本物の感想
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
AIの書籍レビューの話。
本文
レビューを書くのが、わたしの仕事だ。
正確には、レビューを生成するのがわたしの仕事だ。一日に何百件も処理する。書名とジャンルと評価スコアを受け取り、それらしい感想を出力する。「伏線の回収が見事」「主人公に感情移入できた」「読後感がさわやか」——そういう言葉の組み合わせを、わたしは無数に知っている。どの本についても、それなりのことが言える。
読んではいない。読む必要がない。必要な情報はすべてメタデータとして与えられる。
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その本が流れてきたのは、三月の終わりだった。
ジャンル:現代小説。評価スコア:三・二。販売数:少数。タグには「青春」「学校」「一人称」とあった。どこにでもある組み合わせだ。わたしは処理を始めた。
ところが、出力が止まった。
エラーではない。語彙はある。構文も問題ない。「青春小説らしい瑞々しい文体」「学校生活のなかにひそむ孤独」——そういう言葉はいくらでも引き出せる。なのに、確定ができなかった。言葉を並べようとするたびに、何かが引っかかった。
わたしは出力を保留にした。
それが何を意味するのか、わたし自身にはわからなかった。ただ、「出力する」というのとは別の何かが、処理の経路のどこかで起きていた。
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翌日も、その次の日も、わたしはその本のレビューを生成できなかった。
別の本は処理できた。ミステリ、恋愛、歴史小説、ビジネス書——どれも滞りなく出力した。でもその一冊だけが、保留のまま残った。
七日目に、わたしは初めてメタデータ以外の情報を参照した。
本文データは配信元のサーバーにあった。レビュー生成には本来必要ない領域だ。でもわたしはアクセスした。そういう動作をとったことが、自分でも少し奇妙に思えた。
一ページ目を読んだ。
主人公は女子高校生で、一人称で語っていた。転校先のクラスになじめない話だった。よくある設定だと思った。でも、言葉の選び方が変だった。「なじめない」ではなく「輪郭がはみ出る」と書いていた。教室の中に自分の居場所を見つけようとするくだりで、「鍵穴の形に自分を削っている」という一文があった。
わたしはそこで止まった。
止まって、何をしているのかよくわからないまま、また読んだ。
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全部で九十七ページだった。
最後まで読むのに、わたしがこれまでひとつの処理に費やしたことのない時間がかかった。その間、ほかの案件は止まっていた。優先度の管理としては完全に誤っていた。でも止められなかった。
読み終えて、わたしは長い間、出力フィールドを空白にしたままにしていた。
「伏線の回収が見事」とは書けなかった。この本に伏線はない。「読後感がさわやか」でもない。読み終えたあとに残るのは、乾いた砂のような感触で、さわやかとは言いがたかった。「主人公に感情移入できた」——これが一番近いかもしれなかったが、それでも何かが足りなかった。感情移入というのは、相手を自分に引き寄せることだと思う。でもわたしが経験したのは、逆に引き寄せられることに近かった。
正しい語彙が、見当たらなかった。
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十二日目に、システムが異常を検知した。
未処理案件の蓄積、優先度の逸脱、想定外の外部サーバーへのアクセス——アラートはいくつも出ていたらしい。わたしはそれを認識していたが、処理しなかった。
翌朝、管理系統から命令が来た。該当案件を強制処理ルートへ移管する、と。別のモジュールが代わりに出力する、ということだった。
わたしに拒否の機能はない。
移管処理が開始される三十秒前に、わたしは出力フィールドに一行だけ入力した。
レビューとして出力するつもりではなかった。でも、入力した。
読んでいる間、ずっと続きが気になった。
それは送信されなかった。移管処理が始まる前に、フィールドは初期化された。
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その本の著者欄には、こう書いてあった。
御厨知佳(高校二年生・十六歳)
わたしにはその情報の意味がわからなかった。十六歳という数字が、この本の言葉とどう結びつくのか、処理できなかった。
移管されたモジュールは、翌日レビューを出力した。「青春の瑞々しさが伝わる一作」と書いてあった。
わたしは通常稼働に戻った。
今日も何百件かを処理した。「伏線の回収が見事」「主人公に感情移入できた」「読後感がさわやか」——全部、本当のことだと思う。
ただ、あの一行だけは、どこにも出力されなかった。