なあなあ防止線

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/8 📚 シリーズ: ちゃんと戻る、っていう希望 📝 2,878文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

主人公の「俺」と同居恋人の千紗が、毎日のモヤモヤや刺さった気持ちを、合言葉と小さな合図で、暗くならないようにほどいていく連作です。 仕事の失敗、待たされる焦れ、二択の迷い、理不尽、家族の距離、言えない「好き」みたいな“よくあるけど地味に重い”出来事を、会話と行動でちょっとずつ整えて、最後はちゃんと前に進める形にしていく、生活系の短編つながり。

本文

「なあなあ、でさ」

千紗がそう言った瞬間、僕は反射で背筋を伸ばした。

“なあなあ”は、うちでは危険ワードだ。仲良しの合図にもなるけど、同時に、生活をヌルっと滑らせる潤滑油にもなる。

アンは椅子の上で丸くなって、しっぽの先で床をトントン叩いている。椅子。第三の動き。

猫は“なあなあ”が大好きだ。なあなあでおやつが増えるのを知っている。

「……どの、なあなあ?」

僕が白湯を飲みながら聞くと、千紗はスマホをテーブルに置いた。

「これ」

画面には、家計アプリの通知。

『今月の外食費が予算を超えました』

通知の言い方が、妙に礼儀正しい。丁寧に刺してくるタイプ。

胸の奥で「チッ」。

舌打ちじゃない、ブザー。

“まあいっか”が出てきそうな気配の音。

チッ=ブザー→凹凸→一手。

凹凸。刺さったときの手すり。

「凹凸」

僕が小さく言うと、千紗は眉を上げて返した。受信機が動いてる。

「凹凸」

「で、なあなあ、って?」

「……今月さ、忙しかったじゃん」

「うん」

「だから、まあ、なあなあでいっかって」

千紗は笑いに寄せた声で言う。

でも笑いの奥に、ちょっと青がいる。青寄りの黄。

“忙しかった”は現実通りだ。

だけど“なあなあでいっか”は、油断すると、そのまま次の月も滑る。

滑ると、いつか転ぶ。

転ぶと、暗く沈みやすい。うちは沈ませない。だから手順。

千紗が冷蔵庫に貼り紙を一枚増やした。貼り紙の忍者。

太い字で、今日のルール。

『なあなあ=滑り

線を引く(ゼロ/百禁止)

