嘘つきメイドは抱きしめる

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/13 📚 シリーズ: サイコパス、異世界を征く 📝 4,607文字 ✅ 全年齢

あらすじ

今はアリシアの屋敷となったフィル・ブライヤ家の屋敷。その地下牢でロアノークが目を覚ます。石壁からは昨晩の雨の影響か、絶えず雨漏りか地下水か何かが流れている。傍らには暴れられない様に、鎖で繋がれたオルテガが転がっている。息があるのか分からずにロアノークはオルテガを足蹴にする。「おい!おい!」「ん…。なんだこりゃ」

本文

 今はアリシアの屋敷となったフィル・ブライヤ家の屋敷。その地下牢でロアノークが目を覚ます。石壁からは昨晩の雨の影響か、絶えず雨漏りか地下水か何かが流れている。傍らには暴れられない様に、鎖で繋がれたオルテガが転がっている。息があるのか分からずにロアノークはオルテガを足蹴にする。

「おい!おい!」

「ん…。なんだこりゃ」

 オルテガは頭を振り身体を起こそうとするが鎖が巻かれており自由に動かせるのは首だけだった。ターニャが声を出したタイミングでシッカートに薬を打ち込まれて倒れた為、完璧な不意打ちを食らった格好だ。何故、自分がここにいるのかも分かっていない様子で、オルテガは鎖につながれた体を無理やりに動かしているが、壁につながった鎖はびくともせず逃れるすべはない。

「なんだ?この鎖…。旦那どうなったんで?」

「シッカートが裏切った…」

 ロアノークが足元に唾を吐き、ギリギリと奥歯を噛み締めている。シッカートへの怒りと、このかび臭い空間の不快感が奥歯を噛み締める力となっている。

「あのスケベ野郎!」

 オルテガが暴れられない体をよじり、何かに八つ当たりして、怒りを発散しようと必死だ。

「スケベ野郎ならもういないわよ?」

 声がして2人は牢屋の外をみる。薄暗い地下牢への階段を下りてきたのは千尋だった。千尋はランタンで二人を照らす。ロアノークはいつかの千尋と同じように便所代わりの樽に腰掛け、恨めしそうに千尋を見ている。オルテガは千尋に飛び掛かろうと鎖と格闘している。千尋は牢屋の中の2人の反応に満足げに微笑んでいる。その笑顔がどうにも腹に据えかね、ロアノークが叫ぶ。

「小娘!早く出せ!」

「出すわけないでしょ?オルテンシアだっけ?その話を聞かないと出してあげられないわ」

 千尋の後ろからターニャとアリシアも続いて階段を降りてくる。2人の表情は楽しそうな千尋とは対照的に暗い表情だ。オルテンシア、アリシアの母親の誘拐の指示役と実行犯が目の前にいる。辱められた挙句、自死したオルテンシアの死の真相を知るはずの男達が目の前にいる。

 ターニャはシッカートにとどめを刺した。あんなにそうしたいと思っていたのに、あんなに何度も刺したのに、今は曇天の下にいるような気分で下を向いている。

「お母様を攫ったと言うのは、本当なのですか?」

  無表情に近いアリシアが口を開いた。アリシアの天真爛漫と言うのがふさわしい笑顔は消え、眉間に少しシワが寄り、睨みつけるような視線でロアノーク達を見ている。

「……」

 しばしの間、沈黙が訪れた。アリシアもロアノークも話そうとしない。こういった沈黙を壊すのは、いつだってそう、人間性を持ち合わせていない千尋だ。

「やってないと言えばいいのに…。頭じゃなくて股間で考えるから、無能なのよ」

 千尋は蔑むような視線でロアノークをみる。話さないと決心しているのかロアノークは口を真一文字に結んでいる。その姿も千尋には滑稽に見えているようだ。

「そっちの馬鹿はどうなの?あんたがやったわけ?」

「は?俺がやるわけないだろ!」

「じゃあ何をやったわけよ?死体を捨てたの?経産婦を辱めたの?攫ったの?」

 千尋はオルテガに矢継ぎ早に質問する。辱めたのかと言う質問をした時、オルテガは怒りの表情を浮かべた。幾つかの認めたくない事実と死んでも認めたくない事実があり、オルテガは表情を変える。

