去年の青

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/9 📝 1,035文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと紫陽花の話。

本文

 公園の入口に差しかかったとき、朔は思わず足を止めた。

 紫陽花だ。

 梅雨の雨に濡れて、青と紫の花が低く重たく、でも誇らしげに咲いている。去年も、ここに咲いていた。確かにそうだ。だのに、こんなにも鮮やかだったろうか。

「立ち止まりましたね」

 イヤホン越しに、AIの声がした。朔が使っているスマートアシスタント、〈シオン〉だ。位置情報から現在地を把握しているから、何が見えているかも大体わかるらしい。

「うん、ちょっとね」

 朔は傘を持ち直した。

「記録によれば」とシオンが言う。「昨年の六月十一日、十七時二十三分にも、あなたはここで約四分間、立ち止まっています」

 朔の胸に、何かが小さく刺さった。

「……そんな細かいとこまで覚えてるの」

「行動ログは自動で蓄積されます。削除しますか?」

「いい」

 そっけなく答えてから、朔は紫陽花に近づいた。一番大きな花房に手を伸ばして、指先で花びらに触れる。冷たくて、少し湿っていた。

 去年のあの日、隣に誰かいたかな。

 いた。当然だ。だから立ち止まったんだろう。なのに顔が思い出せない。正確には、思い出そうとする前に、別の何かが胸の奥でストップをかける。

「シオン」

「はい」

「去年、私がここで止まったとき……何をしてたか、わかる?」

 少し間があった。

「ログには〈写真撮影〉とあります。ただし、その写真はすでに削除済みです。あなた自身が、昨年の秋に」

 そうか。削除したのか。

 朔は知らなかった。いや、知っていたのかもしれないけれど、もう覚えていない。そういうことを、自分はしたらしい。

「……上手にやったな、私」

「何がですか?」

「忘れること」

 シオンはしばらく何も言わなかった。雨が傘を叩く音だけが続く。

「一つ、聞いてもいいですか」とシオンが言った。

「どうぞ」

「忘れたかったのに、今年もここに来たのはなぜですか?」

 朔は答えられなかった。

 紫陽花を見ていた。青い、重たい、確かにここにある花を。去年も同じ花が咲いて、誰かがその隣に立っていた。写真を撮った。笑ったかもしれない。それを朔は削除して、忘れようとした。

 でも、足はここへ来た。

「……わかんない」

「そうですか」

「でも、来て、よかったと思う。たぶん」

 また雨音だけになった。シオンは何も言わない。余計なことを足さない、この沈黙が朔は嫌いじゃなかった。

 もう少しだけここにいよう、と思った。紫陽花が、雨の中で静かに青かった。

 忘れたいのと、覚えていたいのは、案外おなじ気持ちの、裏と表なのかもしれない。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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