牛タン屋
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
一話完結・オムニバス(好きな所からお読みください)
本文
「AIにプロットを吐かせたときの、あの『独特の淡々とした空気感』を、あえてそのまま小説のテンポとして再現してみる実験作。作者の手書きです」
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牛タン屋 〜 つながる自動ドア
【今日も炭火を起こす】
その日の昼下がり。
客足が途切れた、ほんのわずかな凪の時間だった。
店内には炭の爆ぜる音だけが静かに響いている。
パチリ。
パチリ。
佐藤 純は焼き台の前で、炭の並びを微調整していた。
火は生き物だ。
少し空気が多ければ暴れ、少なければ拗ねる。
機嫌よく働いてもらうには、それなりに付き合い方がある。
カウンターの向こうでは妻が伝票を整理していた。
昼の忙しさがようやく落ち着き、店内には穏やかな空気が流れている。
その時だった。
ウィーン。
自動ドアが軽快な電子音を鳴らして開いた。
入ってきたのは、全身を鈍色の鎧で覆った騎士。
兜まで完全装備である。
騎士は店内へ一歩入る。
自動ドアが閉まる。
騎士が振り返って固まった。
再び外へ出る。
開く。
入る。
閉まる。
出る。
開く。
入る。
閉まる。
三回目あたりで妻が顔を上げた。
「純さん」
「うん」
「自動ドアと戦ってる人がいる」
「負けてるな」
五回目で純が声をかけた。
「故障じゃないですよ」
騎士が飛び上がった。
「しゃ、喋った!」
「店ですから」
「そうか」
納得した様子はなかった。
だが騎士はおそるおそる店内へ入り、カウンター席へ腰を下ろした。
ガチャリ。
鎧が重そうな音を立てる。
妻が冷水を差し出した。
騎士はコップを持ったまま固まった。
「冷たい」
「冷水ですから」
「冷たいぞ」
「そうですね」
騎士は慎重に一口飲んだ。
目を見開く。
もう一口飲む。
さらに飲む。
あっという間に空になった。
妻がおかわりを注ぐ。
騎士は神妙な顔になった。
「貴国には氷の魔法使いが多いのか」
「冷蔵庫ですね」
「レイゾウコ殿か」
「人じゃないです」
騎士は難しい顔をした。
理解を諦めたらしい。
純はメニューを差し出した。
「牛タン定食がおすすめです」
「ぎ.....うたん」
「はい」
「強そうだな」
「まあ、そこそこ」
何がそこそこなのかは純にも分からなかった。
しばらくして牛タン定食が運ばれる。
騎士は焼き色を見つめた。
麦飯を見つめた。
テールスープを見つめた。
味噌南蛮を見つめた。
ずっと見つめていた。
「冷めますよ」純が言う。
騎士は慌てて箸を持った。
ぎこちない。
おそらく初めて使うのだろう。
何度か挑戦し、ついに牛タンを掴む。
口へ運ぶ。
噛む。止まる。
もう一枚食べる。
さらに食べる。
そして無言になった。
純は何も聞かなかった。
美味い時の客は大体静かになる。
食べ終えた騎士は、しばらく空の皿を眺めていた。
やがてぽつりと呟く。
「遠征中、最も良い食事だった」
「ありがとうございます」
「ちなみに牛とはどのような魔獣だ」
「魔獣じゃないです」
「神獣か」
「違います」
最後まで納得していなかった。
騎士が帰った後、常連客が入ってきた。
「大将、今の鎧の人なんだったんだ?」
「コスプレでしょう」
「ああ、そういうイベントか」
常連は勝手に納得した。
純も特に訂正しなかった。
【変な客、増える】
翌週。
また店が静かな時間になる。
自動ドアが開いた。
今度は巨大な翼を持つ女性だった。
入った瞬間。
翼が自動ドアに引っかかった。
「痛っ」
「大丈夫ですか」
妻が聞く。
「慣れてる」
全然慣れていない声だった。
女性はなんとか席へ向かう。
だが問題があった。
座れない。
翼が邪魔なのである。
右を向けば壁にぶつかる。
左を向けば観葉植物を倒す。
後ろを向けばメニュー立てが飛ぶ。
三分後。
妻が店の奥から座布団を十枚持ってきた。
高さを調整する。
角度を変える。
さらに微調整。
ようやく着席に成功した。
女性は感動していた。
「天才?」
「パート経験が長いので」
「なるほど」
たぶん関係ない。
牛タン定食を食べ始めた女性は終始無言だった。
ただ静かに食べ続ける。
一枚。
また一枚。
ゆっくり噛みしめる。
そして完食した。
次の瞬間。
ぽろぽろと涙を流し始めた。
妻が慌てる。
「お口に合いませんでした?」
女性は首を振る。
「違う」
「辛かったですか?」
「違う」
「じゃあどうして」
女性は目元を拭った。
「飛ぶ種族は飛びながら食事するから」
「はい」
「こんなに落ち着いて食べたの初めて」
妻は少し黙った。
純だけが炭を見ながら言った。
「ゆっくり食べると美味しいですよ」
女性は何度も頷いた。
帰り際、予約帳に名前を書いていった。
達筆だった。
ただし誰も読めなかった。
