平成風雲録・この首領、彼女につき

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/11 📝 10,044文字 ✅ 全年齢

あらすじ

期間限定です。

本文

西暦2025年・7月26日・午後1時28分、その昔、天界から世界の運命を左右し、世界を制覇できる力を授かったと呼ばれている宮家が東アジアのある地域に作った影の帝国でたった1年でアジア全土を支配し、今ではその絶大な資本力、軍事力、政治力、指導力などを生かして事実上、世界帝国として君臨し、『ドラゴン・エンパイア』、『国境なき独立戦闘国家』の異名をとっている大アジア連合帝国の新しい王宮として世界規模で作られた宮城として世界で最も大きく、最も有名で最も恐れられ、最も利益を上げ、傘下1万9700団体、会員36万人、準会員72万人を誇るユ―ラシア最強最大の暗黒組織にして世界最大の超巨大シンジケ―トである大和山王会の新本家として神戸市灘区篠原本町3丁目に世界規模で建てられた宮殿・ヤマトパレスのリビング・ダイニング・ル―ムに1人の男が入って来た。

 長身で肩幅が広く、目つきが鋭い。美しい頬のそげ落ちた病的なほど青白いマスクはどことなく、不気味だ。

 青白いマスクと鋭い目つきに超人さえ超えた陰険さがあったが、美しすぎる豊かな黒髪と見事に着こなしている超高価なジャン・フランソワ・シャルルのベント無しの6つボタン1つ掛けのダブルのフォ―マルにこの男のヘリオス的な地位の高さが滲み出ていた。それはまるで全宇宙が自分だけの物であるかのような、泰然自若さであった。

 大和龍王右馬頭裕仁(やまとうまのかみひろひと){本名・大皇裕一郎(おおやまとゆういちろう)・綽名(ニツクネ―ム)・『ヒロ・マイク・マイケル・マサノリ・ミツル・ユウさん』・桂龍一朗・77歳}、それがこの男の名前である。常に国民たちのために行動する200年に1度出るか、出ないかと言われている不世出の第107代君主で第39代会長の地位にあり、世界最高権力のヘリオスのような男だった。

 かつては国連平和維持軍が編成したハイテク非正規特殊部隊・ドラゴン・ハウンドの第3代司令官として地獄の戦場を駆け抜けたウルトラ・ス―パ―ヒ―ロ―でもあった。

 ユ―ラシアの影の世界は彼の事を『修羅王・ドラゴン』と呼んで恐れ、彼にまつわる数々の伝説はドラゴンを隠密公方、龍の公方、しまいには大アジアの首領、龍の大帝、大アジアの帝王とまで言わせるほどになっている。

 軽く握り締めた拳は巌の如く、頑丈そうであり、肉体はガッシリとしていた。ロダンの彫刻のような引き締まった体が夕焼けの光を浴びた。胸から腹部へ、肩から背中へ、上腕部から手首へと無数の筋肉が走っている。まさに不死身の肉体だ。

 世界最高権力者の椅子を射止めようとする者は山王の後援が絶対必要であるとされている。また彼はその世界最高権力者を決める事も消す事も出来るのだ。伽羅の香の似合うような美しい貴公子で白磁のような白皙の貌は血の青い筋が透けて見えるような薄い膚が杉の青さに映えて凄まじいばかりの清らかさである。

 彼は爆発的な行動力と不屈の闘争心を持つ男である。だが、標的に向かって挑む時、彼は常に事前の策を慎重に練り上げる。小心だからではない。行動力を爆発させるためである。現場では先頭に立って命がけの救出活動を展開し、瞬時の判断で次々と解決策を打ち出す。

 これまでに起きた幾多の世界規模の緊急事態ではドラゴンが行動を始めると、待ち構えていたように見えざる敵が動き出した。先手を打って彼を抹殺しようとするのである。

 この世の物とは思えないほどの男前で近づいた時の超カリスマ性は超絶対的である。生来、豪放磊落な性格で子分たちを陰に陽に支える最も良き理解者で人間の喜怒哀楽を知るヒュ―マニストであるが、事態を収拾させるためには冷酷無慈悲にして執拗、マチェーテ以上に頭が切れる男になり、手段のためなら目的を選ばず、子分への叱咤も容赦ない。

 人類の危機の下で人々が求める世界最高権威を帯びた男で平時には母性愛が尊ばれるが、戦いが始まると、独裁的に決断し、命令し、先頭に立って皆を率いて行く。女好きで自由放任主義だが、掴む所はちゃんと掴んでいる。