「さらって死体を捨てたのね、ありがとう」

「俺は何も言ってねぇ!」

 千尋がオルテガにランタンを向ける。

「でも当たってるから、違うと言わないのよね?肯定してるのと一緒。じゃあ、誰が攫わせて辱めたのかを教えてもらいましょうか?」

 千尋の顔は笑顔だが目が笑っていない。オルテガの表情が全てを教えてくれる。

「攫うように仕向けたのは分かりきってるから聞かないけど…。辱めたのはシッカートでしょ?前みたいにって言うってことは何某か前科があるわけでしょ」

 オルテガが思い出したように奥歯を噛み締めて怒りをあらわにする。怒りに任せて千尋を殺そうとしているのか、暴れるオルテガに鎖が食い込み血が滲む。

「あいつが……?」

 ターニャがやっと顔を上げた。

「最初はそうよね?自死を選ぶほど追い詰める暇があったとは思えないけれど…」

 そう言って千尋はロアノークを見る。不気味な女に、心の中を射抜かれるように見つめられてロアノークは視線を合わせないように下を向いた。

「人のものが欲しくなるなんて、ガキじゃあるまいし……。それとも本気で横恋慕っこと?」

「あれは私が見初めていた女だ。それをアンドレアスが後から!」

「だから、シッカートが手を出したと聞いて歯止めが利かなくなったわけ?興奮したんでしょ?」

「千尋様!」

 アリシアが頭を振ってもうやめてと懇願する。千尋の選択する言葉はロアノークの心を乱すが、同時にアリシアの心も乱すのだろう。

「分かったわ……。それで拒絶されるまで乱暴したわけね?」

 千尋はもう少し棘のある言い方をして、ロアノークの反応が見たかったがアリシアに止められ渋々従う。

「で?自分の行いが原因で、目の前でオルテンシアが自死したわけ?」

「うるさい!お前に何が分かる!」

「何もわからないわよ、豚が……」

 千尋の蔑む視線が一層強くなる。ロアノークから興味をなくしたように千尋はアリシアを見る。

「で……。誘拐の実行犯と黒幕が目の前にいるけど……、どうするの?」

 千尋はアリシアに問いかける。アリシアは着ているドレスのフレアをきつく握り、考えていた。ターニャが感情に任せてそうしたように、アリシアの中にも確かに復讐心がある。理想とする領主となる為には、この復讐心はあってはならないものだ。

「私は……」

 千尋は苦悶するアリシアの顔を見つめる。そのアリシアを見つめる千尋の目には、慈愛が満ちている。ターニャがそうしたように、アリシアが自分の側に来るのを望んでいるのかもしれない。

「こいつらは法では裁けないわよ。仮に裁けたとして、あなたの中に復讐心や殺意があるのなら、とどめを自分で刺すか、他人に刺させるかの違いでしかない」

 千尋はアリシアの頬に手を当てる。男装もこなす麗人が少女に向き合い、頬に触れている様子は、地下牢でなければ耽美的な魅力があった。が、ロアノークとオルテガからは自分たちを殺すように、少女をそそのかす悪魔と哀れな少女に見える。雨漏りが徐々に収まり、水音がしなくなってきた地下牢に千尋の邪悪な囁きが響く。

「アリシア。人の手に任せたら、あなたの心は晴れることはないわよ?残るのは後悔と、やり場のない怒り。」

 千尋が両手でアリシアの頬を優しく包む、アリシアの目を覗き、アリシアの世界は千尋だけになった。

「シッカートを討ったターニャにもう彼に対する恨みや怒りはない。ね?ターニャ」

「ああ……」

 確かにターニャの中にあの時の怒りはない。あるのは虚しさ。そして不意にシッカートを何度も刺した時の感触が思い出させる不快感だ。

「アリシア様。私は賊を討ったことに後悔はありません。ですが……、人として何かを失った気がします」

「それはあなたが騎士になりこれからもアリシアを守る為に必要なものよ?アリシアの命が狙われて、躊躇する護衛に何の意味があるの?」

 ターニャが自分の中の良心との葛藤を口にすると、千尋はもっともらしい理屈でターニャの苦悩を切って捨てる。

「アリシアが、領主として生きていくのにも必要になるわ。100人を救うために1人を犠牲にするときが来るかもしれない……。だから、その衝動に素直になりなさい」

 ロアノークとオルテガは自分たちが敵対した小娘がこんな化け物だとは知らなかった。何故シッカートが裏切ったのか、何故シッカートがここにいないのかも理解してしまった。千尋は人心を操り人を殺す。今まさに自分たちが獲物となり、目の前の1人の少女を堕落させようとしている。

