小さな山の作り方

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/3 📚 シリーズ: ちゃんと戻る、っていう希望 📝 2,729文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

主人公の「俺」と同居恋人の千紗が、毎日のモヤモヤや刺さった気持ちを、合言葉と小さな合図で、暗くならないようにほどいていく連作です。 仕事の失敗、待たされる焦れ、二択の迷い、理不尽、家族の距離、言えない「好き」みたいな“よくあるけど地味に重い”出来事を、会話と行動でちょっとずつ整えて、最後はちゃんと前に進める形にしていく、生活系の短編つながり。

本文

ちりも積もれば山となる。

その言い回し、だいたいは努力の話に使われる。

でも僕らの家では、もう一つの山もできる。

やらなかったことの山。

言わなかったことの山。

見ないふりした小さな違和感の山。

山って、できる時は静かだ。

積もる音がしない。

だから気づいた時には、目の前にある。

朝、千紗がゴミ袋を持ち上げて「重っ」と言った。

その一言で、僕は反射的に部屋を見渡した。

ダンボール。空のペットボトル。郵便物の束。

“後で”の小さな札が、あちこちに刺さっている。

胸の奥で「チッ」。

舌打ちじゃない、ブザー。

“ちりつも”が可視化された音。

チッ=ブザー→凹凸→一手。

凹凸。刺さったときの手すり。

「凹凸」

僕が小さく言うと、千紗がすぐ返した。受信機が早い。

「凹凸」

アンは椅子の上で丸くなって、こちらを見ている。椅子。第三の動き。

猫は山を作らない。

正確には、猫は山を作るけど、作ったらその場で崩す。

ティッシュ箱を落として遊び、飽きたら去る。

人間は遊びを“保留”にして積む。

「今日、片付ける?」

千紗が聞く。

聞き方が優しい。叱る匂いがない。

なのに僕の中で、別の声が叫ぶ。

『今すぐ全部やれ!やらないとダメ人間だ!』

炭酸が議長になりたがる。

でも議長は白湯だ。

ここで強火にすると、掃除が罰ゲームになる。

罰ゲーム化は暗く沈む。禁止。

「……やる」

僕は言いかけて、すぐ付け足した。

「でも、ゼロか百かにしない」

千紗が頷いて、冷蔵庫に貼り紙を追加した。貼り紙の忍者。

『ちりつも=山

山は切って食べる(線)

1日3ピースまで

段(20/50/80)