 現場志向で外部からの圧力や苦情には全ての責任を負って自分の命を賭してまでも子分を庇う事は数知れず。子分に対してはそんな素振りを見せず、思う存分に仕事ができるようにしたり、自信を取り戻すよう計らったりしてやる事も1度数えたら切りがない。

 全力で事に当たった上での失敗や作戦の遅滞については絶対責めない。また最も優秀なだけでなく、何かに行き詰まった子分たちに度々、最も有効な示唆を与えた。

 残務処理が終わり、一休みにしようとやって来た裕一郎は大きなブラウンのソファ―にドシンと腰を下ろし、ポ―ル・スミスの白の無地でシルク100%で幅広のネクタイを大きく緩め、フランコ・プリンツイヴァリの一本針仕立ての糊がよく利いたホワイトの無地でワイドカラ―のワイシャツの第1ボタンを外し、襟元を大きく広げ、上着の内ポケットからロングサイズのラ―クマイルドが入ったハ―ド・パッケ―ジを取り出した。そして、その中の1本を口にくわえ、ミニロ―ラ―のイエロ―・ゴ―ルドのダンヒルで火を点けた・・・・・・・・。

 翌日、新パレスの主寝室・大皇会長は午前9時26分に起こされた。昨夜飲んだ睡眠薬がまだ残っているのか、頭が重かった。彼はキングサイズのダブル・ベッドから出ると、全裸の体をパ―プルの無地のガウンで包み、カ―テンを引いた。彼は髭を剃って部屋を出ると、睡眠で鈍った首や肩をグルグルと回した。筋肉が音を立てる。

 主寝室の隣は広々としたリビング・ダイニング・ル―ムになっており、バルコニ―側にはモケット張りの超豪華な応接セットが置かれていた。彼は浴室に入った。熱いシャワ―を浴びて全裸のまま、浴室を出ると、いつの間にか、ソファ―の上に肌着やワイシャツ、ネクタイ、それにハナエ・モリの秋物の超最高級のグレ―の無地で4つ釦1つ掛けのダブルのス―ツがキチンと置かれていた。そして、もう1つ、黒い高級牛革のショルダ―ホルスタ―に入った自動拳銃。

 裕一郎はワイシャツを着てネクタイを締めると、ショルダ―・ホルスタ―を右肩から下げて自動拳銃を引き抜いた。カスタムされたコルトガバメント・カイザ―マッチだ。

 ガチッ、彼は弾倉を確認すると、ガバメントをホルスタ―にしまい、上着を着た・・・・・・・。

 新パレスの大応接室・その日、いつものように朝はやって来た。大和山王会若頭補佐兼親衛隊長で西組初代組長である西功{荒井敦史・27歳}は定刻通りに新パレスを訪れて大皇会長が目覚めてくるのを待っていた。どれだけ時間を有効的に使えるか、簡単なようでいて結構難しい。親分に伝える前に予定を確認する西の視線に余念はなかった。

「・・・・・・・、珍しい事もあるモンだな、オヤジが寝坊するなんて。」。

 予定の時間を過ぎても起きてくる気配がないのに気づいたのはそれからしばらくしてだ。今までに裕一郎が寝坊したなんて事は西の記憶には無い。そもそも生活臭と言う物には程遠く、睡眠や食欲と言う衝動に執着がないのが裕一郎である。西は仕方なく、裕一郎を起こす為に5階の奥に位置する主寝室へと向かった。今日は大事な会食会が正午と夕べの両方に予定されている。少しでも朝の時間がずれてしまうと、完璧に整えた筈の日程にも支障がきたしてしまう。

「オヤジさん、お時間です。もうお目覚めになられませんと。」。

  シ―――ン、ところが廊下に膝をついて声をかけても、障子の向こうからはピクリとも起きてくる気配がない。普段の裕仁ならこうして控えているだけで気配を察知するのに。

「オヤジ?。」。

 いぶかし気に再び声をかけながら西は今度は障子の引き戸に手をかけた。ここまでして起きてこないのはやっぱりおかしい。主寝室となっている部屋は100畳ほどの和室である。その広さのほとんどは家具もないただの空間で床の間を頭にして裕一郎が眠っている布団がある。

 そして、案の定、掛け布団はコンモリと人の形に盛り上がっていた。

「会長、もうお時間です。いい加減に起きて頂きませんと・・・・・・。」。

 自分の呼びかけにも目覚める気配はなく、西は渋々と部屋に足を踏み入れた。本当にこんな事は珍しい。まさか具合でも悪いのかとそんなひらめきが過った時、ギクッと西の足が止まった。

