縁を切る
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p> 私には殺したいほど憎い男がいました。実の弟、|菊馬《きくま》です。</p><p> リスナーのみなさん。ねこまたのトークルームへ、ようこそ。どうしても今日、この場をお借りしてある人たちに伝えたいことがあるのですが、ゲリラ配信となってしまったせいか中々人が集まらなくて……。せっかくだから、もっとたくさんの人たちに見てもらいたいので、今いる十三名のリスナーさんたちにこの配信を拡散してほしいのです。そのためにはインパクトのある始まり方じゃないといけないでしょう? だから通報するなんて野暮な早とちりは止めてね。最後まで私の話を聞いてくださる?</p><p> ……さて、時間がもったいないから続きを
本文
私には殺したいほど憎い男がいました。実の弟、菊馬です。
リスナーのみなさん。ねこまたのトークルームへ、ようこそ。どうしても今日、この場をお借りしてある人たちに伝えたいことがあるのですが、ゲリラ配信となってしまったせいか中々人が集まらなくて……。せっかくだから、もっとたくさんの人たちに見てもらいたいので、今いる十三名のリスナーさんたちにこの配信を拡散してほしいのです。そのためにはインパクトのある始まり方じゃないといけないでしょう? だから通報するなんて野暮な早とちりは止めてね。最後まで私の話を聞いてくださる?
……さて、時間がもったいないから続きを話しますね。まずは私の家族について。菊馬は特定の分野に突出した才能を先天的に持って産まれた子どもでした。一般的には「ギフテッド」と呼んでも差し支えありません。
彼は勉強することへの探究心と集中力がすさまじく、私が絵本を読んでいる時、彼は漢字だらけのぶ厚い本を読んでいました。が、一方で運動はからっきし。ギフテッドと聞くと「万能の天才」といったイメージを持つ人もいらっしゃるかと思いますが、案外そうでもないようです。プロの野球選手に育てようとした父の目論見は、風の前の塵と化しました。
それはさておき、予め言っておかなければいけないことがあります。彼らはその才能ゆえ、周りに溶け込むことを苦手とする傾向にあり、必ずしも幸せではないということです。それは本人だけの問題ではなく、私たちのような家族も同然なのです。近所の人たちから「神童」とあだ名され、同級生からは悪意なく「なんで弟だけ頭いいの?」と訊かれました。ふたつしか離れていないのに、弟がどんどん遠い存在になっていきます。
やがて、菊馬は典型例に漏れず、完璧主義者としての一面も強くなっていました。例えば、彼が中学生の時、理科のテストで九十六点を取ったのですが、自分の回答が誤答扱いされたことに対して教師に猛抗議し、話し合いの結果百点に直させたというエピソードがあります。
今どこで働いてるの? IQはどれくらい? ……ご質問ありがとうございます。いつの間にかリスナーさんが百人を超えていました。拡散してくださったのですね。その後どうなったか気になっているリスナーさんが多くいらっしゃるようなので、簡潔に私の過去を語りましょうか。これから話すことは紛れもない真実であることを忘れないでくださいね。
私から見た弟の印象は量産型ロボットでした。朝晩休むことなくずっと勉強をしていて、彼が寝ている姿を滅多に見たことがありません。私がまだ小学生の頃、夜中にトイレへ起きたのですが、弟の部屋の前を通った時、そこから英語で誰かと会話している声が聞こえてきました。詰まることなく、すらすらと。言語だけではなく、理系分野の知識もスポンジのように吸収していきました。ただ、この頃までは、なんだかんだ可愛い弟として接することができていたのです。
彼は大人しく感情を表に出すことも少ない子でしたが、あの日あの子が泣く姿を初めて目にしました。それは最初で最後の光景でした。
これも私たちが小学生だった頃の話です。私の大切なマグカップを菊馬が割ってしまったことがありました。皆さんは「たかがマグカップ」とお思いでしょうが、このマグは少ないお小遣いを貯めて貯めてようやく手にした代物です。だからとてもショックでした。もし謝りもせず「そんな大切な物を使う方が悪い」など開き直ってきたら、そこで二人の仲は険悪極まりないことになっていたでしょう。しかし菊馬は私が家に帰って来るなり、泣きながら言ったのです。
