外圧② 役人来訪(昼)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/13 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 3,016文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

封書は箱の中で、角ばったまま黙っていた。

黙っているのに、そこにあるだけで台所の空気が少しだけ“よそ行き”になる。

だから結び家は、毎朝いちどだけ箱の前で深呼吸をすることにした。

決めたのはユリネで、最初にやってみせたのはハルだった。

「……すー」

欠け桶の隣。

目印の隣に置かれた小箱の前で、ハルが静かに息を吸う。

その真似をコトがして、タケルが照れながらして、レンカが大げさにやって、シノがちいさく笑った。

「よし。息できるなら飯」

ユリネが言う。

そして札を引く。

「1、飯」

札があると、助かる。

封書がいても、生活が先に回る。

その日の昼は、いつもより湯が早かった。

理由は簡単で、みんなが“汚れてると来客が怖い”と思ったからだ。

怖さを掃除で薄めるのは、結び家の得意技になりつつある。

「玄関の内側、拭いた!」

「床も!」

「柱の札も、揃えた!」

「……桶、戻した」

報告が飛び交う。

報告が飛び交うと、危ない。走り始める前兆。

ユリネが、鍋の蓋に手を置いたまま言った。

「報告は一回でいい。順番」

「順番!」

レンカが反射で返して、口を押さえた。

返事が反射になってるのは、ちょっと面白い。

面白いのに、ちゃんと役に立つ。

そして、来た。

玄関の外で、昨日と同じ“迷いのない足音”。

ただ、今日は一人じゃない。

足音が二つ。重さが違う。片方は紙束の音がする。

コトが扉に近づきかけて、途中で柱を見る。

札を引いてないのに、見た。良い癖だ。

「……今は?」

レンカが小声で訊く。

ユリネが札を一枚引く。

まるで、来客に見せるみたいに。

「2、湯」

「……湯の途中だと、どうするの」

タケルが訊く。

ユリネは即答した。

「扉は開ける。話は玄関で聞く。奥に入れない。湯は逃げない」

「湯は逃げない」

ハルが復唱した。

復唱があると、扉が少し軽くなる。

コトが扉を開ける。

外に立っていたのは、背筋のまっすぐな大人の人が二人。

一人は封書を渡した人。もう一人は少し年上で、目が“帳面”の形をしている。

「結び家の者か」

年上の方が言った。声は冷たくない。一定の温度。

一定の温度は、やっぱり怖い。

「はい。結び家です」

コトが答える。答える声が、昨日より落ち着いている。札のおかげだ。

「訪問の告知に来た。昼の時間で少し、確認をさせてもらう」

「確認……」

シノが小さく呟く。

その声が、玄関の内側に吸い込まれて消える。

年上の人は紙束を取り出した。

紙束の角が、きっちり揃っている。

角ばったものは、結び家の善意を“ちゃんとしなきゃ”に寄せる。

寄せると、暴走する。

「ちゃんとする!」

レンカが言いかけて、ユリネが袖をつまんだ。

つままれると止まる。止まると守れる。

「外で聞く。ここまで」

ユリネが前に出た。

前に出る時のユリネは、鍋の蓋じゃなくて“生活”そのものの顔をしている。

「中は湯が立ってる。玄関でいいなら聞く。奥には入れない」

「問題ない。玄関で十分だ」

年上の人は頷いた。

頷き方が、仕事の頷きだ。

質問は短かった。

でも短い質問ほど、心は勝手に深読みしたがる。

深読みすると、怖さが増える。

怖さが増えると、生活が折れそうになる。

「ここに住む者の人数」

「五人」

ユリネが答える。

「日中、外に出る者はいるか」

「いる。必要なら」

“必要なら”がつくと、守りがある。

ユリネの言葉にはいつも守りがある。

「生業は」

「生活を回す。必要な仕事は分け合う」

帳面の形の人が少し眉を上げた。

たぶん、答えが固い。固い答えは嘘じゃない。

「……登録の必要性は理解しているか」

この質問で、レンカが一瞬だけ眉を寄せた。

“必要性”という言葉が、レンカの善意を刺激する。

