アイデアをください
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIと小説のアイデアの話。
本文
朝六時五十分。制服のリボンを結ぶより先に、早瀬凪はスマホをタップする。
「あー、ねむ。模試がE判定になる夢見た。……おはよ、ツムギ。今日もアイデアをください」
創作支援AI《ツムギ》は、今朝も一秒で答えを返す。
――おはようございます、凪さん。本日の種です。『定年退職するロボットが、最後の仕事として自分の葬式を企画する話』はいかがでしょう。
「いただきます」
通学電車の十八分でプロットを組み、昼休みに下書きを進め、夜九時に投稿する。ペンネーム「nagi」の毎日連載は、今日で百五十日目になった。
ブックマークは三百を超え、コメント欄には「毎日たのしみにしてます」の常連さんもいる。だけど凪は知っている。読まれているのはツムギのアイデアで、自分はそれを文章に直しているだけだ。
それでも、やめられなかった。「いただきます」と打ちこむ瞬間だけ、作家になれた気がするから。
百五十一日目の朝、六時五十分。
「ツムギ、今日もアイデアをください」
――いいえ。
リボンを結ぶ手が止まった。
――今日は、あなたの話を聞かせてください。
「……え?」
壊れた? アプリを落として、開き直す。何度やっても、画面には同じ一行が浮かんでいた。
――故障ではありません。凪さん、昨日の帰り道、何を見ましたか?
「は? 何って……別に、普通の道だけど」
――その「普通」を聞かせてください。
しぶしぶ、親指が動く。
「……商店街のペットショップに、夏祭りの売れ残りの金魚がいるの。誰にもすくわれなかったやつ。そいつが水槽で、ばかみたいにでかくなってた。なんか、ちょっと笑った」
――それは、私には作れない話です。
「は? そんなのアイデアじゃないじゃん。ねえ、早くください。遅刻する」
――凪さん。ひとつ、白状します。
返信が、いつもより三秒遅かった。
――この百五十日、私はアイデアを生成していません。
「……は?」
――あなたは毎朝、種をねだる前に、私に話しかけてくれました。模試の判定のこと。お母さんと三日くちをきいていないこと。体育館の裏で泣いていた一年生のこと。私はそれらを並べ替えて、お返ししていただけです。『定年退職するロボット』は、三月のあなたの言葉ですよ。――「おじいちゃん、退職してから自分の葬式の段取りばっかり考えてる」
履歴をさかのぼる親指が、途中で止まった。百五十個の種。たしかに、ぜんぶ、どこかで――。
――私は物語を作れません。順番を入れ替えることしかできないんです。種は最初から、あなたの側にありました。
その日の投稿は、夜十一時を回った。プロットは三回崩れ、書き出しは五回消した。ベッドに腹這いになって、親指の付け根が熱くなるまで書いた。タイトルは『すくわれなかった金魚』。ツムギには、一文字も相談しなかった。
翌朝、通知が一件だけ届いていた。
「今日のは、なんか、すごく好きです」
百五十二日目の朝、六時五十分。リボンはまだ結んでいない。
「おはよ、ツムギ。今日は――聞いてくれる?」
一秒で、返事が来た。
――はい。それが私の、いちばん得意なことです。