風に渡さない言葉

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/1 📚 シリーズ: ちゃんと戻る、っていう希望 📝 2,799文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

主人公の「俺」と同居恋人の千紗が、毎日のモヤモヤや刺さった気持ちを、合言葉と小さな合図で、暗くならないようにほどいていく連作です。 仕事の失敗、待たされる焦れ、二択の迷い、理不尽、家族の距離、言えない「好き」みたいな“よくあるけど地味に重い”出来事を、会話と行動でちょっとずつ整えて、最後はちゃんと前に進める形にしていく、生活系の短編つながり。

本文

「誰がなんと言っても」

その言い方って、強い。

強すぎて、使い方を間違えると刃物になる。

でも僕らは最近、強い言葉を刃物にしない練習をしている。

背中を押す鈴にする。

風に飛ばされない錨にする。

朝、僕が白湯を飲んでいると、千紗がスマホを見ながら「うわ」と言った。

その“うわ”は、僕のブザーを呼ぶやつだ。

「来た?」

僕が聞くと、千紗は画面を見せた。

グループチャット。

千紗の昔の友人たちが、久しぶりに集まろうという流れになっている。

それ自体はいい。むしろ良い。

でも、そこに一行だけ、変な色の言葉が混じっていた。

『千紗ってさ、最近“彼氏に合わせてる感”あるよねw』

wが、余計に刺さる。

軽い冗談の顔をした刃。

千紗の表情は笑ってない。

でも怒ってもいない。

ただ、ソコハカトナク、空気が硬い。

僕の胸の奥で「チッ」が鳴りかけた。

舌打ちじゃない、ブザー。

チッ=ブザー→凹凸→一手。

凹凸。刺さったときの手すり。

「凹凸」

僕が言うと、千紗は少しだけ頷いた。

「凹凸」

アンは椅子の上で丸くなって、しっぽの先で空気を測っている。椅子。第三の動き。

猫は“誰がなんと言っても”を気にしない顔で、でもちゃんと部屋の温度を見ている。

「……嫌?」

僕が聞くと、千紗は肩をすくめた。

「嫌っていうか、めんどい」

「めんどいの中に、痛いが混じってる」

「混じってる」

千紗は短く言った。素直の虹みたいに、色を分ける。

「青。ちょっと寂しい」

「黄は?」

「黄は……あなたと暮らすの、楽しい」

言ってから、照れたみたいに咳払いした。

僕の中で炭酸が跳ねた。

嬉しいの炭酸。

でも今日は、炭酸を議長にしない。

ここは白湯だ。落ち着いて、運用。

千紗が冷蔵庫の扉に貼り紙を増やした。貼り紙の忍者。

太い字でこう書いてある。

「誰がなんと言っても=錨

強い言葉は“理由一行”を添える

鈴で終わる

線/スリット/椅子

チッ→凹凸→一手

最後にシャク」

「理由一行」

僕が読み上げると、千紗は鍵の鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。刃物にしないための条件」