 耐えられなくなったロアノークは鉄格子まで近づき、アリシアに懇願するように声をかける。

「ア、アリシア様!お気を確かに…!」

 千尋が振り返り、ロアノークを一瞥する。その千尋の冷たい目に狼狽えるロアノークの襟首を掴み激しく引っ張った。ロアノークは鉄格子に額をぶつけて流血する。かび臭い地下牢の中に新鮮な鉄の匂いがして千尋の鼻孔をくすぐる。

「アリシア」

 千尋は自分のナイフの柄をアリシアに向ける。木製の柄には滑り止めに布が巻いてある。元の色が判別できないほどに鉄錆のような色をしているがアリシアの目に映るのは、そのナイフの刀身だった。波紋模様の美しい刀身の切っ先は妖しく光りアリシアを魅了する。

 アリシアはナイフの柄を握り、ロアノークに向けた。アリシアはそのナイフの重さに少し我に返る。木製の柄と、幾重にも折り重ねられ鍛えられた合金の刀身は見た目よりもはるかに重い。故によく切れる。後一押しがあればアリシアは、ロアノークにそのナイフを突き立てるだろう。

「大丈夫。そのナイフをロアノークに胸元に当てるだけでいいわ」

「助けてくれ、何でもする。金もやる。そうだ、貴族達にアリシア様に逆らわぬように執り成してもいい!」

 ロアノークの命乞いなど聞き耳も持たずにアリシアが息を飲む。ターニャにはアリシアを止める権利はない。ターニャ自身は感情に任せて復讐を果たしてしまった。千尋が言っていたようにアリシアにだって母親の死んだ元凶に復讐する権利がある。

 そう思ってしまうほどオルテンシアの死は悲惨だったし、オルテンシアを、失ったあとのフィル・ブライヤ家は狂ってしまった。アンドレアスは酒に溺れ、アリシアも塞ぎ込み立ち直るまで相当な年月が必要だった。

「アリシア様、お手伝いしますか?」

 ターニャはアリシアの持つ千尋のナイフに手を伸ばす。が、アリシアは首を振ってそれを拒否した。

「ありがとう。ターニャ」

「やめろ!やめろ!やめてくれ!!」

 ロアノークが千尋の手から逃れようと暴れるが願いはかなわかった。千尋はロアノークの頭も掴み、首を刺せと言うように鉄格子に密着させる。

「貴方がおとなしくしていれば、みんな平和だったのよ?なのに貴方だけが命乞いして助かると思ってるの?」

 アリシアは千尋のその言葉を聞くまで迷っていた。千尋の言ったことがアリシアの頭を痺れさせていく。諸悪の根源たるロアノークだけが助かるなんて、アリシアには許すことはできなかった。

「いやーーー!」

 アリシアが叫んだ。人を殺す事実から目を背けるように。ナイフは呆気なくロアノークの首筋に吸い込まれた。よく研がれた千尋の合金のダマスカスナイフは重みと切れ味も相まって、アリシアが思っていたよりも深く刺さった。その切れ味に驚いてアリシアはナイフを持ち上げる。

 ナイフは抜け、死の間際にも命乞いをするロアノークの喉からヒュー、ヒューと息の抜ける音がする。噴水のように血が飛び出す。ロアノークを押さえていた千尋に返り血がかかり、千尋は恍惚の表情を浮かべる。

「これで復讐出来たわね?アリシア……」

 アリシアはナイフを落とし、ロアノークから出る噴水の勢いが無くなる様子を震えながらじっと見ていた。

 あの日、千尋が気絶したターニャを抱きしめるのを見て憧れを抱いたアリシアを、千尋は返り血を浴びたそのままの格好でアリシアを抱きしめる。彼女の願望は満たされ、これから新しい一日が始まる。

ジャンル・タグ

タグなし

作品統計

👁️ 閲覧数: 5 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

YOU-HI

👥 フォロワー: 3人

作者ページを見る