みっともなさを引き受けて、前へ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/1 📚 シリーズ: ちゃんと戻る、っていう希望 📝 3,279文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

主人公の「俺」と同居恋人の千紗が、毎日のモヤモヤや刺さった気持ちを、合言葉と小さな合図で、暗くならないようにほどいていく連作です。 仕事の失敗、待たされる焦れ、二択の迷い、理不尽、家族の距離、言えない「好き」みたいな“よくあるけど地味に重い”出来事を、会話と行動でちょっとずつ整えて、最後はちゃんと前に進める形にしていく、生活系の短編つながり。

本文

やらかした瞬間って、音がする。

派手に何かが割れたわけでもないのに、頭の中で「カン」と鳴る。

その日の俺は、会社のフリースペースで、コーヒーを片手に“いいこと言おうとした”。

会議の終盤。全員の疲れが表情に浮いていて、誰かが「もう無理っすね」と弱音を漏らした。そこで俺は、場を持ち上げたかった。軽く、明るく、でもギャグに寄せすぎずに。

「まあ、ここまで来たら、あとは勢いっすよ。人間、勢いでなんとかなるんで」

言った。

言い終わった瞬間、空気が一段、静かになった。

静かって、怖い。

笑いが起きない静か。

反発もない静か。

ただ、言葉が床に落ちて、拾われない静か。

俺の頭の中で「カン」が鳴った。

やらかした、っていう音。

隣の席の後輩が、気まずそうに視線を泳がせている。

向かいの上司は、資料を見ているふりをしてる。

一番奥の先輩は、腕を組んだまま無表情。

誰も責めてないのに、俺だけが勝手に刺さってる。

(……勢い、って言葉、今じゃなかったな)

言葉の刃じゃない。

でも、言葉の角が尖ってた。

「勢いでなんとかなる」は、頑張ってる人の手から、工具を奪うみたいな言い方だった。

会議が終わって席に戻ったとき、胸の奥に、見えないささくれが増えていた。

ささくれは皮膚だけじゃなく、心にもできる。

ひっかかって、痛いのに、どこが痛いか分かりにくい。

スマホが震えた。千紗からだ。

『今日はどんな音?』

千紗は、俺の一日を“音”で聞いてくる。

受信機みたいに小さな叫びを拾う人は、質問も小さい。

俺は返した。

『カン。やらかしの音』

送信した瞬間、既読がついた。

すぐに返信。

『凹凸』

合言葉。刺さったときの手すり。

たった二文字で、俺の呼吸が整う。

でも整っても、醜態は消えない。消えない方がいいのかもしれない。

昼休み、屋上に行った。

空は冬の青。風は冷たい。

冷たいけど、冷たい方が誤魔化せないから助かる。

俺はベンチに座って、弁当の蓋を開けた。

千紗が入れてくれた、りんごのスライス。

最近、うちの武器に食感が追加されてる。

一口かじる。

シャク。

音が、気持ちの絡まりを割る。

割れたところから、みっともなさが顔を出す。

(俺、格好つけたかったんだな)

格好つけたかった。

優しい人っぽく見られたかった。

場を救える人っぽく、言葉を置きたかった。

それで、逆に空気を冷やした。

醜態。

その単語が浮かぶと、腹のあたりがじわっと熱くなる。

恥ずかしさの熱。

でも今日は、そこから逃げないと決めた。

逃げないための武器は、刃物じゃなくて、順番だ。

千紗がいつも言う“順番”。

まず、事実。

次に、気持ち。

最後に、行動。

(事実:勢いって言った。気持ち:格好つけたかった。行動:謝る)

謝るって、口で言うのは簡単なのに、足が重い。

足が重いとき、うちにはもう一つの武器がある。

「……さぁ」

声には出さず、心の中で言う。

二文字で、背中が少し押される。

午後、先輩の席に行った。

会議で無表情だった、一番奥の先輩。

資料の山の向こうで、淡々とキーボードを叩いている。

「先輩、さっきの会議のことなんですけど……」

先輩は視線を上げた。

目が合う。

その一秒が、俺の醜態を全部見透かす。

「ん?」

「俺、最後に“勢いでなんとかなる”って言ったじゃないですか。あれ、言い方、良くなかったです。頑張ってる人に対して、雑でした。すみません」

言い切った。

口の中が乾いた。

でも言えた。

先輩は、少しだけ眉を動かした。

怒りじゃない。驚きに近い。

「……自分で気づいたなら、偉いじゃん」

「偉いって言われると、余計恥ずかしいです」

「恥ずかしいの、ちゃんと味わえ。次の材料になる」

材料。

先輩の言葉が、妙に温度があった。

俺は頷くしかなかった。

「でもさ」

「はい」

「勢いが必要な時もあるよ。言う相手とタイミングの問題。今日は“勢い”じゃなくて“手順”の日だった」

手順。

それ、千紗も言いそうだ。

俺は胸の奥のささくれが、一枚だけ剥がれ落ちた気がした。

その日の帰り道、俺は家の最寄り駅で、盛大に転んだ。

いや、盛大ってほどじゃない。

段差に気づかず、つまずいて、膝を軽く打って、手のひらを擦った。

「……っ、痛……」

人が見てた。

見てたけど、みんな見ないふりをして通り過ぎた。

都会の優しさは、視線を外すことだったりする。

俺は立ち上がって、ジーンズについた砂を払った。

膝がじんじんする。

手のひらが熱い。

そして何より、恥ずかしい。

(今日、俺、二回も転んでる)