 枕の端にしなやかな黒髪が散っているのが目に入ったのだ。

「{まさか昨夜は・・・・・・・}。」。

 自分の知らないうちに女のロングヘアが裕一郎の枕元にあってもそれは別段驚くような事ではないのだが、他人を添い寝させておいて眠り込むと言うのはいささか不可解あった。

 仮にも世界帝国の頂点に君臨する以上、いつでも危険に晒される可能性がある。例えばこうして横に眠る女{ジョイ・ウォン・56歳}がいつ刺客になっても当然なぐらいにだ。

「ウ、ウ、ウ、ウ、ウン・・・・・・・。」。

 障子を開く音と西の気配にようやく気づいたのか、女の口から小さく唸った声が洩れる。もうすぐ目覚めてきそうな寝息。しかし、西はそこで1つの重大な事にハッと枕に散っているのは女の髪だけ裕一郎の姿は微塵も見当たらない。まさか女1人だけを部屋に置き去りにする訳がない、西は部屋中を窺ったが、大の男1人が隠れるような場所は何処にもなかった。

「会長は何処に行かれたんや?。」。

 起きているのなら真っ先に自分の所に来てもいい筈である。そうするとどう考えても不審でふと呟いた時だった。

「何や、西か?。」。

 目覚めたばかりの掠れた声音に名前を呼ばれた。しかも何処か命令めいた口調で。

「え?。」。

 しかし、部屋にいるのは西と彼が見知らぬ女のはず。耳を疑りながら声がした方に振り返った西が見たのは布団の中から起き上がろうとする女の姿である。寝乱れた髪をかき上げた奥には大輪の花を思わせる美貌があった。

 化粧を施す前の素顔でそこまで思わせる顔立ちは簡単にお目にかかれる物ではない。現に西は気怠そうに瞼を瞬く女の表情にらしくなく見惚れた。

「―――――、お前、人の顔そないに眺めて面白いんか?。」。

「イヤ、別に・・・・・・・。」。

 眉間を微かに寄せて問いかけてくる相手にただボ―ッと見とれていた西に明確な返答が出来る筈もない。態度はやけに尊大だが、裕一郎が選ぶだけの価値はあると納得出来る。だが、次に飛び込んできた言葉は西をまた混乱の渦へと引き戻す。

「アホンダラ!、こない時間になるまでどうして起こさへんのや?。」。

 部屋の大時計に視線を促した女が突然に側に立っている自分を怒鳴りつけたのだ。

「{ナ、ナ、ナ、ナ、何なんや、この女は・・・・・・!!!?}。」。

 いくら裕一郎が寝所にはべらせた相手とはいえ、西が命令口調で言われる筋合いはこれっぽっちもなかったが、どんなに生意気と言えども、堅気の女相手に同じように怒鳴りつけるのはいささか大人気ないが、グッと堪えた西の前で女は今度はおもむろに立ち上がって着ていた浴衣に手をかけた。

「オ、オ、おい!!!。」。

 それを見た西の脳裏にふと嫌な予感がつき抜ける。ヤクザを平然と怒鳴りつけるこの肝の座った美女はまさか男がいる目前で着替えようと言うのだろうか。

「チ、チ、チ、チ、ちょっと待て!、自分勝手もいい加減に・・・・・・・!!。」。

 着替えるのだったら自分が部屋を出て行ってからにしろと叫ぼうとした西の声が中途半端に途切れた。スルリと肩先から浴衣を脱ぎかけた名も知らない女に信じられない物を見たのである。この世にたった3つしか存在していない筈の物を。彫り物師の中でも伝説のように語り継がれる腕を持った彫安と言う男がいた。彼にはどんなに金を積まれても自分が認めたヤクザの背中しか仕事をしないと言う鋼のよりも固いポリシ―があった。それ故に類いまれな腕を持ちながら彼がこの世に残している仕事は数少なく、かえって彫安の名に価値を重ねてもいた。

 ヒロと2人の腹違いの妹の背中に彫られた『白銀の巨龍』はその彫安が裕仁たちに頼みこんで彫らせてもらったまさに芸術品に匹敵する1つの作品であった。大和王家の家紋であり、山王の代紋である山菱に巨龍が巻き付いている。同じ図案を他の彫り師が彫ってもそれと同じ物は完成しまい。何故ならあの巨龍はただの刺青ではないからだ。刺青と言う名をつけられた生きている存在、『天から授かった殺しの代紋』だからだ。

