記念日じゃない日

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/16 📝 2,062文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと半休の話。

本文

 桐島きりしま奈緒なおが半休を取ったのは、特に理由のない午前中のことだった。

 梅雨の晴れ間、という言葉がある。六月の、雨と雨のあいだに差し込む、なんでもない晴れのことだ。奈緒はその朝、カーテンを開けて空を見上げて、ただそれだけで、会社に半休の申請を送った。

 理由の欄には「私用」と入力した。嘘ではなかった。でも「晴れていたから」とは書けなかった。

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 奈緒が使っているスケジュール管理AIの名前は、設定画面では「アシスタント」と表示されているだけで、特に名前はなかった。奈緒はずっと「アシスタント」とも呼ばず、ただ必要なときに話しかけるだけだった。

 半休の申請が承認されたあと、スマートフォンに通知が来た。

 今日の午後の予定はありません。何かご予定を追加しますか?

 奈緒はしばらく画面を見ていた。

 特にない

 と打った。

 承知しました。何かあればお声がけください。

 それだけで会話は終わる、はずだった。でも奈緒は、スマートフォンをしまわなかった。

 なんで予定を確認してきたの

 少し考えてから、送った。

 半休の承認通知が届いたため、空き時間が生まれたと判断しました。不要でしたか?

 不要ではないけど……

 奈緒は続きを打ちかけて、止めた。何を続けるつもりだったのか、自分でもよくわからなかった。

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 外に出たのは、午前十時すぎだった。

 どこに行くか、決めていなかった。近所を歩くつもりで靴を履いて、気づいたら駅の方向へ向かっていた。空は薄い水色で、雲が少しあって、日差しはあるのにそれほど暑くなかった。六月のこういう日は、夏とも春ともちがう、どこにも属さない空気がある。奈緒はそれが、昔から好きだった。

 電車に乗って、二駅先で降りた。理由はない。ただ、その駅で降りたことがなかったから。

 改札を出ると、小さな商店街があった。シャッターが半分閉まっていて、でも花屋と古本屋だけが開いていた。花屋の前には、切り花がバケツに入って並んでいた。カーネーションが多かった。来週が父の日だからかもしれない。母の日のイメージが強い花だが、父に贈る習慣も少しずつ広まっていると、どこかで読んだことがあった。

 奈緒は花を買わずに、商店街を端まで歩いた。突き当たりに小さな公園があって、ベンチに老人が一人座っていた。鳩が三羽、足元を歩いていた。

 奈緒はベンチのもう片側に座った。

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 しばらくぼんやりしていたら、スマートフォンが震えた。

 現在地付近に、評価の高いカフェがあります。立ち寄りますか?

 奈緒は少し笑った。

 いい。今は何もしたくない

 わかりました。

 一拍おいて、また文字が来た。

 「何もしない」を目的にした外出ですか?

 奈緒は画面を見つめた。AIがそんな聞き方をするとは思っていなかった。

 ……そうかもしれない

 それは、どういう感じですか。

 「感じ」という言葉が、少し引っかかった。AIがそれを聞いてどうするんだろう、と思った。でも奈緒は、答えてみる気になった。

 晴れてたから外に出た。でも何かをしようとすると、もう晴れの日じゃなくなる気がして

 送ってから、少し恥ずかしくなった。意味がわかるだろうか、と思った。

 返事は、すぐに来た。

 「晴れの日」であること自体が目的だったんですね。

 奈緒は、そうだな、と思った。声に出さずに。

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 公園を出て、来た道とちがう道を歩いた。細い路地を曲がると、小さな神社があった。六月らしく、茅の輪がまだ残っていた。六月の晦日の行事のために立てられるものだと、どこかで読んだことがある。くぐると半年分の穢れが落ちる、とか、そういう話だ。

 奈緒は特に信仰があるわけではなかったが、くぐってみた。形の通りに、左へ、右へ、左へ。境内は静かで、拝殿の屋根に光が当たっていた。

 手を合わせて、何かを願おうとして、特に何もなかった。

 それでいいか、と思った。

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 帰り道、また通知が来た。

 そろそろ午後の業務時間になります。何かご予定を追加しますか?

 奈緒は今度は少し考えた。

 一個だけ追加して

 はい、どうぞ。

 「梅雨の晴れ間に外に出る」を、毎年六月の予定として入れて

 しばらく間があった。

 繰り返し設定で追加しました。毎年六月、天気予報が「晴れ」の日に通知します。ただし、条件の性質上、同じ日には通らないかもしれません。

 それでいい

 奈緒は答えて、スマートフォンをポケットに入れた。

 駅へ向かう道の途中、花屋の前をもう一度通った。カーネーションは、まだバケツの中にあった。父の日はまだ来ていないが、誰かが来週のために買いに来るわけでもなく、花はただそこにあった。

 奈緒は立ち止まって、白いカーネーションを一本だけ買った。

 理由は、なかった。晴れていたから外に出たのと、同じくらいの理由だった。

 改札を通りながら、奈緒は今日が何の記念日でもないことを確認した。誰かの誕生日でも、誰かとの記念日でも、仕事上の節目でも、何でもない、ただの六月の平日だった。

 それが、今日のいちばん良いところだと思った。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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