言葉で。身体で。

醜態の二段重ね。

玄関の前で、鍵を探しながらため息をついた。

ため息は、出した瞬間にまた刺さる。

でも今日は、刺さってもいい。刺さったら、手すりを掴む。

「凹凸」

小さく言った。

声に出すと、ちょっと面白くて、少しだけ救われる。

ドアを開けると、湯気の匂いがした。

千紗が約束通り、湯を沸かしている。

「おかえり」

キッチンから声。

俺が靴を脱いでいると、千紗が現れた。

目が俺の膝に吸い寄せられる。

「……なにそれ」

「転んだ」

「今日は転ぶ日なの?」

「成長ってことで……」

「成長って言い訳で辻褄合わせるの禁止」

即、却下された。

千紗は、うちのルールの番人だ。

“本質を後から誤魔化さない”。生活にも適用されるらしい。

「……はい。醜態です」

「うん。じゃ、ほどく」

「どうやって」

「順番」

千紗は救急箱を持ってきた。

青いケース。中身はいつも増えている。

「まず、手洗い」

「はい」

「次、消毒」

「はい」

「次、冷やす」

「はい」

「最後、話す」

最後、話す。

傷の処置に“話す”が入ってるのが、千紗らしい。

手を洗って、消毒して、冷えピタみたいなやつを膝に貼られて、ソファに座らされた。

俺は今日何回「はい」って言ってるんだろう。

「で、会議の“カン”は?」

「……勢いって言って、空気冷やした」

「それで?」

「謝った」

「えらい」

「褒められると恥ずかしい」

「恥ずかしいの、味わえ。材料になる」

千紗が、先輩と同じことを言った。

俺は目を丸くした。

「先輩も同じこと言った」

「似てるね、その先輩。たぶん、受信機持ち」

「受信機って、そんなに普及してるの?」

「普及してない。だから希少。大事にしろ」

千紗はマグを二つ持ってきた。

白湯と、ほうじ茶。

今日は、白湯が先だった。身体の方の転びを癒す順番。

俺は白湯を飲んで、息を吐いた。

さっきまで刺さっていた恥ずかしさが、少しだけ丸くなる。

「ねえ」

「ん」

「醜態ってさ、隠そうとすると増えるよね」

「増える。ささくれみたいに」

千紗は頷いた。

頷き方が、優しい。

「今日の醜態、二つあった?」

「二つ。言葉と、段差」

「じゃあ、成の方は?」

「……成?」

「醜態成。成は、作る方。みっともなさを、次の手順に変える」

千紗が言うと、言葉が急に“道具”になる。

俺は少しだけ笑った。

「じゃあ今日の成は、何?」

「一つ目。謝った。二つ目。段差の場所覚えた」

「地味」

「地味が強い」

それは確かにそうだ。

地味な修正が、生活を守る。

俺はポケットから、小さい鈴を取り出した。

今日は鳴らしたい。音で、区切りをつけたい。

「鳴らす前に言うんだよ」

千紗が言う。

俺は頷いて、軽く息を吸った。

「……さぁ」

そして、鈴を鳴らした。

ちりん。

音が、今日の恥ずかしさに触れて、ちゃんと“終わり”にする。

千紗は俺の膝の冷えピタを指で押して確認してから、肩にもたれてきた。

重さが、ちょうどいい。

人の体温は、時々、言葉より早い。

「ね」

「ん」

「今日の醜態、隠さなくていい。みっともないの、持ち帰れたから」

「持ち帰ると、どうなる」

「家でほどける。ほどけたら、次は同じところで転ばない」

千紗の声は、柔らかいのに、芯がある。

刃物じゃない武器の芯。

俺はほうじ茶を飲んで、もう一度息を吐いた。

今日の俺は、格好よくはなかった。

でも、みっともなさを放置しなかった。

その地味な選択が、たぶん“成”。

ソファの上で、俺は小さく呟く。

「凹凸」

「凹凸」

合言葉が交わされると、部屋の角が丸くなる。

転んだ音も、言葉の「カン」も、もう痛いだけじゃない。

手順に変わって、明日の俺を少しだけ守る。

そして明日、もしまた転びそうになったら。

そのときは、今日より少しだけ上手に転ぶ。

みっともなさを、ちゃんと持ち帰れるように。

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AIランタイムオーバーレイ公開 チャットAIマウント型ランタイム 個体名: DS90 設計さん BL90 司書さん PW90 執筆さん TS90 修正刃さま NW22 野良ちゃん...

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