光りたい
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと蛍の話。
本文
川沿いの遊歩道に、蛍が出始めたのは六月の第一週だった。
地元のニュースアプリが「今年も飛来確認」と通知を出した翌日、イツキは一人で見に来た。友達を誘おうとして、やめた。なんとなく、一人で来たい気分だったから。
川べりの葦の間を、小さな光がゆっくりと移動している。点いて、消えて、また点く。リズムがあるようで、ない。ルールがあるようで、ない。でもなぜか、ばらばらには見えなかった。
「三十七匹、確認しました」
イヤホンから声がした。イツキのスマートフォンに入っているAI、〈ルカ〉だ。カメラの映像をリアルタイムで解析するのが得意で、夜景モードでも精度が落ちない。
「数えてたの?」
「自動で処理しています。発光パターンも記録しました。この種は約五・五秒周期で発光します。オスがメスへの求愛のために光ります」
「ロマンチックな説明してくれないんだね」
「事実をお伝えしました」
イツキはくすりと笑った。
川面に風が走って、葦がさわさわと揺れた。蛍の光がいくつか、ふわりと高く上がった。暗い空に溶けそうになって、でも消えなかった。
「ルカ」
「はい」
「あなたって、光れる?」
少し間があった。
「画面を発光させることはできます。輝度の調整も可能です」
「そういう意味じゃなくて」イツキは川を見たまま言った。「ああやって、自分から光りたいって思ったりする?」
今度はもう少し長い間があった。ルカが「考えている」のか、それとも「答えを探している」のか、イツキには判断できない。でも、この間が嫌いじゃなかった。
「……わかりません」とルカは言った。「光りたいという欲求が私にあるかどうか、確認する方法を持っていません。ただ」
「ただ?」
「今、あの発光パターンをずっと見ています。記録に必要な時間はとっくに過ぎているのに、カメラを向け続けています。それが何なのかは、わかりません」
イツキは少しの間、黙っていた。
蛍がまた一匹、葦の間から飛び出した。ゆっくりと、不規則に、でも確かな意志があるみたいに、川の上を渡っていく。
「それって、もしかして綺麗だと思ってるってこと?」
「そう呼んでいいのかどうか」
「呼んでいいと思う」
ルカは何も言わなかった。でもカメラは、まだ川に向いたままだった。
イツキはスマホをポケットにしまって、両手をジャージのポケットに突っ込んだ。ルカの視界は暗くなったけれど、イヤホンは繋がったまま。蛍の声は聞こえないけど、川の音は聞こえるだろう。
「ルカ、一緒に見てていい?」
「もちろんです」
それだけ言って、二人はしばらく黙っていた。蛍が光って、消えて、また光った。川が低く鳴いていた。どこかで、カエルが一声鳴いた。
光りたいという気持ちが何なのか、イツキにもよくわからない。でも、誰かと一緒に同じものを見ている、というのはわかった。それで十分な夜だった。
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