スタートを揃えない勇気

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/7 📚 シリーズ: ちゃんと戻る、っていう希望 📝 2,203文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

主人公の「俺」と同居恋人の千紗が、毎日のモヤモヤや刺さった気持ちを、合言葉と小さな合図で、暗くならないようにほどいていく連作です。 仕事の失敗、待たされる焦れ、二択の迷い、理不尽、家族の距離、言えない「好き」みたいな“よくあるけど地味に重い”出来事を、会話と行動でちょっとずつ整えて、最後はちゃんと前に進める形にしていく、生活系の短編つながり。

本文

玄関のドアが開いた音より先に、足音が近づいてきた。

千紗の足音はいつもより速い。速いのに軽くない。

速さで自分を押してる日だ。

「ただいま!」

声が高い。

高いのに、顔が笑ってない。

“よーいドン”の「ドン」だけが先に鳴ってる。

受信機が、ピッと点灯する。

「おかえり。刺さった?」

俺が言うと、千紗は一瞬だけ口をつぐんで、それから笑った。流す笑い。

「刺さったというか……今日、何回もスタート切らされた」

「よーいドン?」

「そう。

『よーい』を言わずに『ドン』だけ。

急に来る。急に決めろ。急に動け。

で、息を吸う前に走らされる」

千紗は靴を脱ぐ動作が雑になりかけて、途中で止めて揃えた。

第三の動き。雑になるか完璧にするかじゃない、「一度止めて整える」。

俺はテーブルに鈴を置いて、ちりんと鳴らした。

武器。刃物じゃない。背中を押す合図。

「さぁ。うちでは“よーい”を増やす」

「増やす?」

「うん。

外のドンは止められないけど、家に帰ったら“よーい”を置ける。

“走ったこと”を無かったことにしないで、呼吸を戻す」

千紗はソファに座って、膝の上で指を組んだ。

指の先がわずかに白い。力が入ってる。

「今日さ、午前中に『これ今日中』が三回来た」

「三連ドン」

「うん。

で、午後に『方針変えたから最初から』が来て、

最後に『やっぱ戻す』が来た」

……ドンの連打は、体力じゃなく心の足首を削る。

ぐねる。スプリングが必要な日だ。

チッが舌の裏に浮いた。

俺は歯の裏で止める。

チッ=ブザー。凹凸。

「凹凸」

千紗も小さく「凹凸」と言った。

合言葉が揃うと、足場ができる。

「今日のドン、何番?」

「フラストレーション?……No.4。

五まではいってないけど、ずっとカウントダウンしてた」

「じゃあ今夜は、五になる前に“よーい”を挟む」

俺は冷蔵庫からりんごを出して、テーブルに置いた。

食感で割る。今日も万能。

「シャク、いる?」

「いる」

千紗がかじる。

シャク。

音が、ドンの残響を割る。

割れ目から、息が入る。

「ねえ」と千紗が言った。「よーいドンって、楽しい言葉のはずなのに、

今日は怖かった」

「スタートが怖い日、ある」

「私、遅れるのが怖いから走っちゃう。

でも走ると、息が切れて、次のドンで転びそうになる」

転びそう。

そこに椅子が要る。第三の動き。

走るか止まるかじゃない“歩く”。

「じゃあ、よーいドンを再定義しよう」

「また再定義」

「再定義が好きなんだ、うちは」

俺は紙に書いた。

『よーいドン(うち版)

・よーい=呼吸/線引き/確認

・ドン=最初の一歩(全部じゃない)

・途中で止まっていい(椅子)

・刺さったら凹凸

・合図は鈴さぁ』

千紗はそれを見て、少し笑った。

沈まない笑い。戻ってきた笑い。

「よーい=呼吸っていいね」

「うん。

外では『ドン』が先に鳴る。

だから家で“よーい”を後付けする。

走った後にでも、よーいを置いていい」

「後付けのよーい」

「最高の発明」

千紗が眉を上げる。

「でもさ、現場での“よーい”はどうやって作るの」

「一言でいい。短い“よーい”」

俺は鈴を指で弾いた。ちりん。

「さぁ。台詞を作ろう」

千紗は少し身構えた。稽古の顔。

「例」

「『確認させてください』」

「いつもの線引き」

「うん。

ドンの前に一秒作る言葉。

それが“よーい”」

千紗は頷いた。

「他には?」

「『三分ください』」

「椅子」

「そう。第三の動きの言葉。

よーいは、息を吸うための椅子でもある」

千紗はりんごをもう一口。シャク。

そして言った。

「……『今の優先順位、どれですか』も、よーい?」

「よーい。線を引くよーい。

走るコースを決める」

「コース」

「うん。

走るのが悪いんじゃない。コースがないのが悪い」

千紗は深く息を吐いた。

さっきまで浅かった呼吸が、少しだけ深くなる。

よーいが効いてる。

「ねえ」と千紗が言った。「私、スタートが揃ってないと不安になるんだよね」

「揃ってないと?」

「みんな一斉に走ってるのに、私だけ遅れたら置いていかれそうで」

これは、ふたりの話に似てる。

“正解の塊”に合わせさせられる怖さ。

だから、ここも再定義だ。

「スタートは揃えなくていい」

「え」

「うちのよーいドンは、スタートが各自。

同じレーンじゃない。

合流地点だけ決める」

「合流地点」

「うん。

今日なら“18時に骨子がある”とか。

そこに間に合えば、よーいの長さは自由」

千紗は少し考えて、頷いた。

「合流地点だけ決める……それなら走れる」

「走れる。

走ってもいいし、歩いてもいい。

スプリングで戻れる」

千紗が鈴を手に取って、ちりんと鳴らした。

「さぁ」

「さぁ」

「じゃあ今日の締め」と千紗が言う。「合言葉、増やす?」

「増やそう。短いやつ」

千紗はりんごを最後に一口。シャク。

そのあと、ぽつりと言った。

「……『よーい、息』」

「いい。

ドンが来たら、“よーい、息”って言う」

「よーい、息」

「凹凸」

「凹凸」

俺は冷蔵庫から炭酸を取り出した。ぷしゅっ。

炭酸が泡を立てる音が、スタートのピストルじゃなく、終わりの笛みたいに聞こえた。

「乾杯する?」

「する。今日は走ったから」

千紗は一口飲んで、少し顔をしかめた。

「強い」

「強いのが好きなんだろ。ヤワじゃないだろう」

「それはもう言わないで」

「はいはい」

千紗は笑って、ソファにもたれた。

“ドン”の姿勢じゃなく、”よーい”の姿勢。

外では今日も、よーいなしのドンが鳴る。

でも家に帰れば、後付けのよーいが置ける。

それだけで、スタートは怖くなくなる。

怖くなくなると、明日のドンも、少しだけ軽い。

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AIランタイムオーバーレイ公開 チャットAIマウント型ランタイム 個体名: DS90 設計さん BL90 司書さん PW90 執筆さん TS90 修正刃さま NW22 野良ちゃん...

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