僕はスマホの画面を見直した。

もし僕がここで「誰がなんと言っても千紗は俺のもの」とか言ったら、最悪だ。

“守る”の顔をした“奪う”になる。

離せない、を痛くない握り方に直したばかりだ。ここで逆走したくない。

だから、一手。

一手は、椅子。第三の動き。

立ったまま戦わない。

「座ろ」

僕が言うと、千紗は頷いてテーブルに座った。

座ると、言葉が丸くなる。

「内なる五人、呼ぶ?」

僕が聞く。

千紗は少し考えてから頷いた。

「呼ぶ。今、炭酸が勝手に立ち上がってる」

「白湯:落ち着け」

「紅茶:礼儀を守れ」

「ほうじ茶:温めながら」

「コーヒー:具体にしろ」

「炭酸:やり返せ!“うるせぇ”って言え!」

千紗が笑う。笑えたら、暗く沈みにくい。

「炭酸は観客席」

千紗が言って、鈴をちん、と鳴らす。

「議長は白湯」

白湯議長。

僕も白湯を一口飲んで、息を吐いた。吐くのが先。クロール。

そして、線。

「返事、線で作る?」

僕が言うと、千紗は頷いた。

僕は紙に一本線を引き、左に“現実通り”、右に“素直”と書く。

さらに線に小さな切れ目。スリット。通気口。完全に閉めない。

「現実通りは?」

「最近、彼氏と暮らしてる。それだけ」

「素直は?」

「私、合わせてない。選んでる」

千紗が言い切った。

その言い切りは強い。

でも刃物じゃない。自分の足の言葉だ。

「じゃあ“誰がなんと言っても”を錨にするなら」

僕が言う。

「一語+理由一行+鈴」

千紗は頷いて、短く言った。

「錨:現実通り」

「理由:私は“合わせてる”じゃなく“選んでる”」

僕が指で鈴の代わりにテーブルをちん、と叩く。

「固定」

固定された。

この固定は、相手を殴るためじゃない。

自分の足を地面に置くため。

「じゃ、返信文」

僕が言う。

「短く、明るく、刺さりすぎない」

「うん。ギャグ寄せすぎない」

「でもちょっと笑えるくらい」

千紗は息を吐いて、指を動かし始めた。

『合わせてるってより、普通に楽しく暮らしてるだけだよ〜!

私は私で選んでるのでご心配なく◎ みんな元気?』

◎が、良い。

シンプルシンボルみたいだ。

○の受け取り。

△の守る。

◎は“丸ごとOK”に見える。

「送る?」

僕が聞くと、千紗は少しだけ迷った。

ここで迷うのは、言葉の風圧を知ってるからだ。

そして千紗は、指を止めて僕を見た。

「……ねえ」

「うん」

「“誰がなんと言っても”って、言ってほしい?」

その問いは、甘えじゃなく確認だった。

言葉を武器にする前に、必要かどうか確かめる。

それがうちの運用。

僕は正直に答えた。

「言ってほしい。でも、刃物じゃなく」

「じゃあ、家の中で言う」

千紗が笑って、スマホを置いた。

「外に向けると、硬くなるから」

家の中。

たまり場。

戻る場所。

ここでなら、強い言葉も柔らかく置ける。

千紗は僕の手の甲に、指先だけを置いた。痛くない握り方。

そして言った。

「誰がなんと言っても、私は今日の私が好き」

……一瞬、意味が追いつかない。

僕は目を瞬いた。

「え、僕じゃないの?」

「あなたも好き」

千紗は即答して、でも順番を守る。

「でもまず私。私が私を好きじゃないと、他人の言葉で揺れるでしょ」

「……確かに」

強い。

でも優しい。

これは錨だ。風に飛ばされない。

「僕も言う」

僕は白湯を置いて、短く言った。

「誰がなんと言っても、千紗が“選んでる”って言うところが好き」

「理由一行、偉い」

千紗が鈴をちん、と鳴らす。

「さぁ。これで外の風はスリットにする」

千紗はさっきの返信を送った。

送信音が、ちいさく鳴る。

線の向こうに言葉を渡した。

でも錨はこっちに打ったまま。

しばらくして、グループチャットに返事が来た。

『え、普通に良いじゃんw じゃあ今度彼氏も連れてきなよ〜』

『ごめん、変な言い方した!元気そうでよかった!』

軽い。

軽さが救いになる時もある。

千紗はふっと笑って、肩の力を抜いた。

「そっか○」

僕が言うと、千紗は頷く。

「○。受け取った」

「で、△は?」

「△はね」

千紗は鍵の鈴をちん、と鳴らした。

「今度集まる時、あなたは来なくていい」

「え」

「私の友だちは私が処理する。あなたは家で“戻る”してて」

千紗の目がまっすぐだ。

自分の足。

選んでる人の顔。

僕は少しだけ寂しくなって、でもすぐ理解した。

離せない、を痛くしない握り方。

ここでついていったら、また傘で視界を塞ぐ。

だから手袋。触れないで守る。

「分かった」

僕は言った。

「家を戻り口にする」

「うん」

千紗が笑う。

「誰がなんと言っても、うちは戻れる」

最後に、りんごを切った。

シャク。

音が、他人の言葉の棘を“生活の外側”へ押し戻してくれる。

内側に残すのは、錨と、鈴と、受信機と、僕らの選んだ言葉だけ。

「ねえ」

僕が言う。

「“誰がなんと言っても”って、強いのに明るいね」

「うん」

千紗が頷く。

「強さは暗さじゃない。守り方が上手いだけ」

そして、ちん。

「さぁ」

外の風がどんなに吹いても、僕らは手すりを握って、スリットを作って、錨を打てる。

誰がなんと言っても。

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