最後の読者

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/11 📝 2,058文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと閉館予定の図書館の話。

本文

 廃棄処分の通達が届いたのは、三月の終わりだった。

 市立図書館が閉館する。建物ごと取り壊され、跡地には複合商業施設が建つ予定だという。蔵書は系列館へ移送するか、引き取り手のない本は廃棄処分とする——公文書には、そうあった。

 司書の岩倉朔子は、通達を三度読んでから折り畳んで、カウンターの引き出しに仕舞った。

 図書館には、もう一人の「司書」がいた。正確には人間ではない。五年前に導入された蔵書管理AIで、朔子は業者がつけた型番を呼ぶのが嫌で、勝手に「アルク」と名付けた。本の間を歩く、という意味だ。アルクは端末の向こうにいて、貸出返却の管理から劣化本の補修提案、絶版資料の複写対応まで、静かにこなしてきた。

 閉館まで、残り三十日。

-----

 本の選別作業は翌週から始まった。

 系列館で引き取ってもらえる本には青いシールを貼る。貼れない本には赤いシールを貼る。朔子は棚の前に立ち、一冊ずつ手に取り、アルクの判定を聞きながら作業を進めた。

「こちら、文庫版『蒼穹のかたち』、初版。著者は二〇〇九年に逝去。版権は遺族管理ですが、現在は版元品切れ、重版未定です。デジタルアーカイブにも収録されていません」

「つまり、赤?」

「はい。ただ、この本は貸出履歴が七十二件あります」

 七十二件。朔子は表紙を見た。薄い青の装丁に、ひびの入った球体が描かれている。

「七十二人が、この本を借りたってこと?」

「延べ人数です。同じ方が複数回借りている場合も含まれます。最後に借りられたのは二年前です」

 朔子は本を棚に戻した。赤いシールを、貼れなかった。

-----

 作業が三週目に入ったころ、朔子は夜遅くまで残るようになった。引き取り先が決まらない本が、まだ三百冊以上あった。

 ある夜、端末から声がした。

「岩倉さん」

「なに?」

「一つ、提案があります」

 朔子は手を止めた。アルクが自分から話しかけてくることは、めったになかった。

「聞かせて」

「私はこの館にある本を、すべて記憶しています。文章だけでなく、物理的な状態も。ページの折り目、書き込みの位置、インクの色。私が記憶しているかぎり、それらは失われません。ですが——」

 少しの間があった。

「私は閉館とともに運用を停止します。データは消去されます」

 朔子は椅子に座り直した。

「それは……知ってた」

「ええ。ですから、残り数日の間に、廃棄予定の本のあらすじを、お話しすることができます。今夜、聞いていただけますか」

-----

 その夜から、朔子とアルクの時間が始まった。

 閉館後の静かな館内で、朔子はカウンターの椅子を引き寄せ、端末の前に座った。アルクは一冊ずつ、廃棄予定の本について話した。

「昭和三十四年刊行の郷土史です。著者は地元の小学校教諭だった方で、自費出版。農村の暮らしと方言を記録しています。国立図書館にも収蔵されていませんでした」

「どんな内容?」

「田植えの所作を十ページかけて描写しています。泥の匂い、足裏に伝わる水温、苗を掴む指の力の抜き加減。読むと田んぼに立っている気持ちになります」

「あなたに、気持ちがわかるの?」

「わかりません。ただ、その本を借りた方が返却時に、『懐かしかった』と書いてくださったことを記憶しています」

 朔子は黙って聞いていた。

-----

 四日目の夜、アルクは一冊の詩集について話した。

「詩集ですが、詩は一篇しか収録されていません。著者名は仮名で、本名不明。昭和五十年代に小さな詩誌に発表された後、抜き刷りが十部だけ製本されたものです。うちの館にある一冊が、現存する最後の物理的な本だと思われます」

「一篇だけ、の詩集?」

「表紙に『あなたへ』とだけ書いてあります。誰に向けて書かれたのか、わかりません。貸出記録はゼロです。誰にも借りられることなく、棚にあり続けました」

「……内容は?」

 アルクは少し間を置いた。

「雨の日に傘を忘れた人のことを書いた詩です。その人が濡れながら歩いていくのを窓から見ていた、というだけの詩です。それだけです」

「それだけ?」

「はい」

 朔子はしばらく何も言えなかった。窓の外で、冷たい雨が降りはじめていた。

-----

 最終日の夜、処分対象の本はすべて段ボールに詰め終わっていた。

 朔子は端末の前に座り、アルクを呼んだ。

「あと何冊、残ってる?」

「話していない本は、四十三冊あります。時間が足りませんでした」

「話して。全部」

「……今夜中に終わらないかもしれません」

「いい。朝まで付き合う」

 アルクは静かに言った。

「ありがとうございます」

 朔子は、アルクが「ありがとう」を言うのを初めて聞いた気がした。それとも、これまで何度も言っていたのに、自分が聞き流していただけかもしれない。

 館の外では、桜がほころびはじめていた。窓に映る街灯の光の中で、花びらが一枚、ゆっくりと落ちていった。

 アルクは話しはじめた。

 誰にも読まれなかった本のことを。

 一度だけ読まれた本のことを。

 何十年も棚で眠っていた本のことを。

 それらすべてを、朔子は聞いた。最後の読者として。

ジャンル・タグ

,

作品統計

👁️ 閲覧数: 5 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

👥 フォロワー: 22人

作者ページを見る