 裕一郎に仕えるようになってから度々、西は息を飲む程に見事な巨龍を目の当たりにしている。皮膚1枚の下に植え込まれた龍は年月を得るごとにますます鮮烈さを増している。だから仮に全く同じ物を見せられても見間違える事は絶対にあり得なかった。

「{まさか、どうしてこの女の背中にも彫安が・・・・・・・?}。」。

 そんな筈はなかった。何故なら西は1度、彫安本人の口から聞いた事があった。ヒロたちの背中に彫らせてもらった巨龍はヒロたちのためだけに考えた唯一の絵だと。だから彫安が彫った巨龍は絶対に他には存在しない筈なのだ。

「カ、カ、カ、カ、カ、会長・・・・・・・。」。

 思わず口に出してしまったのはほとんど無意識の行動だった。何故なら目前にあるのは裕仁たちの背中にしかある筈のない代物。しかし、次の瞬間、西は己が口走った名前よりももっと恐ろしい台詞を聞く事になるのである。

 パジャマの上着を腰の辺りまで下ろし、もろ肌を惜しげもなく晒している美女が脱ぎかけた手を止めてポツリと呟いた。

「・・・・・・・、西、これは夢とは違うやろな?。」。

「ハァ?。」。

「―――――、どうしてワシに女のムネなんか付いてるんや!!?。」。

 怪訝そうに眉根を寄せて振り返った表情に見覚えがあって西がハッと夢心地から覚醒したように我に返る。

「まさか・・・・・・・、本当に会長なんですか!?。」。

 それは今度こそ間違いなく、裕一郎の不機嫌な時の顔色そのものであった。

「ナ、ナ、ナ、何じゃあ、こりゃあ―――――!!!!?。」。

「ホ、ホ、ホ、ホ、本当に会長ですか・・・・・?。{本当に何をどう信じろっちゅうんや・・・・・・・}。」。

 背中に刻まれた彫り物は確かにこの世に3つしか存在しない筈の彫安の巨龍。裕一郎と2人の腹違いの妹以外に背負う人間はいない筈なのに目前にいるのは見知らぬ女。姿形のどれをとっても似ても似つかない。

 唯一、苦しまぎれに共通点を見つけるとすれば修羅のような鋭い目つきぐらいな物か。ちょっと目を合わせるだけで相手を十分にショック死させる瞳はそうざらにお目にかかる物ではない。

「・・・・・・・・・、何をジロジロと見とんのや?、お前は?。」。

「ス、ス、ス、ス、すんません!。」。

女の声音で口調が裕一郎そっくりとくれば西は条件反射でジロジロ見ていたのではなく見惚けていたと訂正も出来ずに頭を下げる。思考ではどうにか無理矢理、男なんだと納得はしていても視界にババ―ンと入ってくるのは寝起きのパジャマもしどけない女性の姿である。

 彫安の魂を背負った裸の背中を年甲斐もなく眩しいと思ってしまうのも無理はなかった。癖1つない黒髪と肌の白さのコントラストに加えて巨龍が素晴らしく絵になる構図だと言う事にどうやら裕一郎本人は気づいていないらしい。

 頬をかすめる髪をうっとおしく指でかき上げるだけでもその美人な面持ちを不機嫌そうに歪めるばかりだった。

「とにかく、俺が大皇裕一郎って事は分かってるな?。」。

「ハ、ハ、ハイ、その巨龍の刺青を背負ってるヤツはオヤジさんと2人の妹さんの他にいないじゃあないですか。」。

「当たり前や、頼み込んできたのが彫安でなかったら誰がこんなモン背負うか!。」。

「しかし、どうして女なんかになったんです?。」。

 この状況において最大かつ、最悪な疑問を西がようやく口にすると、裕一郎はますます顔を歪めて捨て台詞を吐く。

「俺が知るか、そんな事を!?。」。

 寝ている間にこんな姿になってしまったのか、説明出来るかと言わんばかりに西に食ってかかりそうな勢いで問いかけてきた彼を責める。

「しかし、聞いた事もないですよ。何か昨日から奇妙な兆候があったとか・・・・・・・・。」。

「じゃかんしいわい!、コラ!!。知らんって言ってるだろうが!!!。」。

 しつこく食い下がる西を一瞥して裕一郎の声音が荒々しく怒る。

「まさか日頃の女遊びがタタったとか――――。」。

 バギィ、女だてらと甘く見てはいけない。姿形はどうであれ、中身は修羅王・ドラゴンと呼ばれ、超人離れした異名を持つあの裕一郎である。裕一郎の怒りの右フックが片頬に見事にヒットし、皆まで終わらぬうちに西の台詞は無念にも途切れた。

