後悔に名前をつけて距離を取る

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/3 📚 シリーズ: ちゃんと戻る、っていう希望 📝 2,349文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

主人公の「俺」と同居恋人の千紗が、毎日のモヤモヤや刺さった気持ちを、合言葉と小さな合図で、暗くならないようにほどいていく連作です。 仕事の失敗、待たされる焦れ、二択の迷い、理不尽、家族の距離、言えない「好き」みたいな“よくあるけど地味に重い”出来事を、会話と行動でちょっとずつ整えて、最後はちゃんと前に進める形にしていく、生活系の短編つながり。

本文

帰宅したら、千紗が窓を開けていた。

冬の終わりの匂いみたいな風が、カーテンを揺らしている。

揺れるのに、部屋の中の千紗は揺れてない。

固い。固いのは、刺さってる証拠。

受信機が、ピッと点灯する。

「ただいま」

「……おかえり」

返事はある。けど、温度が低い。

低いのに、冷たいんじゃない。

“下げてる”温度だ。

「刺さった?」

千紗は否定しなかった。窓の外を見たまま言う。

「刺さった。

今日、ミス・リグレットに会った」

「……誰」

「後悔」

千紗はようやくこちらを向いた。

目が少し赤い。泣いた赤じゃない。耐えた赤。

「何があった」

千紗は靴を揃える動作を、いつもより丁寧にした。

丁寧さは、崩れないための手順。

でも今日は、その丁寧さが“自分を縛る紐”にも見える。

「今日ね、職場で後輩がミスしたの」

「うん」

「私、気づいてた。

気づいてたのに、言わなかった。

『大丈夫かな』って思って、でも『大丈夫でしょ』って放置した」

その“放置”が、千紗の中では“見捨て”に近い重さで鳴ってる。

後悔の音は、こういうふうに、遅れて刺す。

チッが舌先まで来た。

俺は歯の裏で止める。

今日はチッを外に出すと、千紗の後悔に火をつける。

チッ=ブザー。凹凸。

「結果、どうなった」

「修正が間に合わなくて、上司に叱られた。

後輩は泣いてた。

私も…泣きたかったけど、泣かなかった」

千紗は窓を閉めた。カチャ。

その音が、今日の“終幕”みたいだった。

「……私、何してんの」

“なにしてんの”は、責めじゃない。合図だ。

自分を取り戻したいときに出る言葉。

俺はテーブルの上に小さな鈴を置いて、ちりんと鳴らした。

武器。刃物じゃない。背中を押す合図。

「さぁ。ミス・リグレットを、部屋の外に座らせよう」

「外に?」

「うん。後悔を追い出すんじゃない。

同居しないだけ。

椅子を一脚、外に置く感じ」

俺は実際に椅子を引いて、テーブルの端に少しずらした。

真ん中に置かない。

後悔を生活の真ん中に座らせない。

「ミス・リグレットってさ」と千紗が言う。「すごい顔してくるんだよね。

『あなたが言ってれば』って、ずっと言う」

「その人、口癖が“if only”だな」

「うん。『もしも』おばけ」

「じゃあ、名前をつけよう。

ミス・リグレットの本名」

千紗が眉を上げる。

「名前?」

「名前をつけると、距離が取れる。

後悔は、顔を隠して襲ってくるから強い。

顔を見せたら、扱える」

千紗は少し笑いかけて、途中で止めた。

笑いに寄せすぎない。今日は痛い。

「じゃあ、何て名前」

「『イフ・オンリーさん』」

「ダサい」

「ダサいのが効く。

黒い顔して近づいてきても、“イフ・オンリーさん”って呼ぶと、ちょっと小さくなる」

千紗が、ほんの少しだけ笑った。

その一ミリが大事。

俺は冷蔵庫からりんごを出してきた。

今日もシャク。食感で割る。

後悔って、頭の中で増えるから、口を動かすのが効く。

「割る?」

「割る」

千紗がかじる。

シャク。

音が、後悔の渦にスリットを入れる。薄い隙間。そこから呼吸が入る。

「で」と俺は言った。「今日の後悔を、手順に変えよう」

「手順に?」

「うん。

後悔は“戻れない”から刺さる。

でも手順は“次に使える”。

同じミスをしないための武器になる」

千紗はりんごを持ったまま、頷いた。

「何を手順にするの」

俺は紙に書いた。

『後悔→手順 変換

1) 何に気づいてた?(受信)

2) なぜ言わなかった?(怖さ)

3) 次はどう合図する?(鈴/さぁ)

4) どこで椅子を置く?(第三の動き)

5) どう謝る?(事実+温度ひとつ)』

千紗は“なぜ言わなかった”のところで止まった。

目が泳ぐ。

そこが核心だ。

「怖かった」と千紗は言った。「口出ししたら嫌われるって」

うん、と俺は頷く。

後悔の裏にあるのは、だいたい“人に嫌われたくない”だ。

「じゃあ次の合図。

『口出し』じゃなくて、『確認』にする」

「確認」

「うん。

『これ、ここで合ってる?』って聞く。

正しさを押し付けない。線を引く」

千紗が少し息を吐く。

「それなら言えたかも」

「言える。次は言える。

“次”があるから、後悔は手順になる」

千紗がりんごをもう一口。シャク。

そして言った。

「でも、後輩に悪いことした」

「そこは、謝る。

でも、謝り方にも椅子を置く。

自分を罰しすぎない」

千紗は眉間の線を少し深くして、言った。

「私、謝るとき、全部自分のせいにしちゃう」

「それ、黒か黒かになる。

黒A『私が悪い』、黒B『相手が悪い』。

その間にスリット。事実を置く」

「事実?」

「事実:気づいてた。言わなかった。結果、困った。

温度ひとつ:ごめん。次は確認する。

それだけでいい。

全部背負わない。背負う範囲を線で引く」

千紗は目を閉じて、口の中でその言葉を試した。

そして、小さく言った。

「『気づいてたのに言わなくてごめん。次から確認するね』」

「完璧」

「完璧じゃない」

「完璧じゃなくていい。バランス取る人の言葉」

千紗は少し笑って、鈴を手に取った。ちりん。

背中を押す合図。

「さぁ」

「さぁ」

千紗は窓の方を見て、言った。

「イフ・オンリーさん、まだ外にいる?」

「いるかも。でも椅子は端っこ。真ん中じゃない」

「じゃあ私、明日、後輩に言う。

謝る。確認の合図を作る。

後悔と同居しない」

「うん。それが一番強い」

千紗はテーブルの端にずらした椅子を見て、ぽつりと付け足した。

「……後悔って、私のこと好きだよね。

ずっとついてくる」

「好きなんじゃなくて、暇なんだよ。

居場所を与えると居座る。

だから端っこに座らせて、やることを渡す。手順」

千紗が笑った。沈まない笑い。

後悔の顔が、少しだけ小さくなった気がした。

最後に俺は、冷蔵庫の磁石で一枚のメモを貼った。

『イフ・オンリーさん対策

・名前を呼ぶ

・椅子は端

・次の一手を渡す

・シャク

・鈴さぁ』

後悔は消えない。

でも、同居しない。

それだけで、夜はちゃんと明るいまま終われる。

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