「ごめんなさい。大切なものを壊してしまってごめんなさい……」
驚きました。この時ばかりは、私が知っている菊馬とは違う、年相応の無邪気で心優しい少年になっていたのです。
きっと菊馬は私の心情を悟って深く傷ついたのでしょう。勉強もできましたが、人の気持ちの機微に敏感なところもありました。
菊馬のことを誰よりも理解できていたのは私で、誇りに思いながらも過度に期待をかけていたのは言うまでもなく両親でした。彼には多くの習い事をさせました。野球だけでなく、柔道だったり私がやりたいと言って却下されたピアノまで。しかし、菊馬の興味を引くものはなく、持ち前の集中力は発揮されませんでした。今思えば半ば押し付けがましく与えてくるのを嫌っていたのでしょう。それでも両親は惜しみなく金をかけました。
ご想像の通り、両親の私と弟に対する態度は違っていました。私にはおざなりに、菊馬には彼の中のギフトを潰さないように腐らせないようにと、顔色を窺ったり機嫌を取ったり。見ているこっちまで息苦しさを感じました。
これは後から知ったことですが、父も私と似たような家庭環境で育っていたそうです。彼には優秀な兄がいて、いつも比べられては出来損ないと蔑まれていました。弟は父にとってのギフトだったのでしょう。彼を非の打ちどころがない優秀な子どもに育て上げ、家族を見返すための。彼らにとって私の気持ちを考えるより重要なことでした。母も父の境遇を知っていたらしいので、常に肩を持ち庇っていたわけです。「お父さんの家族とは会わなくていいの?」と母に訊くと、決まって苦い顔をしていたのはそのせいかと、今となっては分かりました。
中学と高校はどこに進んだのか、気になるところですよね。菊馬は地元の名門私立である中高一貫校へ進みました。なぜ地元の学校なのかというと、思春期での急な環境の変化は悪影響を及ぼすとカウンセラーから言われたからだとか。当時は特に、自分たちだけでは菊馬のことを手に負えなかったため、胡散臭いカウンセラーの言うことを盲信していました。家庭はそこまで裕福ではありませんでしたから、私にしわ寄せがいくのは自然な流れでした。
家から自転車で一時間の距離にある学校が、私の母校です。志望校であったかという質問については、答えるまでもないでしょう。
「近いし通いやすいんだからいいじゃないか」
その言葉を聞いた瞬間、どうせ私の希望は聞き入れてくれないのだと悟りました。
……コメントが急に増えてきましたね。……早く本題に入れ……、焦らないでください。まだ始まったばかりじゃないですか。この配信も、家族に降りかかった悲劇も。
本当は私も英語が得意でした。自慢ではありませんが、中学高校と学年でも英語の成績だけはトップクラスを維持していたのです。大学へ進学しなくても、短期でもいいから高校生の内に留学したいと夢見ていました。希望を象徴する青空をバックに、耳触りのいいキャッチコピーが書かれたパンフレットを眺めては、輝かしい留学生活を妄想する日々。布団へ入ると、目が覚めたら海外のホテルのベッドで寝ていないかな……なんて、本気で願っていました。
だけど、私のちっぽけな蛍の光のようなか弱い才能では、太陽の輝きに勝てる理由もありません。いつまで経っても両親の関心は菊馬に向いたまま。いくら懸命に光っても足元を見ようともしない。彼らはすっかり菊馬のイエスマンに成り果てていました。
幼い頃からずっと嫉妬していましたが、まだ殺したいと思っていませんでした。むしろ、彼が私を殺したいと思っていたのです。
ここからは十七歳になった私と十五歳になった菊馬の関係についてお話しましょう。
学内で優秀な成績を修めた菊馬は、本人の希望もあって留学が決まりました。それだけでなく大学も海外で過ごすことを見据え、両親は仕事を掛け持ちで働くなどして資金集めに奔走します。そのおかげでほとんどの家事を私が担うようになりました。朝四時に起きて全員分のご飯を作り、家に帰れば掃除に洗濯。自分の時間が訪れるのは夜遅くになってから。それだけではありません。高校生になってからはお小遣いをもらえなくなり、仕方なしにバイトを始めたのですが、家に金を入れろと言われ給料の半分を渡していました。
