初めてつくってみた!w
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
第1話:午前零時の亡霊 【本話の登場人物】 汐(主演)、結衣(ゲスト/回想)、なぬりん(伏線)、あざみん(伏線)
本文
第1話:午前零時の亡霊
【本話の登場人物】
汐(主演)、結衣(ゲスト/回想)、なぬりん(伏線)、あざみん(伏線)
深夜のコンビニ。
レジ横の肉まんの匂いが、やけに胃を刺激する。
いつも同じ銘柄の缶コーヒーと、安くなった幕の内弁当を買う。店員に顔を覚えられたくなくて、わざと毎日少しずつ時間をずらしている。
だけど結局、いつもあの無愛想な金髪のアルバイトと目が合う。彼もきっと「またこの地味な女か」と思っているに違いない。
「……はぁ」
ため息が白い息になって、冷たい夜の空気に溶けた。
スマホが震える。画面を見ると、会社の同期である結衣からのLINEだった。
『汐ちゃん、お疲れ! 今度こそ金曜の夜、飲みに行かない? 美味しい焼き鳥屋見つけたの!』
画面を見つめたまま、足が止まる。
結衣はいい子だ。仕事もできるし、気配りも完璧。
でも、私は画面をそっとスワイプして、通知を消した。
誰かと関われば、いつか必ず失う。
その痛みを、私は5年前に嫌というほど味わったから。
ワンルームの自室は、暖房を点けていないせいで外より寒く感じた。
テーブルの上に弁当を放り投げる。コートも脱がず、ベッドの横に置かれた古いノートパソコンに手を伸ばした。
電源ボタンを押す。
ファンが苦しそうに唸り声を上げた。もう何年も使っていない、大学時代のお下がり。今の仕事で使っている最新のスペックに比べたら、化石みたいな代物だ。
今日は、2025年10月10日。
私が中学生の時、あのチャットルームを作ってからちょうど10年。
そして、あざみんさんが消えてから、5年目の日。
ブラウザを立ち上げ、ブックマークの奥底に眠っているURLをクリックする。
画面が切り替わる。真っ黒な背景に、簡素な白い文字。
「初めてつくってみた!w」
当時の自分がつけた、あまりにも痛々しいタイトル。
右端の「オンライン」リストには、私の名前だけが表示されている。
当たり前だ。
5年前のあの日から、ここは誰も訪れないデジタルの墓場なのだから。
キーボードに指を置く。
打つ言葉なんてない。ただ、ここに自分がいたという痕跡を確かめたいだけ。
『汐:……誰もいないよね。うん、知ってた』
画面に自分の文字が表示される。
10周年。誰も覚えていない。誰も祝わない。
『汐:ごめんなさい、あざみんさん。私がこんな場所を作らなければ』
あざみんさんは、私たちの「保護者」だった。
顔も本名も知らない。ただのネットの繋がり。それでも、親や学校の先生よりも、ずっと私たちのことを見てくれていた。
5年前の今日。彼が最後に残した言葉。
『俺を殺した犯人が、この中にいる。逃げられると思うなよ』
そのログを最後に、彼の接続は途絶えた。
警察にも行った。でも、ネットのハンドルネームしか知らない中学生の言葉なんて、誰もまともに聞いてくれなかった。
チャットルームは疑心暗鬼に包まれ、來夢とは大喧嘩になり、他のメンバーも次々と姿を消した。
私が作った居場所は、私の手で崩壊した。
――ピロン♪
静まり返った部屋に、間の抜けた電子音が響いた。
心臓が跳ね上がる。
ブラウザのタブが点滅している。
オンラインリストの数字が「2」に変わっていた。
『なぬりん:そんなに自分を責めないでよ』
画面に表示された名前に、息を呑む。
なぬりん。
チャット開設の数日後にふらりと現れた、素性不明のメンバー。
事件の後、一番最初に姿を消したはずなのに。
『汐:えっ!? なぬりん? どうして……まだログインできたの?』
指が震える。タイプミスを直す余裕すらない。
『なぬりん:10周年おめでとう、汐。ずっと待ってたんだよ』
『汐:待ってたって、何を? みんなは? 來夢やりーは元気なの?』
『なぬりん:さあね。でも、今日なら「彼」も来れるから』
『汐:彼?』
全身の毛穴が開くような悪寒がした。
次の瞬間、チャットの入室ログが赤文字で画面に割り込んでくる。
【SYSTEM WARNING: UNAUTHORIZED USER DETECTED】
見たことのない警告文。私が組んだプログラムに、こんな機能はない。
リストの数字が「3」になる。
『あざみん:見つけた』
呼吸が止まった。
あざみん。
凍結されたはずのアカウント。パスワードを知っているのは、5年前に消えた彼だけだ。
『汐:……誰? 悪ふざけならやめて! 彼はもういないのに!』
『あざみん:いない? 俺はここにいるよ。ずっとこの暗闇の中にいた』
文字が、異常な速度で流れていく。
『あざみん:汐ちゃん。大きくなったね。今の会社、結構ブラックらしいじゃないか』
どうして知っている。
私の今の生活を。誰も知らないはずの現在を。
『あざみん:約束通り、デバッグ(修正)の時間だ。世界のね』
ディスプレイから、ありえないほどの強い光が溢れ出した。
「えっ……!?」
手で顔を覆う。光は収まらない。それどころか、部屋の景色が歪み始めた。
壁のポスターが波打ち、弁当の容器がノイズのようにブレて消える。
耳鳴り。激しいめまい。
重力がなくなり、真っ逆さまに落ちていく感覚。
『あざみん:行ってこい。俺たちが、まだ生きていたあの頃へ』
声が聞こえた。
チャットの文字ではなく、直接脳内に響くような、懐かしい男の人の声。
意識が、真っ白に塗りつぶされる。
――……。
「……よし、アップロード完了!」
自分の声でハッとして目を開けた。
手には、少し分厚いマウス。
目の前には、分厚いベゼルの古い液晶モニター。
「え?」
窓の外は明るい。土曜日の昼下がり。
壁には、中学生の頃にハマっていたアニメのポスター。
エアコンの効いていない、少し蒸し暑い実家の自室。
私は、自分の手を見た。
小さくて、マニキュアも塗っていない、子どもの手。
カレンダーには、赤いペンで丸がつけられている。
『2015年10月10日』
「戻って、きた……?」
24歳の記憶を持ったまま、私は14歳のあの日に立っていた。
モニターの中では、たった今私が立ち上げたばかりの、真新しいチャットルームが動いている。
『あざみん:お、一番乗り。はじめまして、管理人さん』
画面の向こうから、彼が話しかけてくる。
すべてが始まった、最初の言葉。
涙が溢れて、キーボードに落ちた。
これは夢だ。悪趣味な幻覚だ。
でも、もし本当にやり直せるなら。
あざみんさんが消える運命を、この手で変えられるなら。
私は震える指で、最初の返信を打ち込んだ。