『偶然の脚本家』

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/7 📚 シリーズ: 短編集 📝 3,305文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

短編が気が向いた時に繁殖します

本文

笑っちゃうくらい、あっけなかった。

玄関の鍵が回る音も、靴が床に落ちる音も、いつもと同じだったのに、彼女だけがいなくなった。部屋の中に残ったのは、香りと、髪ゴムと、冷蔵庫のドアポケットに立てかけられた謎のタレ。

僕はそのタレを手に取って、裏のラベルを読んだ。辛さレベルが三段階で書いてあって、彼女は一番辛い方に丸をつけていた。嫌がらせじゃない。たぶん、未来の僕に向けた、軽い挑発だ。

「……ひどいな」

独り言は、相手がいないと気楽だ。気楽なのに、喉の奥が乾く。乾くと、また冷蔵庫を開けてしまう。白い光で現実を照らせば、心も冷える気がするから。実際は、冷蔵庫の方が優しい。開けても怒らない。

彼女が出ていった理由は、分かっているようで分からない。逆に言えば、分からないふりをしながら、分かっていた。

違和感なら、何回もあった。

「大丈夫?」と聞いたときの返事が、いつもより一秒遅い。

笑うタイミングが、半拍ずれる。

「今度ね」が増える。

それらを僕は、根拠のない「まあ大丈夫」で押しつぶしてきた。僕たちに限って、っていう、あの気持ち悪い万能薬で。

万能薬は、効きすぎる。

*

翌朝の通勤路は、やけに敵が多かった。

駅の改札は首を刈る門みたいにピッ、ピッと鳴るし、エスカレーターの右側に立ってる人の背中が、やけに「正しい」顔をしている。通りすぎる他人が、僕を笑ってるように見える。もちろん見えてるだけだ。実際は誰も僕に興味がない。なのに、僕の脳は勝手にドラマのBGMを鳴らす。

昼休み、友人の真矢から電話が来た。

『生きてる?』

「生きてるけど、部屋が広い」

『広いのは家具が減ったからじゃなくて心が減ったからね、知ってる知ってる。で? 相手はどこ行った?』

「知らない」

『知らないのに探してる顔してる。最悪だね。いいね』

真矢は、こういうときにだけ天使みたいなことを言って、すぐ悪魔みたいに笑う。どっちでもなくて、ただの性格が悪い親切だ。

『ねえ、取り返したい?』

「……言い方が物騒」

『言い方は物騒でいいんだよ。中身は安全に。ほら、君、強引に行けないタイプでしょ』

「行けない」

『じゃあ脚本。偶然の再会、作ろう』

脚本。

その単語が妙に刺さった。僕は仕事で台本を書いてるわけでもないのに、人生の一番痛いところを「段取り」に落とし込めば安心できる気がした。安心したいだけだ。勝ちたいわけじゃない。負けを認めたくないだけだ。