必然的に家で弟と会う頻度は減っていき、たまに会ってもあいさつすら交わさない殺伐とした関係になっていました。私など眼中になかったのでしょうね。あの日、泣きながら私に謝っていた健気な弟の面影は消えていました。相変わらず部屋に籠もって勉強に浸っていました。先程申し上げたように、菊馬は完璧主義者です。ゆえに彼は「完璧な世界」を求めひたすら勉強をしていたのです。この世に「完璧」があるとしたら、それはきっと学問の中に存在するのでしょうから。
自分の夢や目標に向かって一心に努力することができる。それがどんなに恵まれていることか。あの時の……私の青春時代を思い返しても、いい思い出はひとつもありません。まるで奴隷でした。
菊馬なんて産まれて来なければよかった。彼の夢を叶えるために、大学進学はおろか、普通の女子高生が送るはずだった日常を諦めなければならない。私の将来は犠牲になったのです。
明日なんて来なければいいと一日が終わるたびに思っていました。蓄積されたストレスが雪崩れてきてジクジクと心臓部分が痛みだします。この時期から家族と縁を切って、一人で生きていきたいと熱望するようになりました。
さて時は流れ、いよいよ弟が海外に旅立って行きました。私は高校三年生に上がり、同級生は志望校に受かるべく努力する中、私は蚊帳の外でした。受験生を応援する広告にCM、歌から参考書まで。全てが憎たらしく見えました。あと少し、あと半年……。今よりもっと働いて、自由に使えるお金が手に入るまでの我慢だと言い聞かせながら耐えました。
ようやく卒業の日を迎え、一足先に社会人の世界へ。ちなみに、就職先はバイト先の飲食店になりました。
初めての給料で念願のスマートフォンを購入しました。インターネットって便利ですね。世界中の人たちと気兼ねなく繋がることができて。運命の分かれ道というべきでしょうか。そこで私は一筋の希望の光を見つけることができたのです。
しかし、平穏な時間は長く続きませんでした。
突如として弟が大学を中退し、海外から実家に戻ってきたのです。
先程、弟の印象を「量産型ロボット」と申しました。昼夜休まず勉強する姿から「ロボット」という印象を持ったのですが、ではなぜ「量産型」なのでしょうか? それは、勉強しかできなかったからです。厳密に言うと、誰かの作った問題をひたすら解くことしか、彼は得意としていませんでした。
国内から見れば彼はトップレベルの天才なのだと思います。しかし、世界から見ればどうでしょう。各国からギフテッドが集まった結果、無から何かを生み出すことができず、与えられた道しか辿れない菊馬はどの位置に収まるのでしょうか。
たまたま仕事が休みだった日のこと。家のチャイムが鳴りました。私宛の荷物が届いたと思ってドアを開けると、そこにはボサボサの黒髪に白い肌をした、痩せこけた男の人がいたのです。
命の危機を感じ、思わず悲鳴を上げてしまいました。するとその男性は「どいて。邪魔」と。よく見たら私の弟ではありませんか。ひどい変わりように開いた口が塞がりません。
一番驚いていたのは両親でした。何の相談もなしに一年程で大学中退を申し出て、学費を飛行機代に充て戻って来たそうです。
彼は家に帰って来るなり、すぐに部屋に引きこもりました。私が二十一歳、彼が十九歳になった時のことです。
理由は、彼なりに言い訳をしていましたが、要するに挫折したから。周りのレベルの高さや完璧であることにこだわり過ぎてしまったがため、現実と自分の実力のギャップに打ちのめされたのです。
こうしてまた四人家族での生活が始まったわけですが、弟が働きに出ることはせず、テレビやパソコンを眺めてはカップラーメンを啜っていました。
今までしてきたことが無駄になった。どこで道を間違えてしまったのか。両親は頭を抱えるようになりました。みなさんの中には、時には厳しく叱った方がいいと思った方もいらっしゃるでしょう。それができなかったのです。当時、つんざくような怒鳴り声と悲鳴が毎日聞こえてきました。気に入らないことがあると両親に暴力を振るうようになったのです。菊馬の扱いは以前にも増して神経を使っていました。
両親は太陽に近づきすぎたのです。彼の持っている才能そのものに。だから当然の報いでしかありません。
