跳ね癖の続編は“道”を手に入れる
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
主人公の「俺」と同居恋人の千紗が、毎日のモヤモヤや刺さった気持ちを、合言葉と小さな合図で、暗くならないようにほどいていく連作です。 仕事の失敗、待たされる焦れ、二択の迷い、理不尽、家族の距離、言えない「好き」みたいな“よくあるけど地味に重い”出来事を、会話と行動でちょっとずつ整えて、最後はちゃんと前に進める形にしていく、生活系の短編つながり。
本文
翌日、千紗は帰宅してすぐに、靴を揃えた。
昨日より丁寧。
丁寧さは鎧じゃなく、手順として戻ってきている。
「ただいま」
「おかえり。……今日はどうだった、ラビットマンII」
俺が言うと、千紗は玄関で一度だけ笑って、でもすぐ真面目な顔に戻った。
「今日、IIだった。
昨日のうさぎ、耳が伸びた」
「耳が伸びた」
「うん。
跳ねたんだけど、今日は“跳ねる理由”が聞こえた」
受信機が、ピッと点灯する。
今日の千紗は“刺さり”より“分析”の声が先に来る。
それは回復の兆しだ。
「詳しく」
千紗はコートを脱いで、テーブルの端に置いた。真ん中じゃない。
生活の真ん中に外の気配を置かない配置。いい。
「午前中、また来たの。
『これ今日中』『あれ今すぐ』『ついでにこれも』の三連ぴょん」
「三連ぴょん」
「うん。でも昨日みたいに跳ねなかった。
私、言えたの」
千紗は胸の前で小さく拳を握って、鈴を鳴らす仕草をした。
昨日の合図が、体に入っている。
「何を言った?」
千紗は息を吸って、短く言った。
「『速く出すために、優先順位だけ確認させてください』」
「出た。ラビットマン対策班」
「うん。
そしたら上司がさ、最初ちょっと嫌な顔して、
でも次の瞬間、『あ、じゃあ先にこれ』って言った」
“嫌な顔”は来る。
でもそれで終わらないのが大事。
現実はいつも、一拍目が怖い。
「で?」
「で、私、思った。
上司もラビットだった」
「……上司も?」
「うん。
上司の『今すぐ』って、不安の叫びだった」
昨日の言葉が、今日の千紗の中でちゃんと生きている。
受信機が、相手の叫びを拾う装置として動いた。
俺はテーブルに鈴を置いて、ちりんと鳴らした。
武器。背中を押す合図。
「さぁ。IIは“マップ”を手に入れる回だな」
「マップ?」
「うん。
Iは着地を覚えた。
IIは、跳ねる前に“どこに跳ぶか”を決める地図」
千紗は頷いて、リビングの椅子に座った。
座れる。着地できる。
スーツうさぎのキーホルダーは、今日もテーブルの端に置かれた。
「今日のラビットマンII、何が刺さった?」
千紗の眉間に、薄い線。
線は握れる。いい線。
「午後ね。
後輩がミスして、私に泣きながら来たの。
昨日のミス・リグレットの続編みたいに」
「うん」
「私は助けたい。
でも私も締切がある。
で、また跳ねそうになった。
“今すぐ助けるか、今すぐ仕事するか”の黒か黒か」
来た。BLACK or BLACKの変奏。
ここで“椅子”が効く。
チッが舌の裏に浮いた。
俺は歯の裏で止める。今日は千紗の話を丁寧に受ける。
チッ=ブザー。凹凸。
「凹凸」
千紗も小さく言った。
自分で手すりを掴めた。IIだ。
「で、どうした?」
千紗は少し照れた顔をして、言った。
「“椅子”置いた」
「具体的に」
「後輩に言った。
『今、三分だけ話して。泣きながらでいい。
そのあと、私は十五分だけ自分の締切に戻る。
戻ったら一緒に確認する』って」
……それ。
助けるか断るかじゃなく、助け方の形。
優しさ=線+手すり。
ここまで繋がってる。
「後輩、どうだった」
「泣きながら『はい』って言った。
たぶん、“見捨てられてない”って分かったんだと思う」
「千紗も?」
「私も、折れなかった。
跳ねそうだったけど、着地できた」
俺は冷蔵庫からりんごを出してきた。
今日も食感で割る。確認の儀式みたいに。
「シャク、いる?」
「いる」
千紗がかじる。
シャク。
音が、今日の午後の黒か黒かにスリットを入れる。
薄い隙間ができると、黒は扱える黒になる。
「じゃあ、ラビットマンIIの取扱説明書、更新しよう」
「また手順」
「手順は地図」
俺はメモを出して書き足す。
『ラビットマンII(マップ版)
A) 跳ねる前に“次の着地点”を決める(1歩だけ)
B) 三分の受信→十五分の戻り(椅子)
C) 優先順位を聞く(線)
D) “相手の今すぐ”は不安の叫び(受信機)
E) 合言葉:着地/凹凸
F) 合図:鈴さぁ
G) 食感:シャク』
千紗はメモを覗き込みながら、ぽつりと言った。
「ねえ。今日、うさぎの耳が伸びたって言ったけどさ」
「うん」
「耳が伸びたら、跳ねなくて済む瞬間が増えるんだね」
「そう。
跳ねるのは、聞こえてないから怖い。
聞こえたら、選べる」
千紗は少し黙ってから、スマホを取り出した。
画面を見て、でもすぐ裏返した。真ん中じゃなく、テーブルの端に置く。
“メッセージ”の回の手順が生きている。
「今日ね、上司から既読ついた」
「お」
「既読ついた瞬間、私、ちょっと嬉しかった。
でも同時に、怖かった」
「怖い?」
「既読がつくと、“今すぐ返さなきゃ”って思う癖がある。
また跳ねそうになる」
うさぎは、外にも内にもいる。
だから地図が必要だ。
「既読ラビット対策も入れよう」
「既読ラビットって言うな」
「ダサいのが効く」
千紗が笑いそうになって、止めた。寄せすぎない。いい。
「対策はこう」
俺は短く書く。
『既読ラビット対策:
・返信は“即”じゃなく“着地してから”
・一言返しで椅子:「確認します。◯分後に返します」
・凹凸→さぁ→返信』
千紗はそれを見て、うなずいた。
「……『確認します。30分後に返します』なら、言える」
「言える。それが地図」
千紗は鈴に指を伸ばし、ちりんと鳴らした。
「さぁ」
「さぁ」
「ねえ」と千紗が言う。「ラビットマンII、最後に合言葉増やしたい」
「いいね。短いやつ」
千紗はりんごをもう一口。シャク。
そして言った。
「……『マップ』」
「そのまま?」
「うん。
跳ねそうになったら『マップ』って言う。
どこに跳ぶか、先に決める」
「最高。合言葉、マップ」
「マップ」
「凹凸」
「凹凸」
俺は鈴を鳴らした。ちりん。
「さぁ」
スーツうさぎは、今日もテーブルの端で静かに座っている。
跳ねないうさぎ。
跳ねる心を責めないうさぎ。
耳が伸びて、地図を持って、迷いながらも着地できるうさぎ。
続編はいつも、前作の痛みの上に立つ。
でもそれは暗い続きじゃない。
“できた”が一つ増えた続き。
ラビットマンIIは、跳ねながら迷わない。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。