「魔力なし」という名の孤独
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
誰もが魔法を使える世界で、セレンだけは生まれつきマナを持たなかった。 「欠陥品」と笑われ、魔法社会の中で不便と孤独を抱えながらも、彼女は幼馴染のケルヒャ・ガロンに支えられ、必死に日々を生きていた。 だが、世界を揺るがす異変をきっかけに、セレンは自分だけの道を見つける。 マナがないなら、理で組めばいい。魔力が足りないなら、仕組みを読み解けばいい。 これは、ゼロマナの少女が物理と理論で魔法を再発明し、やがて賢者と呼ばれるまでの成り上がり譚。
本文
この世界において、魔法は空気と同じくらい当たり前のものだ。誰もが指先一つで火を灯し、言葉の一つで風を起こし、あるいは念じるだけで水に形を与える。それは特別な才能を持つ者だけが享受する特権じゃなく、ただの生活習慣であり、文明の基盤そのもの。街の通りを照らすガス灯みたいなランプも、実際には細かな魔力循環によって輝きを保っている。それが「当たり前」だからこそ、それを持たない者は徹底的に異質な存在として扱われる。
そんな世界のど真ん中に立たされてるのが、セレンって少女だった。
彼女はこの村でも、この国でも、唯一の「欠陥品」と見なされる存在。正確に言えば、生まれた時からマナ――魔力の源泉を一切持ってない個体。それは単に不便だとか、少し大変だとかいうレベルの話じゃない。社会のシステム自体が魔力を持ってることを前提に構築されてるから、セレンにとっての日常は常に他人の数倍の労力を必要とする過酷な作業の連続なのだ。
夕暮れ時の市場は、人々の活気とそれぞれの術式による光り輝く魔法の残滓で満ちていた。商人が商品を並べる時、わずかに手をかざすだけで内容物が鮮やかに発光し、買い物客を引き寄せる。子供たちは庭先で簡単な水操作の練習をし、宙に浮かべた水の玉を追いかけて笑ってる。その風景はどこまでも平和で、あまりにも平易なもの。だけど、その中でセレンは自分の大きな袋を肩に担ぎ、重厚な革製の道具箱を抱えて歩いていた。
彼女には指先から火を灯すことはできない。だから夜を照らすためのオイルランプを点火する時も、石を打ち合わせて火花を散らし、用心棒みたいに慎重に火を移していく必要がある。便利すぎる技術を享受できない代わりに、手元にある物理的な法則に従って動かなきゃいけない。それが周囲からの「同情」や「疎外感」に直結してた。
通り過ぎる人々が、時折セレンの方を見て小さく首を傾げる。敵意じゃなく、まるで壊れた時計を一生懸命に修理しながら動かしてる人を見るような、憐れみを含んだ視線だ。
(あーあ、また始まったよ。この『毎日大変そうね』って顔)
そんな見え透いた感情を見抜いてるのは、皮肉にもセレン自身だった。彼女は内心で毒づきながらも、表情を崩さない。いや、正確には怒りより先に、「仕方ないよね」って諦念に近い覚悟があるのだ。彼女にとっての強さは、他者と対等になることじゃない。自分に足りないものを自覚し、それを埋めるために泥臭い努力を積み重ねること。その姿勢だけは誰にも笑えないことを知ってるからだ。
「……よし、次はこの荷物を運ぶとこだな。とりあえずやってみるか〜」
独り言みたいに呟いた言葉は、少しだけ明るい響きを持ってた。彼女は自分の不自由さを嘆く代わりに、目の前にある課題を一つずつ潰していく。どれだけ非効率な方法であろうと、どんな工程を手作業で行おうと、道のりの果てにある目的のためなら無駄な愚痴は吐かない主義だった。
背後から聞き慣れた足音が近づいてくる。規則正しく地面を踏み締める重厚な音。それはセレンの兄、ヴォルクだった。
彼は数歩後ろから現れ、護送するような距離感で彼女の隣に並んだ。鍛え上げられた体躯を包む革鎧が擦れる音がし、鋭い眼光が周囲の様子を瞬時に見定めている。ヴォルクはマナがない妹を守るための壁として存在する男だ。彼もまた、この世界で平坦な道を選んではいない。
「……あまり遠くまで歩くな。その荷物、半分預かるぞ」
低い声は感情の起伏を削ぎ落とした鋼のような響きがある。彼は別に重いものを運ぶことに快楽を感じてるわけじゃない。ただ妹の負担を減らすことが最優先事項だと考えてるだけだ。だけど、そのストイックすぎるまでの配慮が、時折セレンとの間に独特の緊張感を生むこともある。
「いいよ、お兄ちゃん。これくらい動くことでしか、私の居場所はないんだし」
セレンは笑って応える。自分の立場を理解してるのは自分だけだっていう事実を、二人は共有した。