朝市

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/18 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 3,799文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

朝市は、声から始まる。

匂いは遅れて追いつく。

追いついた匂いが腹を叩く。腹が鳴る。鳴ると足が速くなる。朝市は、そういう場所だ。

「……走るな」

ユリネが言った。

言っただけで、レンカの足が一回だけ止まる。止まったが、目は止まっていない。

石畳の角を曲がると、もう人がいる。

まだ日がちゃんと上がってないのに、人がいる。

人がいるというより、籠がいる。桶がいる。布袋がいる。声がいる。

「おはよー」

「おはよっ」

「はいはい、通って通って」

固有名詞はない。

でも、誰がどこにいるかは分かる。

声が場所の札になっている。

いちばん端の台の前で、小銭がカチ、と鳴った。

音が乾いていて、気持ちがいい。

乾いた音は、朝のリズムになる。

「一番安いの、これねー。今日は先に無くなるよー」

「先に無くなるやつは、先に並ぶ」

コトが真顔で言って、すぐに笑った。

笑いながら、列の端を探す。探せるのが偉い。

ハルは列を見て、一歩引いた。

引いて、全体を見た。

慎重な子がいると、場が少しだけ落ち着く。少しでいい。

タケルは、もう目がキラキラしている。

「見て、あっち、干してる匂いする。……あれ、いい匂いだ」

「匂いは買えない」

ユリネの返しはいつも乾いている。乾いているのに、腹だけが正直だ。

そしてレンカ。

レンカは、匂いより先に“困ってる人”を見つける。

籠を二つ抱えたおばあさんが、列の端でちょっとだけ立ち止まった。

立ち止まったのは悪じゃない。

ただ、朝市は止まると後ろが詰まる。

「持つ!!」

レンカが言った。

言い終わる前に、手が伸びた。

伸びた手は優しい。優しいのに、方向が危ない。

「待て」

ユリネの声が先に刺さる。刺さるとレンカの手が止まる。止まれるのがえらい。

おばあさんが笑った。

「ありがとねぇ。でも、大丈夫よ」

「大丈夫でも持つ!」

レンカが言いかけて、ユリネを見る。

見ると、言い方が変わる。

「……持っていい?」

「順番だけ守れ」

「守る!」

レンカは、籠の取っ手に触れる前に、一歩だけ横へずれた。

通り道を空けるためだ。

結び家の順番が、口を開ける前に出てくる。

籠が軽くなったおばあさんが、列に戻れる。

戻れると、後ろの人が助かる。

助かるのは、こういうのだ。

いい感じ。

いい感じで始まった。

いい感じで始まると、善意は次をやりたくなる。

次が危ない。

列の先頭が近づくにつれて、レンカの視線が台の上を走り回る。

丸いの。細いの。土のついたの。葉っぱの元気なやつ。

早起きの野菜は、まだ眠そうな顔で並んでいる。眠そうなのに、やたら元気に見える。

見えると、欲しくなる。

「これ、安い!」

レンカが小声で叫ぶ。

小声なのに、声の中の“決意”だけが大きい。

「安いのは、だいたい一番先に無くなる」

コトが言う。

言いながら、わざとゆっくり息を吸った。

深呼吸は、暴走のブレーキだ。最近の結び家の流行り。

タケルが列の横で、くるくる回りそうになる。

「ねぇ、列、二つある。あっち、空いてる!」

「空いてるのは、たぶん売ってるものが違う」

ハルが冷静に言った。

正論で殴るな。殴ると泣く。泣くと買い物が増える。

タケルは「そっか」と言って、空いてる列の前で立ち止まる。

立ち止まった瞬間、そこで買う気になる。

買う気になった瞬間、荷物が増える。

増えると、持ちたくなる。持ちたくなると、優しさが走る。

走るな。

「……今日、袋、持ってきた?」

ユリネが一言だけ投げた。

レンカの肩が、ぴく、と跳ねる。

「持ってきた!」

レンカが胸を張る。

胸を張った袋の数が、ちょっと多い。多いのは悪じゃない。多いのは、だいたい布石だ。

列が進む。

台の前が近い。

台の前は、決断の場所だ。決断は、善意を膨らませる。

そのとき、台の向こうの人が、明るい声で言った。

「はい、今日はおまけつくよ。先にひとつ、口に入れてみな」

小さく切られた何かが、木の皿に乗っている。

匂いがふっと立つ。

甘い。土っぽい。朝の味。

「え、いいの?」

コトが目を丸くする。

「いいよいいよ。朝だし。みんなの分あるから」

“みんなの分ある”は危ない言葉だ。

危ないのに、優しい。優しいから、レンカが反応する。

「みんなの分あるなら……並ぶ前に配れば、列が早い!」

レンカが言った。

言った瞬間に、袋を開けた。開けるな。開けると配りたくなる。

レンカが木の皿を持ち上げる。

持ち上げた皿が、列の外へ動く。

列の外へ動くと、列が揺れる。

揺れると、後ろの人が“いま?”って顔になる。

「ちょ、レンカ」

コトが手を伸ばす。

伸ばした手が届く前に、レンカが笑顔で言う。

「はい! おまけ! 先に食べていいやつ!」

配るな。

配ると、列が崩れる。