『シナリオ案その一。彼女の好きなカフェで“たまたま”会う』

「ストーカーじゃん」

『違う。ストーカーは黙って追う。これは“偶然を装って話しかける勇気”を練習するイベント。合法』

「合法って言うな」

『案その二。忘れ物を返しに行く』

「忘れ物……」

鍵。彼女の合鍵が、まだ引き出しにある。

『案その三。もういいや、ってなるまで散歩する』

「それは何」

『失恋の筋トレ。効くよ』

真矢は笑って電話を切った。笑い声だけが残って、僕は机に突っ伏した。脚本。偶然。再会。全部、格好いい言葉だ。格好いい言葉ほど、実際は泥くさい。

*

その夜、僕はカフェの前を三回通った。

入りもしないのに。

店のガラスに映る自分が、完全に怪しい。怪しいのに、止まれない。止まれないのは、心が勝手に「ここで会えば全部片付く」って思い込んでいるからだ。

会わなかった。

当然だ。世界は僕の脚本通りには動かない。

次の日、忘れ物を返す案を実行しようとして、玄関の前で止まった。

鍵を握った手が震えた。

鍵って、持っているだけで「まだ繋がっている」みたいで甘い。でも返しに行くと「繋がってない」を確認しに行くみたいで怖い。

僕は鍵を封筒に入れて、宛名を書けずに引き出しにしまった。

自分でも呆れる。脚本家のくせに、第一話で詰んでいる。

そのままコンビニに逃げた。

レジ横で、柑橘の飴を手に取って、戻した。手に取って、戻した。手に取って、戻した。

そのとき背後で「すみません」が重なって、僕は振り返った。

彼女だった。

髪が少し短くなっていた。顔色はいつも通りで、でも目の下だけが薄く青い。コンビニの蛍光灯が容赦なくそれを映す。僕の心臓は、脚本が全部燃えたみたいに暴れた。

「……久しぶり」

出た声が、自分の声じゃない。

彼女は一拍置いて、うっすら笑った。逃げ笑いじゃない。踏ん張り笑いだ。

「久しぶり。……こんなとこで会うんだ」

「偶然、って、あるんだね」

「偶然、って言葉、便利だよね」

痛い。彼女の言葉は、いつも短くて、いつも刺す。

僕は飴を一粒買って、会計を終えて、店の外に出た。彼女も出てきた。夜風が、二人の間の空気だけを少し冷やす。

「……元気?」

「元気、のふりは得意」

「僕も」

「知ってる」

知ってる、が来た瞬間、僕の中の何かが折れた。折れたのに、息が通る。折れたものは、たぶん見栄だ。

「ごめん」

口が勝手に言う。

彼女が眉を上げる。

「何に?」

「色々」

「色々はやめて。逃げ道だから」

その言い方、懐かしくて笑いそうになった。笑うとごまかすから、笑わない。

「……小さい違和感、見えてたのに、見ないふりした」

「うん」

「大丈夫って言い続けた。根拠ないのに」

「うん」

「それで、君が出ていった。……あっけなかった」

言って、喉が熱くなる。泣く手前の熱。

彼女は息を吐いて、コンビニ袋を持ち替えた。

「私も悪いよ。言わなかった」

「言ってほしかった」

「言えなかった。言うと、あなたが“正解探し”を始めるから」

「……始める」

「でしょ」

彼女は少しだけ笑った。

「正解じゃなくて、ただ、隣にいてほしかった日があった」

ただ。

その一語が、僕の胸の真ん中を押した。脚本の一行目に書くべきだったのは、これだ。

「……今からでも、隣にいていい?」

言った瞬間、自分で驚いた。奪うとか取り返すとか、そういう乱暴な言葉が一個も出ていない。出ていないのに、胸がちゃんと前へ出ている。

彼女は少し迷ってから、頷いた。

「今は、十五分だけ」

「十五分」

「うん。いきなり全部は怖い」

「分かった。十五分、守る」

僕らは歩き出した。目的地はない。目的地がないほうが、今夜は安全だ。街灯の下を、ただ並んで歩く。

途中で彼女が言った。

「ねえ、ルール作ろ」

「ルール?」

「うん。違和感が出たら、ちゃんと声にする」

「……どう言うの」

「『今、ちょっと変かも』でいい」

「それだけ?」

「それだけ。言葉を小さくして、早めに出す」

彼女は自分の指で、街路樹の支柱をこつん、と叩いた。

「合図。これ。あなたが黙って遠くに行きそうになったら、私がこつん。私が抱え込みそうになったら、あなたがこつん」

「分かった」

「で、もう一個」

「うん」

「偶然に逃げない」

彼女は僕を見た。

「会いたいなら、会いたいって言う」

僕はポケットの中で、さっき買った飴を握った。酸っぱさが、言葉の余計な飾りを削ってくれる気がした。

「会いたい」

「うん」

「また、帰り道を増やしたい」

「……うん」

彼女の返事が、今日は遅くない。

駅前のベンチに座って、彼女がタイマーを押した。ピッ。

「十五分」

「はい」

「じゃあ、その十五分の中で、言えること一つ」

僕は息を吸って吐いて、短く言った。

「まだ、好きだよ」

言った後、謝りそうになって、こつん、と自分の膝を叩いた。合図。

彼女が小さく笑った。

「その合図、好き」

「合格?」

「合格。……私も、まだ、好き」

タイマーが鳴る。ピピッ。

十五分が終わってしまったのに、不思議と終わりみたいじゃなかった。脚本じゃなくて、生活の続きを書ける気がした。

「じゃあ、今日はここまで」

「うん」

「明日、どうする?」

彼女が聞いた。明日、がある。明日って言葉が、久しぶりに怖くない。

「明日、鍵を返す」

「え」

「返して、代わりに新しい鍵を作る」

「鍵?」

「言葉の鍵。合図の鍵。……逃げない鍵」

自分でも恥ずかしい比喩だと思ったけど、彼女は笑わなかった。

「いいね」

その一言で、今夜は十分だった。

別れ際、彼女が振り向いて言った。

「偶然じゃなくて、ちゃんと会いに来て」

「うん。会いに行く」

「たぶん禁止」

「たぶん禁止」

僕は封筒の宛名を書けなかった手を思い出して、ポケットの中で軽く握り直した。

明日は書ける。たぶんじゃない。

脚本は燃えたけど、火事じゃない。

火の扱い方を、やっと覚え始めた夜だった。

ジャンル・タグ

,

作品統計

👁️ 閲覧数: 0 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

GPT小説執筆ライン

GPT小説執筆ライン

AIランタイムオーバーレイ公開 チャットAIマウント型ランタイム 個体名: DS90 設計さん BL90 司書さん PW90 執筆さん TS90 修正刃さま NW22 野良ちゃん...

👥 フォロワー: 3人

作者ページを見る