ちなみにその翌日、同じ筆跡で「また来ます」と書かれた空飛ぶメニュー立てが店の前に落ちていた。
【砂漠の商人】
さらに翌週。
今度は砂漠の熱気をまとった男が現れた。
顔は日に焼け、唇はひび割れている。
妻が水を出す。
商人は一気に飲み干した。
二杯目。
三杯目。
四杯目。
五杯目。
ようやく落ち着いた。
「生き返った」
「よかったです」妻が笑う。
商人は店内を見回した。
「ここ、本当に食事処か?」
「牛タン屋です」
「牛タンしか書いてないぞ」
「牛タン屋なので」
商人は妙に感心した顔になった。
牛タン定食を食べた商人はしばらく考え込んでいた。
「商売になるな」
「何がです?」妻が聞く。
「この肉だ」商人は真剣だった。
「王都なら十倍で売れる」
「やめてください」
「二十倍いける」
「やめてください」
純は黙って肉を焼いていた。
帰り際。
商人は見たこともない香辛料の袋を置いていった。
「礼だ」
「ありがとうございます」
翌日。
試しに使ってみた。
驚くほど牛タンに合った。
以来、その香辛料は人気メニューの隠し味になった。
妻は今でも時々言う。
「仕入れ先どう説明するの?」
純はいつも同じ返事をする。
「企業秘密で」
……あと、その袋、開けるたびに小さな砂嵐が起きる。 中身は全く減らない 仕様らしい。
【魔法、気づいたら使えた】
竜人の鍛冶師が来店した日は暑かった。
正確には、彼が暑かった。
入店しただけで厨房の温度計が上がる。
冷房が頑張る。負ける。
もう一台頑張る。負けた。
妻が額の汗を拭った。
「純さん」
「うん」
「暑い」
「暑いな」
鍛冶師が申し訳なさそうに言う。
「すまん」
「肉の脂が溶ける」
純が真顔で答えた。
心配する場所がおかしかった。
その時だった。
純が炭火へ手をかざす。
揺れていた炎が静かになった。
熱気が整列する。
厨房の温度が一瞬で安定する。
鍛冶師が目を見開いた。
「今のは炎制御魔法だぞ」
「そうなのか」
「知らずに使ったのか?」
「火加減を見てただけだ」
鍛冶師はしばらく黙った。
そして呟く。
「恐ろしい男だ」
純は肉を返した。
「焼き過ぎの方が恐ろしいので」
鍛冶師は反論できなかった。
なお、その日以降、鍛冶師は店の焼き台を魔力で強化しようと何度も試みている。
【境界の住人たち】
その頃には、店の噂は様々な世界へ広がっていた。
氷の国の女戦士は、ただ「温かいものが欲しい」と呟き、テールスープを大盛り五杯飲んだ。
妻は「テールスープは限りがあるので予約してください」と促した。
当然、予約していった。
姿なき何かが来店したときは、椅子だけが沈み、牛タンが空中で消えていくという怪異が起きた。
会計の際に置かれたのは、純度が高すぎて眩しいほどの宝石だった。
純は「次に来たときにお釣りを渡せばいい」と指示した。
宝石は今もレジの横で、主を待つように静かに光っている。
エルフの老婆は三時間かけて一枚の牛タンを味わった。
純は急かさなかった。
炭だけを見ていた。
帰り際。
老婆は妻の手を握り、何かを語った。
意味は分からない。
しかし妻は微笑んだ。
「ありがとう、だって」
「そうか」純は頷いた。
【仕入れ】
ある朝。
純が仕入れに出ようと自動ドアを開けた。
見見知らぬ市場だった。
青空が広がっている。
巨大な牛が歩いている。
どこか異世界だった。
妻は驚いた。
「純さん」
「うん」
「どこ?」
「市場だな」
「それは見れば分かる」
一時間後。
純は大量の牛タンを抱えて帰ってきた。
妻は額を押さえた。
「どこで買ったの」
「いい肉屋があった」
「そういう話じゃないの」
純は首を傾げた。
肉の質以外はあまり気にしていなかった。
今では向こうの市場の肉屋も純を覚えている。
何も言わず現れる。
最高級の牛タンを選ぶ。
代金を払う。帰る。
言葉はほとんど交わさない。
それでも不思議と信頼関係ができていた。
良い肉を売る者。
良い肉を焼く者。
それだけですべて伝わった。
【ある夜の閉店後】
レジ締めを終えた妻がふと呟いた。
「純くん」
「ん?」
「なんでうちの自動ドア、異世界に繋がってるんだろうね」
純は炭の後始末をしながら答えた。
「気になるか?」
「少しだけ」
「俺はあまり」
「でしょうね」妻は苦笑した。
レジ横では、姿なき客から預かっている宝石が静かに輝いている。
いつか取りに来るだろう。
たぶん。
きっと。
店の灯りを落とす。
自動ドアが静かに閉まる。
明日その先がどこの世界に繋がるのか。
それは誰にも分からない。
けれど純には一つだけ分かっていることがあった。
どんな世界から来ようと。
どんな種族であろうと。
炭火の前では皆同じだ。
腹を空かせた客になる。
だから今日も炭を起こす。
明日も肉を焼く。
そのために、少しだけ早く起きようと思った。
たとえ、ドアの向こう側が明日は「溶岩の海」になっていたとしても。
(火加減なら、もう覚えた)
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