最後にシャク』

「山は切って食べる」

僕が読み上げると、千紗は鍵の鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。今日は食べる日」

「食べるって言い方」

「責めると苦い。食べると生活になる」

「確かに」

「で、段」

千紗が指で20/50/80を示す。

「今日、何%?」

僕は部屋を見て、自分の残量を測った。

仕事もある。外出もある。

でもこの山は見えたまま放置すると、夜に刺さる。

今日は50。

「50」

「よし。50なら3ピース」

「3ピース」

「うん。1日3ピースまで。山を一気に崩さない。崩すと雪崩で疲れる」

「雪崩」

「雪崩は暗く沈む」

線を引く。

千紗がマスキングテープを出してきて、床に四角を作った。線。

この四角の中だけを“今日の山”にする。

四角の外は、今日は触らない。

線が優しい境界になる。

「椅子」

千紗が言う。

「え、片付けの前に?」

「片付けの前に座る。座ると戦わない」

僕らはソファに座った。椅子。第三の動き。

戦わないと決めると、片付けは罰じゃなくなる。

「内なる五人、呼ぶ?」

千紗が聞く。

「呼ぶ」

僕は頷いた。

片付けって、心の状態がモロに出るから。

「白湯:落ち着け」

「紅茶:礼儀(手順)を守れ」

「ほうじ茶:温めながら」

「コーヒー:具体に落とせ」

「炭酸:全部やれ!今すぐ!終わるまで寝るな!」

炭酸が最悪の上司みたいだ。

千紗が笑って、鈴をちん、と鳴らした。

「炭酸は観客席。議長は白湯」

白湯議長。

僕は息を吐いた。吐くのが先。クロール。

そして錨。

錨の一語+理由一行+鈴。風に飛ばされない発言手順。

「錨:現実通り」

「理由:今日は3ピースだけ。全部はやらない」

千紗が鈴をちん、と鳴らす。

「固定。さぁ、ピース決めよ」

ピース。欠片→ピース化/完成側へ戻る。

山を欠片にする。欠片をピースにする。

“完成側”っていう言い方が好きだ。

完璧じゃなく、回ってる側。

「1ピース目」

千紗が言う。

「ペットボトル」

「了解」

「2ピース目」

「段ボール」

「3ピース目」

僕は迷って、郵便物の束を見た。

束って、情報の山だ。

見ないふりした違和感の山でもある。

でも今日は50。重い山は避けたい。

「3つ目は……キッチンの空き箱」

「いい」

千紗が頷く。

「郵便は今日はスリットにする」

「スリット?」

「完全に無視はしない。端っこに“保留トレー”作る」

千紗は小さなトレーを出してきた。

「ここに置くだけ。読むのは別日」

「賢い」

「賢いじゃなく現実通り」

僕らは立ち上がって、1ピース目のペットボトルをまとめた。

キャップを外して、ラベルを剥がして、潰す。

パキ、という小さな音。

ちりつもは音がしないけど、崩すと音がする。

音がすると、終わりが見える。

2ピース目の段ボールは、アンが一番反応した。

箱が動くと、猫の世界は遊び場になる。

アンが箱の影に飛び込み、頭だけ出してこちらを見る。

笑ってしまう。

片付けが暗く沈まない。

ギャグに寄せすぎない程度に、ちゃんと笑える。

「箱は猫のテーマパーク」

千紗が言う。

「入場料はたたむこと」

「厳しい」

「現実通り」

段ボールを畳んで紐で括る。

たったそれだけで、床が一枚増えたみたいに広くなる。

床が増えると、心の呼吸が増える。

3ピース目のキッチンの空き箱は、捨てる前に中身を確認して、外に出す。

空き箱って、なぜか捨てにくい。

“いつか使うかも”が貼り付いている。

でも“いつか”を増やすと、山が増える。

今日は“今”のために捨てる。

全部終わったところで、千紗が言った。

「ピース完了」

「まだ山あるけど」

「うん。でも今日は3ピース。錨がそう言ってる」

千紗が鈴をちん、と鳴らす。

「さぁ。終わりを作る」

終わりを作る。

片付けの一番大事なところ。

終わらないと、また大会になる。

CALLED GAME。止める笛が必要。

「止める」

僕が言うと、千紗は頷いた。

「そっか○」

「受け取ったの○ね」

「うん。今日はここまでで“勝ち”」

勝ち。

勝ちって言うと百になりそうだから、僕は言い換える。

「現実通り」

「そうそう」

千紗が笑う。

残りの山は、線の外へ出す。

線の内側は片付いた。

線の外側は“まだ”。

まだ、でいい。

ゼロか百かじゃない。

そして最後に、りんご。

シャク。

食感で割る。

山のざわざわを、音で切る。

千紗がりんごを切って、僕に渡した。

「最後にシャク」

僕が噛む。

シャク。

音が、今日の3ピースを“完成側”へ押し込んでくれる。

アンが椅子の上に戻り、段ボールが消えた床を見て、ちょっと不満そうな顔をした。

猫はテーマパークが閉園すると渋い顔をする。

でもすぐ寝る。

猫は切り替えが上手い。

「ねえ」

僕が言う。

「ちりつもって、怖い言葉だと思ってた」

「うん」

千紗が頷く。

「でも怖いのは山じゃなくて、“山を全部自分のせいにする癖”」

「……ある」

「だから運用。山は悪じゃない。山は“生活の記録”」

「記録」

「うん。忙しかったとか、楽しかったとか、疲れてたとか。その積もり方のログ」

千紗は最後に鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。明日も3ピースでいこ」

山は一気に崩さない。

切って食べる。

ピースにして、完成側へ戻す。

ちりつもは僕らを責めるためじゃなく、生活を整えるための材料になる。

暗く沈まないまま、今日も小さな山を、僕らは一緒に作って、一緒に崩す。

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