はユリアナを床に投げつけた。
「今日はこれで終わり。明日の訓練までに休息を取りなさい。次はもっと過酷になるわ」
セレストが去った後、ユリアナはしばらく床に横たわったまま動けなかった。彼女の精神の中で、時空の狭間で対峙した無数の「自己」たちの声がまだ響いていた。
特に、最後に彼女が叫んだ言葉が繰り返し頭の中で鳴り響く。
「私はユリアナ・シンテシス...全ての可能性を内包する者...」
その言葉の真の意味を、彼女はまだ理解していなかった。
部屋に戻ったユリアナは、震える手で鏡に向かい合った。
彼女の姿は以前とは微妙に異なっていた。銀青色の髪はより鮮やかに輝き、星雲のような瞳の中に新たな光が宿っていた。そして額の第三の目は、閉じているにもかかわらず、その下に力が潜んでいることを感じさせた。
「私は...変わりつつあるの?」
その問いに答えるかのように、突然ユリアナの視界が歪んだ。一瞬だけ、彼女は自分の部屋と同時に、別の場所も見ていた。巨大な機械の前に立つアクシオム皇帝の姿。そこには他の「姉様」たちも集まっていた。
彼らは何かを議論しているようだったが、次の瞬間にはその光景は消え、ユリアナは再び自分の部屋だけを見ていた。
「今のは...幻覚?それとも別の時間線の断片...?」
ユリアナは震える手で寝台に座り込んだ。明日からさらに厳しい訓練が待っている。彼女はそれに耐えられるのか。そして耐えた先に何が待っているのか。
「アクシオム皇帝...あなたは私に何を求めているの?」
答えはなく、部屋には静寂だけが満ちていた。