列が崩れると、朝市が“楽しい混雑”から“詰まり”へ変わる。

後ろの人が一歩前へ出て、おまけを取ろうとする。

取ろうとした人の横から、別の人が「私も」と手を出す。

手が出ると、通り道が塞がる。塞がると、籠がぶつかる。籠がぶつかると、小銭の皿がカチカチ鳴る。

鳴り方が、さっきより焦っている。

「あ、ごめん!」

「いやいや、いいのよ」

「おまけ、いる?」

「いる!」

いる、が増えた。

増えると、欲しいが増える。欲しいが増えると、先回りが出る。

レンカがよかれと思って、皿を持ったまま、列の横に“配り道”を作ろうとする。

配り道は、道じゃない。

道じゃないものは、詰まる。

タケルが、ぎりぎりで籠を避けた。

避けた拍子に、隣の列にちょっとだけ入りかける。

入りかけると、二つの列が混ざる。混ざると、誰も悪くないのに、ややこしい。

ハルが「だめ」と言いかけて、言わなかった。

言うと責めになる。責めはしたくない。

だからハルは、視線で“ここ”を作った。

台の前の石に、小さな欠けがある。

欠けは、目印になる。

目印は、息をするためにある。

ハルがその欠けを指でとん、と叩く。

叩いて、レンカを見る。

レンカが一瞬だけ「あ」となる。

「……欠けまで」

レンカが言った。

自分で言えたのが、えらい。

「欠けまで!」

コトが復唱する。

復唱は札の代わりになる。

札がなくても、場は回る。

ユリネは、怒らない。

怒らずに、短く切る。

「皿、戻せ。列、戻せ。以上」

以上、の一言が、木槌みたいに落ちた。

叩く場所が正しいと、組み上がる。

タケルが、すっと腕を広げた。

「こっち通って! ここは“取る”! ここは“並ぶ”!」

偉そうに聞こえる。偉そうなのに助かる。

ちょっと偉そうな子どもは、場の空気を軽くする。

コトが笑いながら、レンカの皿を受け取って、台へ戻した。

「配るのは、買ってから!」

「買ってから配るなら、配っていい!」

レンカの目がまた光る。光るな。光ると増える。

「増やすな。回せ」

ユリネが言う。

レンカが口を尖らせて、でも頷いた。頷けるのが強い。

列が戻る。

戻ると、音が落ち着く。

小銭の皿が、カチ、と、また乾いた音に戻った。勝ち。

台の向こうの人が、申し訳なさそうに笑った。

「ごめんねぇ、おまけで騒がせちゃって」

「おまけは悪くない」

コトが即答する。

「悪いのは、先回り」

ユリネが淡々と続けた。

淡々としているのに、台の向こうの人が笑った。

笑いがあるうちは、回る。

そこで、シノが一歩前へ出た。

出たのが珍しい。珍しいから、全員の目が一瞬だけ集まる。

集まる目は、照れを呼ぶ。

「……これ、」

シノが指を伸ばす。

伸ばした指が、台の上の丸いのを指した。

「……きれい」

言った。

言ってしまった。

言った瞬間に、シノの耳が赤くなる。赤くなるのが早い。

早い赤は、限界一歩手前の合図だ。

台の向こうの人が、にやっとした。

「目がいいねぇ。じゃあそれ、ちょっとおまけで葉っぱも付けとくよ」

「……っ」

シノが息を詰めた。詰めた息が、次の照れを呼ぶ。

コトが間に入る。

間に入るのも順番だ。

「シノ、褒めた! 朝市に褒めた!」

「褒めたんじゃない、事実だ」

ユリネがさらっと言った。

さらっと言われると、シノの赤が“笑いの赤”に変わる。

タケルが小声で言う。

「事実って言い方、強い」

「強いのは悪じゃない。強いのは、守り方」

ハルがぽつりと言った。

言ったあと、自分でちょっと驚いた顔になる。

驚いてる間に、シノが笑って逃げた。逃げ方がかわいい。かわいいのは許される。

買い物は、進む。

台の前で、決める。

決めたら、渡す。渡されたら、袋に入れる。

袋に入れると、荷物になる。荷物になると、誰かが持ちたくなる。

持ちたくなると、優しさが走る。走るな。

だから、ユリネが一言だけ置く。

「一個ずつ」

一個ずつ、は魔法だ。

一個ずつで、全部が進む。進むと、朝市が朝市のままでいられる。

レンカは最後まで、配りたくてうずうずしていた。

でも今日は、配らない。

配る代わりに、袋の口を外に向けた。ぶつかっても中身が落ちにくいように。

細かい順番が、外へ滲んでいる。押し付けないのに、勝手に滲む。

帰り道、コトが袋を揺らして言った。

「朝市って、急がないのが口癖みたいだったね」

「急ぐと、混ざる」

ユリネが言う。

混ざる、の言い方が、ちょっとだけ嫌そうだ。嫌そうなのに、笑っている。

笑っているのは、今日が回ったからだ。

タケルが空を見上げた。

「……明日は、もっと早く動いた方がいいかもしれない」

言った瞬間、レンカの目がまた光った。

光るな。光ると、明日が忙しくなる。

「……飯!」

ユリネが先に言った。

言い方が“止め”だ。止めの飯は強い。

「湯!」

コトが追いかける。追いかける湯も強い。

結び家の袋が、ちょっとだけ重い。

重いのに、足取りは軽い。

軽いのは、順番が戻っている証拠だ。

だから今日も、最後はこれ。

「飯! 湯!」

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