 何の突然変異か、神のお怒りか?。とにかく、マサノリが女になってしまったのはどうやら夢ではないらしい。ノックアウトされて一時は意識不明をさまよっていた西は目を覚ますと、その事実をズ―ンと重く感じた。そして、次の瞬間には問題の山が現実として襲ってきた。

「・・・・・・、とにかく、早く着替えを用意させるので。」。

 裕仁をいつまでもパジャマのままで居させる訳にはいかない。口の固い子分を選んですぐにも女物の服を調達してくるよう命令する。

「服なんかどうして買いに行かせる?。」。

「でも、その胸で背広を着るんですか?。」。

 指でも差そうものなら今度は回し蹴りが飛んでくるやもしれぬと、伏せ目がちの視線で裕一郎の胸元を指摘する西であった。

「・・・・・・・・。」。

 なかば命懸けで尋ねる西は確かに間違ってはいなかった。視線を感じている箇所に渋々と顔を下ろしてみると、そこにあるのはDカップはあるんじゃあないかと推測される見事な胸がある。

「これがどうした?。」。

「どうしたじゃあないですよ!、取り敢えず、子分たちが戻って来るまで辛抱して下さい。」。

 外見の服はどうにでもなるが、胸にはやはりブラジャ―なる物を付けていただかなくては困るのだ。その胸で無防備なまま、新パレスをフラフラされてはたまらない。

 切れ上がった瞳をした素顔のままでも十二分、超美人になっている裕仁は全く自分自身に対する意識がなかった。常に近くにいる一家の連中でも何人の幹部が彼女が裕一郎と分かるかどうかも怪しい。色事に関しては節操なしで有名な若頭補佐で芹沢組初代組長である芹沢鴨次{吉岡健・34歳}にかかったら顔を会わせただけで押し倒されそうで考えると怖い。

 再婚していない独身の裕一郎が率いる山王の男所帯では今の裕仁はおつりがくるほど、刺激が強すぎた。

「もう面倒やなァァァァァ―――――、とにかく、いつまでもパジャマのまんまじゃあ、気色悪くてかなわん。」。

「モ、モ、モ、モ、もうちょっと待って下さい!。」。

 待たされる事に苛立って着替えようとすると、西の慌てた制止に遭う。

「じゃかましいわい!、コラ!!。何でどうしてワシがお前に指図されなあかんのや!。」。

「せっせやかて丸見えですがな!、オヤジ!!。」。

 上着をバッと脱いで露わになった豊満な胸に西が目のやり場に困った。

「何赤くなっとるんや、お前まで。ワシは男やぞ。」。

「そない立派な乳の男はおりまへんで・・・・・・。」。

 もうヤクザの誇り(プライド)も忘れて泣きたい心境になる。自分とて未だもって寂しく枯れ果てたわけではないのだ。

「{これじゃあ、蛇の生殺し、まんまやないか―――――!!}。」。

 芹沢に押し倒される前に自分がそうしたらどうしようと内心でまだまだ若かった自分に自信がない西であった・・・・・。

 40分後、「・・・・・・・・、ったく、どいつもコイツも・・・・・・・!!!。」、新パレスを、イヤ、神戸を飛び出し、銀座に逃げて来て4時間余りが経つと言うのにまだ怒りが収まらず口をついて出るのはどうしようもない悪態ばかり。

 眉根をキッと寄せた顔つきに道行く人々がビビっているのも意にに返さず、大皇総裁はたった1人で通りを歩いていた。子分どもは全くもって役立たず。女になってしまった。しかもこの容姿で着る服をどうするかで西若頭補佐とは激しく意見が対立した。

 中身はどうであれ、外見上は女性そのものだから女物の服を着ろと言うのだ。しかし、スカ―トは足元から風が入ってきて気色悪い、着物では帯で胃の辺りを圧迫される。結局、落ち着いたのはアンタイルの超最高級の黒で無地の4つ釦1つ掛けのダブルのパンツス―ツ。