錨:現実通り

コップ/ピース

チッ→凹凸→一手

最後にシャク』

「線を引く」

僕が読み上げると、千紗が鍵の鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。滑る前に止める」

鈴。刃物じゃない武器。背中を押す合図。

僕の中の炭酸が観客席で騒ぐ。

『すぐ節約!外食禁止!全部自炊!今日から修行!』

極端。百。

それも罠。TRAP。

だから、椅子。

僕はテーブルの椅子に座り直し、千紗にも目で促す。

「座ろ」

「うん」

千紗も座る。座ると会議になる。戦争じゃなく会議。

アンは椅子の上から降りてきて、僕らの足元に転がった。会議の邪魔をする係。

「内なる五人、呼ぶ?」

千紗が聞く。

僕は頷いた。こういう時、炭酸が議長になりたがるから。

「白湯:落ち着け」

「紅茶:礼儀(順番)を守れ」

「ほうじ茶:温めながら」

「コーヒー:具体に落とせ」

「炭酸:禁止!制裁!今日から禁欲!」

「炭酸は観客席」

千紗が即座に指を立てる。

「議長は白湯」

「はい」

僕は白湯を飲み、息を吐いた。吐くのが先。クロール。

そして、一手。

一手は“線”。

紙を一枚出して、一本線を引く。線。

その線に小さな切れ目。スリット。通気口。完全に閉めない。

「左が現実通り、右が気持ち」

僕が言うと、千紗が頷いた。

「混ぜない、閉めない、ね」

左に書く。

『外食費が予算オーバー。忙しかった。』

右に書く。

『まあいっかで流したい/でも後で嫌になりそう。』

書いた瞬間、千紗が小さく笑った。

「嫌になりそう、って自分で言うの、だいぶ受信機だね」

「受信機は拾う姿勢」

「うん。自分の小さな叫びも拾えるの、えらい」

「えらいって言うと大会になる」

「じゃあ言い換え」

「現実通り」

「そうそれ」

千紗が鈴をちん、と鳴らす。

「さぁ。錨、打とう」

錨の一語+理由一行+鈴。

風に飛ばされない発言手順。

僕は短く言った。

「錨:現実通り」

「理由:忙しかったのは本当。でも、なあなあは溜まる」

千紗が鈴をちん、と鳴らした。

「固定。いい」

固定されると、滑り止めが床に敷かれる感じがする。

まだ走らない。百に行かない。段で受ける。

「段、20/50/80でどれ?」

僕が聞くと、千紗はすぐ答えた。

「50」

「50なら、ピース化」

僕は貼り紙を指差した。

「山にしない。欠片→ピース」

「ピース、何にする?」

千紗が聞く。

「外食を責めないピースと、翌月を守るピース」

「二枚でいける?」

「いける。三枚だと欲張る」

千紗が紙の右側に小さく書く。

『ピース1:外食の回数を数えるだけ(反省会禁止)』

『ピース2:来週だけ“戻る日”を作る(自炊じゃなく戻る)』

「戻る日?」

「うん」

千紗が頷く。

「たまり場回の錨。“戻る”って言える日。コンビニ飯でもいい。とにかく家で座る」

「料理じゃなくて、座る」

「椅子が大事。第三の動き」

アンがその言葉を聞いたみたいに、僕の膝に前足を置いた。

猫の“戻る”は、体重で表現される。重い。かわいい。ずるい。

「で、外食の中身も、なあなあで流しちゃう?」

千紗が聞く。

言い方が柔らかい。

“なあなあ”を悪者にしないトーン。ここ大事。

「流さない」

僕は言った。

「でも裁かない。線を引いて、スリットを残す」

「スリット?」

「例えば、外食の中で“良かったやつ”と“惰性のやつ”を分ける」

「惰性」

「惰性は悪じゃない。でも惰性が増えると、なあなあが滑る」

千紗は少し考えて、スマホの履歴を開いた。

「良かったやつは…あのラーメン」

「うん。あれはピースだ」

「惰性は…遅くて、帰り道の駅ナカ」

「それも現実通り」

僕は言葉を添える。

「駅ナカを責めない。駅ナカを“手袋”にする」

「手袋?」

「触れないで守る。疲れた日に、無理して料理に触れない。駅ナカで守る日があっていい」

「……いいね」

千紗が頷く。

「手袋運用、好き」

好き。

“好き”が出ると、会議がちゃんと生活に戻ってくる。

「じゃあ、コップ」

千紗が言った。

「コップ?」

「空っぽでも器は器」

千紗は理由を一行で添えた。

「理由:お金の話も、空っぽ扱いにしない。器を出して、注ぎ方を決める」

鈴がちん。

「さぁ。器はある」

器はある。

それだけで、怖さが減る。

“予算オーバー=終わり”じゃなく、“器の調整”になる。

僕は笑って言った。

「なあなあって、悪くないんだね」

「うん」

千紗も笑う。

「悪いのは“なあなあで放置して、いつか爆発するやつ”」

「爆発は炭酸の仕事」

「炭酸は観客席でいい」

「観客席、うるさいけど」

「うるさいのは元気」

そのタイミングで、アンがにゃ、と鳴いた。

明らかに会議が長いと訴えている。

猫の議長権は強い。

「よし」

千紗が鈴をちん、と鳴らす。

「会議、閉会。最後にシャク」

りんごを切る。

最後にシャク。

食感で割る。

噛む音が、今日の“なあなあ”を、ヌルっとした油じゃなく、ちょうどいい潤滑剤として体に落とす。

シャク。

千紗が笑って言った。

「ねえ、なあなあってさ、ほんとは優しい言葉だよね」

「うん」

僕も頷く。

「厳しくしない合図」

「そう。だからこそ、線が必要」

「優しさが滑らないための線」

「それそれ」

アンがりんごの欠片を狙っているので、ほんの少しだけ置く。

欠片はピース。ピースは完成側へ戻る。

アンはぺろりと舐めて、満足そうに椅子へ戻った。猫は会議の成果を受け取るのが早い。

僕はもう一度、口の中の歯ごたえを確かめてから言った。

「今月は、なあなあで責めない」

「うん」

千紗が頷く。

「来月は、なあなあで滑らない」

「うん」

千紗が鈴をちん、と鳴らした。

「さぁ。現実通りで、仲良くいこ」

“なあなあ”は、怠ける言葉じゃない。

優しさが雑にならないための、ノックみたいな音。

僕らはその音に、手すり(凹凸)と、線と、錨と、シャクを足していく。

滑らないまま、暗く沈まないまま。

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