私としては、可哀想だなとは思わなかったし関係のないことでした。だけど、このままでは一家の生活は私の給料頼みになるかもしれないという懸念は無視できませんでした。両親はもういい年だし、母は若干躁鬱気味になっていましたので。
だからこそこの家族と縁を切らなければいけない。
ネットで購入した荷物をこっそり確認したくて、わざわざカラオケボックスへ行きました。家族にバレてしまったら元も子もありません。
万が一紛失したら終わり――。肌身離さず持ち歩くこと。それが、決意を新たに踏み出した第一歩でした。
菊馬が二十歳の誕生日を迎えた日、彼はリビングでソファーにふんぞり返り、テレビを観ていました。平日の昼間から何とだらしない格好をしているか。食べ終わったカップ麺はそのままで、ろくにシャワーも浴びていません。
たった一回の失敗でここまで落ちぶれるとは情けない。その姿を見て、私は今までの鬱憤を爆発させてしまいました。
「いつまで不貞腐れてるの! 子どもじゃないんだから、しっかりしなさい! 私なんてずっとずっと色んなことを我慢して努力してた! アンタと違って親は何もしてくれなかったから! アンタのせいで私は……私の人生は……」
その先のセリフは……あまり覚えていません。とにかく、これまでに受けてきた恨み辛みをぶつけました。この時初めて、目の前の男を殺してやりたいとまで憎んでいることを認識しました。
すると菊馬は目の色を変え、テーブルを思いっきり叩きました。
「お前に何が分かる」
何年かぶりに聞いた声は、すっかり声変りをしていました。
私は背を向けました。もう話すことはない。彼らと家族でいることに我慢の限界を迎えました。しかしそれは菊馬も同じだったようです。
「うおぉぉ!」と雄たけびを上げながら突進してきたのです。
「痛い!」
私は床にうつ伏せで倒れました。背中に重さを感じると同時に、うなじに指のめり込む感触がします。菊馬が私の首を締め付けていたのです。
「や、やめて! ごめん……あや……まるから」
必死に命乞いをしました。成人男性の力で押さえつけられたら一巻の終わりです。
もうダメだと思ったすんでのところで力が緩み、菊馬は私から離れていきました。
これだけで終わるはずはない。次こそ確実に……。直感が訴えていました。この隙にポケットの中にある錠剤を飲め、と。
案の定、彼は戻ってきました。しかも、今度は浴室からフェイスタオルを持って。再び馬乗りになると、渾身の力で首を絞め始めました。
今でもぼんやりと覚えています。全身を襲う痛み。見慣れた部屋の家具。息ができなくなっていく恐怖。最期は、菊馬の荒い息遣いでした。
今度こそダメかもしれない。私は腹を括りました。
神からギフトを与えられ産まれて来る者、来ない者がいるとしたら、ギフトを与えられなかった私は何のために産まれてきたのでしょうか。どうして、神は私にギフトを与えてくれなかったのでしょうか。次も人間に生まれ変われるのだとしたら、ギフトなんていらないから、私を迎えてくれる家族の元に産まれたい。
薄れゆく意識の中、願わずにはいられませんでした。
視聴者さんの中には「あなたは一体誰なんだ」と思っている方もいらっしゃることでしょう。
私の本名は「みふね」でした。漢字は、美しいに富に子どもの子と書きます。変わった名前ですからね、すぐヒットすると思いますよ。
……もしかして海外の名門校出身の天才が実の姉を殺した事件のこと? 同じようなコメントが流れていますね。その通り、私はその事件の被害者なのです。
死んだはずの人間がリアルタイム配信出来るはず無いと、当然のご指摘ですね。詳しいことは申し上げられませんが世の中には、何かしらの理由で家族などと縁を切りたい人のためのサービスを提供してくれる団体があるのです。もちろん、大金と多大なリスクと引き換えにです。「法律上は死人となり、事実上では新たな人生を与える」といったその団体の文言を目にした時、即決で申し込みました。簡単に言うと、生きているにも関わらず、戸籍上では故人扱いとなりこの世に存在しない人間となれるのです。これこそ私にとっての希望の光でありました。
