運命の彼女
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
駅への道すがら、偶然拾い上げたパスケース。それが凛花(りんか)との出会いだった。驚くほど価値観が似ていて、まるでパズルのピースが嵌まるように心を通わせていく二人。―― 穏やかな時間 ―― 優しい笑顔 ―― そして不意に告げられた想い 僕たちは『魂が似ている』者同士として、寄り添うように付き合い始める。季節が移ろい、三回目のデート。抜けるような青空の下、彼女が微笑んで手渡してくれたのは、手作りのお弁当だった。「趣味が合う貴方ができて、本当に嬉しい」彼女のその言葉の、本当の意味。お弁当箱の蓋を開けた瞬間、僕の『運命』を銀色に染め始める――。
本文
僕には最近、彼女ができた。
名前は、凛花(りんか)という。
春の陽だまりのような柔らかい笑顔を見せる、とても可愛くて優しい女性だ。
自分のような男に、こんな運命が用意されていたのかと、毎晩ベッドの中で神様に感謝せずにはいられないほどだった。
出会いは、あまりにも唐突で、劇的だった。
駅へ続く賑やかな大通り。
僕の数歩前を歩いていた彼女が、バッグからスマートフォンを取り出そうとした瞬間、指先に引っかかったのか、革製のパスケースが滑り落ちた。
僕はそれを拾い上げ、すぐに彼女を追いかけた。
「あの、落としましたよ!」
声をかけると、彼女は肩をびくつかせて一瞬驚いた表情を見せた。
だが、僕が差し出したものに気づくと、パッと花が咲くような笑顔に変わった。
「あ……! ありがとうございます。これ、大事なものだったんです。本当に助かりました」
彼女は胸元でパスケースを抱きしめるようにして、何度も頭を下げた。
ちょうどお互いに時間に余裕があったことも、運命の悪戯だったのかもしれない。
丁寧にお礼を言いたいという彼女の申し出に甘え、僕たちは近くのコーヒーショップへ入ることになった。
窓際の席で、琥珀色のコーヒーを挟んで向かい合う。
「あの、変なことを聞くようですけど」
彼女は少し首を傾げ、カップの縁を指先でなぞりながら言った。
「趣味とか……お休みの日は何をされているんですか?」
そこからの時間は、魔法にかかったようだった。
たわいもない雑談から始まった会話は、驚くほど深い部分で共鳴した。
好きな映画、音楽、休日の過ごし方。
何より、物事を見る時の視点が、驚くほど似通っていたのだ。
「こんなに初対面で意気投合したのは、私、初めてです」
彼女は少し頬を染め、恥ずかしそうに笑った。
「僕もです。こんなに話が弾むなんて、思ってもみませんでした」
僕たちは、ごく自然な流れで連絡先を交換した。
* * *
それから、何度か会うようになった。
彼女と過ごす時間は、凪いだ海のように穏やかだった。
映画を観に行ったり、古本屋を巡ったり。
それはデートというよりは、どこか『魂が似ている仲間』との語らいに近い感覚だった。
僕は、この心地よい関係が壊れることを何よりも恐れていた。
だから、自分の恋心を胸の奥に仕舞い込み、彼女の『良き理解者』として振る舞い続けた。
だが、季節が一つ進もうとしていたある日の夕暮れ。
公園のベンチで、街灯が灯り始めた頃だった。
彼女が不意に僕のコートの袖を、指先で小さく掴んだ。
「……あの、私」
彼女の声は微かに震えていた。
「仲間としてじゃなくて、その。隣にいてもいいですか? これからも、ずっと」
夕闇の中で、彼女の瞳が潤んで揺れていた。
その真っ直ぐな告白に、僕の心臓は跳ね上がった。
もちろん、断る理由なんてどこにもなかった。
そうして僕たちは、正式に付き合うことになった。
* * *
彼女と三回目のデートの日。
空は抜けるように青く、穏やかな風が吹いていた。
今日もお気に入りの作家の話や、最近見つけた不気味な都市伝説の噂などで、会話は絶え間なく続いていた。
「今日は天気がいいから、あそこの大きな公園に行きませんか? お金もかからないし」
彼女の提案に、僕は快諾した。
広い芝生の上にレジャーシートを広げ、木漏れ日の中でくつろぐ。
お昼時になり、僕が「どこか近くに食べに行こうか」と尋ねると、彼女はいたずらっぽく微笑んで、バッグから二つの包みを取り出した。
「実はね、今日はお弁当を作ってきたんです」
「えっ、本当? 嬉しいな。凛花の手料理が食べられるなんて」
僕は子供のように喜んだ。
彼女は「そんなに期待しないで」と言いながら、一つのお弁当箱を僕に手渡した。
「はい、こっちが貴方の分」
僕はドキドキしながら、丁寧に結ばれた包みを解いた。
蓋に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。
唐揚げだろうか、それとも出し巻き卵だろうか。
色とりどりの具材を想像していた僕の視界に、強烈な色彩が飛び込んできた。
―― 銀世界。
そこに詰まっていたのは、眩しいほどに光り輝く白米だけだった。
おかずも、付け合わせも、彩りのパセリ一つない。
炊き立ての、一粒一粒が完璧な形を保ち、鈍い銀色の光を放つ銀シャリ。
それが、四角い箱の隅々まで、隙間なく敷き詰められていた。
「……凛花?」
おかずの箱が別にあるのだろうか。
そう思って彼女の方を見ると、彼女は動かずに僕を見つめていた。
唇はただむすばれ、目は全く笑っていない、無機質な笑顔。
彼女も、自分用のお弁当箱の蓋を開けた。
―― やはり、視界は銀色で塗り潰された。
雲一つない青空の下。
お弁当箱の中から放たれる、炊き立ての銀シャリの輝きが、僕たちの瞳を不気味な銀色に染め上げていく。
彼女は、その『無表情の笑顔』のまま、割り箸を割った。
そして、銀色の塊を迷いなく口へと運び、咀嚼し始める。
おかずを欲しがる様子も、喉を詰まらせる様子もない。
ただ、機械的に、銀シャリを胃へと送り込んでいく。
僕は、凍りついたまま彼女を見つめていた。
その時、いつか彼女が楽しそうに語っていた言葉が、呪いのように耳の奥で蘇ってきた。
『私ね、実はホラー作品って大好きなんですよ』
『引かれちゃうかなって思って、なかなか言い出せなかったんですけど』
『趣味が合う貴方ができて、本当に嬉しい』
『特に、私が一番好きなのが……』
『狂人のホラーなんです』
『怖いっていうより、何故か―― 共感してしまうんですよね』
僕を見つめる彼女の瞳は、今や完全に銀色に濁っていた。
彼女の顎が動くたびに、銀色の光がぎらぎらと揺れる。
僕たちの『趣味』は、本当に合っていたのだろうか。
彼女の言う『共感』とは、一体どのことなのだろうか。
震える手で、僕も割り箸を取った。