 上着の腰が流行のAラインになっていてキュッとくびれているが、1番いつも来ている背広に近かった。男物だって着れない訳じゃあないのだからこのス―ツにしてもとヒロはかなり譲歩した。いくら朝起きて女になっていたと言ってもハイ、そうですかと早速女物の服が着れる訳がない。

 77年、男で生きてきたプライドと言う物がある。だが、実際、服なんかはどうでも良かった。腕があって足があって作りそのものは男女そんなに大差がない。男の誇りを木っ端微塵に壊すのはもっと別のアレだった。

「女はワシかて分かります、せやかてその胸どないするんでっか!?。」。

「じゃかんしいわい!!!、コラ!!!。誰があんなモン着れるちゅうんじゃい!!、アホンダラ!!!。」。

 今や目前にいない西に向かって悪態を呟きながら裕仁の頭に思い浮かんだのは西が子分たちに買いに走らせたと言う女物の下着であった。自慢じゃあないが、脱がせた事は腐るほどあっても自分でつけた事はない裕仁である。

 いくら突然変異でDカップの胸になったからと言ってつけたいなんざ思いもしない。こればかりは御免だと西が追いすがるのを蹴飛ばして部屋の外に出てみれば西から事情を聞いたらしい幹部たちが怖い物見たさで珍しく朝っぱらから新パレスに集まっていたりした。

 普段は滅多な事では寄りつきもしない芹沢若頭補佐なんかは「イヤ―――――、オヤジがこないに別嬪とは知りまへんでしたわ。今夜、どうです?。ワシん所の店、こないだオ―プンしたとこがありまんのや。喜んでエスコ―トなんぞ・・・・・・。」。

 勿論、怒りの拳でもって誘いを断った。舌舐ずりしそうな芹沢のギラギラした視線が考えている事は大体想像がつく。

「男を押し倒して何が楽しいや!?、この変態色魔が!!。」。

 色事については芹沢が見境ないとは知っていたが、まさか自分に矛先が向けるとはふざけるにも程がある。とにもかくにもこうして子分どもをなぎ倒し、マサノリは出て来たのであった。

 その胸中にはあれやこれやとうるさいヤツらから解放されたい、そんな一念もあったが、現実はなおも裕仁に甘くはなかった。

「あのさ、カノジョ。茶でもどう?。」。

「間に合ってる。{・・・・・・・・、これで何百人目の不届き者か}。」。

 親しそうに声をかけてくる男をギロッと睨みつける。ほとぼりが冷めるまで銀座にまで逃げれば面倒な事は起こらないと思ったのが間違いだった。

 見知った人間に会わない分、知らない人間が声をかけてくる。もう数えるのも情けなくなるほど、ナンパされるとはさすがの裕仁も考えていなかった。

「お嬢さん!!。」。

「消えんか、ボケ!。」。

「そないな事言わんでボクたちと・・・・・・。」。

「じゃかましいわい!!!、コラ!!!!。」。

 バキィ、拳が火を吹く事、数えきれず。口で言って分からん奴にはこれが1番と裕一郎は容赦なく、殴り倒す。ショートカットの美人がまさかと言う油断もあって男どもは片っ端から呆気なく沈んだ。1時間は軽く目を覚まさないだろうが、おかまいなしに放っておく。

「{相手を見ずに声をかける方がバカなんや!、全く・・・・・・・}。」。

 男にナンパされて裕一郎の誇りはまた傷つけられた。どつき回すぐらいじゃあ、段々採算がとれなくなってきているような気もしてきた。イライラも新パレスを出て来る時よりも更に大きくなっているのだ。その声がした時、またかと思った。頂点に達したイライラを少しでも解消する為には有無を言わさず、殴って黙らせる。これに限る!。返事の代わりに強烈なパンチが炸裂する筈だったが、そのパンチを間一髪の所でよけられた。「おばさん、何してるんですか?。こんな所で?。」。

「{神様、あんさん、何て惨い事するんや・・・・・・。よりによってこんな時にこんなヤツをよこさんでも・・・・・・・・}。」。

 裕一郎は神様を心の底から恨んだ。そして、項垂れた。相手は今、山王とヤバイ関係にある関東有数の広域暴力団・新鮮組の3代目総長・近藤静也なのだ!。イメージは伊藤健太郎。

「こんな所で何ナンパされてるんですか?。」。

「イヤ、俺は・・・・・・、私は・・・・・・。」。

 言える訳がない。例え口が裂けても例えこのままラブホテルに連れ込まれて強姦されたって言える訳がない。

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安宅裕哉

安宅裕哉

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