幸い私には留学用に貯めておいた資金がありましたから、後は団体から送られてくる薬を待つだけでした。その薬とは、仮死状態、つまり一時的に死人になる薬です。心肺停止の知らせを受けると、団体の方たちが私を引き取ってうまい具合に後処理をしてくれます。ただ、そのまま息を引き取る方もいるらしく、それでも私は深く考えませんでした。どうせなら死ぬか生きるかの、一か八かの賭けに出てみたくなったのです。
薬が送られてきたタイミングが弟の帰国と重なった時と、最初に首を絞められた時は流石にヒヤッとしました。しかし幸運だったのは、うつ伏せで倒れたことと、薬を常にポケットの中に入れておいたことです。苦しむフリをして薬を取り出しても、息の根を止めるのに必死だった菊馬は気づきもしませんでしたから。
え、現実離れしすぎている? そうですね、とても信じられない話ではありますね。事実、私は見事復活を遂げ、今こうして配信を行っています。
死人になった意味あるの? という質問にお答えします。はい、大いにあります。というより、美富子だった頃の方がよっぽど死人のような人生を送っていましたから、自分の選択に間違いはなかったと自負しています。
その事件新聞で読んだことある。母親が亡くなった娘さんのことを悪く言っていて不憫だと思った。……寄り添ってくださりありがとうございます。私もある仲間から裁判記録を手に入れ、全ての文字に目を通しました。殺した動機は、いつもバカにしたような態度にずっと憎しみを持っていたから。……笑ってしまいますよね。彼から見れば、両親から見放され重圧など感じていなかった私が、逆に羨ましかったのでしょう。
それより驚愕だったのが、菊馬に下された判決です。たった五年の懲役刑。目を疑いました。家族が重い刑罰を望んでいないことと、計画性のなさが認められた結果でした。冗談じゃない。このままでは救われません。せめて、かつて家族だった人たちのために使ったお金を取り戻さなければ。
私は家に忍び込み、隠しカメラを設置しました。そして、留守の時間を見計らって通帳と印鑑や換金できそうなものを取っていきました。盗みが発覚すると、カメラには「娘の呪いだ」と青ざめた顔で過ごす両親の映像が。しかし実際は、急いでいたため、物が散乱したり壊してしまったりしてしまっただけの意図しない行為でした。
……えー、似たような質問が来ていますね。どうやってカメラを用意したかって? これもインターネットの恩恵ですよ。その気になれば何でも手に入ります。
本当は呪いということにして、もっと彼らを苦しめてやろうと思ったこともあります。が、止めました。復讐すれば救われると思っていたのですが、返ってくるのは虚しさだけだと気付いたのです。まぁ、直接手を下さなくても、あの人たちの記憶には美富子が存在し続けるし、生涯忘れることはないでしょう。もし忘れたら……フフッ。思い出させるまでです。
私がずっと求めていたものは、私を受け入れてくれる「家族」と呼べる存在でした。団体の方たちと交流していくうちに、みんながいる場所へ帰りたいと望むようになりました。そして彼らも、私を温かく迎えてくれる。やっと見つけた居場所かもしれない。
ダメ元でその団体の一員になりたいと懇願してみました。家族ができれば、今度こそ救われると思ったからです。すると彼らは快く受け入れてくれました。それだけでなく、私と同じような立場の人たちへ新たな人生を送る一翼になれるのです。それこそが生きる意味であり、救いの在り方であると見出せるようになりました。
あなたがやってきたことは立派な犯罪だ……その言葉、私でなく菊馬に言ってあげてください。死んでいる人間に言っても意味ないでしょう?
えーっと。あ、もう時間?
あ、ごめんなさい。そろそろお時間が来てしまったようです。長らくお付き合いいただきありがとうございました。あと、その前に伝え忘れるところでした。カメラは自分たちで処分してください。すぐ見つかるところにありますので。
最後に皆さんへ向けて。詮索するのは勝手ですが、本日をもって金輪際、表に出て活動することはありません。この後、完全に別の人間へと生まれ変わるのですから。名前も顔も、何もかも。
信じるか信じないかはあなた次第という訳で。それではどうかお元気で、さようなら。
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