刺激すると「じゃあもっと頑張る!」に繋がる。

頑張りは大事だが、今は頑張り方が違う。

ユリネが、ゆっくり言った。

「理解した。だから封書は預かった。だから準備してる」

“だから”が三回。

だから、生活が続いてる。だから、崩れてない。

帳面の人は小さく頷いた。

「当日は、代表者が一名。必要書類は――」

「待て」

ユリネが手を上げた。

止めるのは勇気だ。勇気があると、順番が守れる。

「“書類”が何か、ここでは分からない。分からないまま走ると、崩れる」

「分からない……」

ハルが復唱して、息を吸う。

深呼吸の癖が、もう守りになっている。

帳面の人が、紙を一枚差し出した。

紙は封書ほど重くない。だが角はやっぱりきっちりしている。

「必要項目の一覧だ。難しければ、当日こちらが読み上げる。準備できる範囲でよい」

“できる範囲でよい”。

その言葉が、玄関の空気を少しだけ柔らかくした。

柔らかくなると、結び家の善意は「よし、生活に戻ろう」と思える。

ユリネが紙を受け取った。

受け取り方が、鍋敷きを受け取るみたいに丁寧だった。

丁寧だと、怖さは暴走しない。

「日時は」

「三日後の昼。日が高い頃だ」

三日後。

具体的な日付は言われていないのに、“三日後”という形があるだけで、怖さが小さくなる。

形があると、人は準備できる。

帳面の人は最後に言った。

「無理はしなくていい。だが、逃げるな」

逃げるな。

言い方は強い。けれど、怒鳴っていない。

仕事の言葉だ。

「逃げない」

ユリネは短く返した。

扉が閉まる。

足音が遠ざかる。

遠ざかった瞬間、結び家の中の空気が一斉に“ふう”になる。

「ふう……!」

レンカが大げさに息を吐いて、コトが笑ってしまう。

笑うと空気が軽くなる。軽くなると、次の暴走が来る。

来る前に、ユリネが札を見た。

「2、湯」

「湯、逃げない!」

レンカが叫んで、今度は叫ぶのが正しい方向だった。

タケルが笑って、シノが肩の力を抜き、ハルが欠け桶の方を見る。

欠け桶の隣の箱は、今日は開けない。

今日は、紙一枚だけを“生活の紙”として扱う。

「紙、ここに置く」

ユリネが台所の柱の横に、小さな板を置いた。

板の上に、さっきの一覧を置く。

箱じゃない。閉じない。

見えるところに置く。見えると、怖さは想像に走らない。

「これが今日の“確認”だ。全部やらない。読むだけ。読んで、分からないところは丸をつける。丸はコト」

「丸、得意!」

コトが元気に返す。元気が良いが、今は走ってない。札が効いている。

「タケルは紙を押さえる。レンカは鉛筆を折るな。シノは静かな目で見る。ハルは……」

ユリネが一瞬止まって、ハルを見る。

「……深呼吸の合図」

「……すー」

ハルが小さく吸う。

その合図で、全員の肩が下がる。

湯のあと、みんなで紙を眺めた。

声に出して読んだのはユリネ。

丸をつけたのはコト。

紙を押さえたのはタケル。

鉛筆を折らずに持っていたのはレンカ。

静かな目で見ていたのはシノ。

そして、要所で「すー」を入れたのはハル。

分からないところは、ちゃんと残った。

残るのは悪いことじゃない。

分からないを分からないままにしておけるのは、生活の強さだ。

「三日後までに全部、ってわけじゃないんだね」

レンカが言う。

「わけじゃない。だが、今日の分だけ進める」

ユリネが言う。

今日の分だけ。

それが結び家の守り方。

夕方、庭には干した布が揺れていた。

昨日の洪水の名残はもう薄い。

薄い名残があるくらいが、ちょうどいい。思い出せるから。

夜、飯。

飯のあと、湯。

湯気の向こうで、ユリネが言った。

「よし。生きた。寝ろ。三日後は三日後の札で回す」

「札、回す!」

レンカが元気に返して、タケルが「飯は逃げない」と笑う。

コトは柱の札を揃え直し、シノは紙の角を揃え、ハルは欠け桶の隣を見てから、静かに頷いた。

外圧は、角ばっている。

でも結び家は、丸い角を作れる。

札の角みたいに、生活で少しずつ。

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