落とし物が増える

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/26 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 4,114文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

朝市は、足音が多い。

足音が多い日は、落とし物も多い。

多いのは悪じゃない。多いのは……回し方が要る。

「今日は、落ちる日だ」

タケルが真顔で言った。

「断定するな」

ユリネが即座に刺す。

「……推測で、落ちる日っぽい」

「推測の使い方が雑だ」

コトが笑って、レンカが笑って、笑ったぶんだけ人の流れが増えた。

増えた流れは、朝市の角で曲がる。

曲がるところに、だいたい落ちる。

曲がると肩が当たる。肩が当たると手が離れる。手が離れると、落ちる。

最初に落ちたのは、銅貨だった。

かちん。

音が軽い。軽い音ほど、焦る。

「あっ!」

声が上がる。

声が上がると、足が止まる。

足が止まると、後ろが詰まる。

詰まると、また肩が当たる。

当たると、また落ちる。

「拾う!」

レンカが言いかけた。

「拾うな」

ユリネが即座に言った。

「えええ」

「今、手が増えると、足が増える」

「でも落ちた!」

「落とした本人が拾え」

落とした本人は、前の人だ。

前の人は気づいていない。

気づいていない人に声をかけると、また止まる。止まると詰まる。詰まると落ちる。無限。

コトが一歩だけ前へ出た。

一歩だけ。大事。

「すみません、落ちました」

声は小さい。小さい声は、朝市で強い。

前の人が振り向き、足元を見て、顔が青くなった。

「うわ、ごめん! 今の私だ!」

「拾える?」

「拾える拾える!」

本人がしゃがむ。

本人が拾う。

拾ったら終わり。

終わりがあると、また流れが動く。

動いた途端、次が落ちた。

布の包み。

結び目がほどけて、端がひらっと舞った。

舞う布は、拾いたくなる。拾いたいのが善意だ。善意は今日、危ない。

「拾う!」

「拾うな」

ユリネの反射が早い。早さが生活向き。

布の包みは、舞って、舞って、誰かの足元に引っかかった。

引っかかると、止まる。止まると詰まる。詰まると、また落ちる。

「……道」

ハルがぽつりと言った。

道が消えそうな顔だ。

ハルの「道」は、大体当たる。

「道を作れ」

ユリネが短く言った。

「俺、道」

タケルが腕を広げて、人の流れを一本にした。

走らない。押さない。声を増やさない。腕だけで線を引く。

線が引かれると、布が拾える。

拾うのは誰か。

持ち主が分からないと、拾うな。

ここで、シノが小さく息を吸った。

「……あれ」

視線の先。布の包みの端に、目印みたいな縫い取りがある。

シノは「自分のじゃない」を見分けるのが早い。

「うちじゃない」

シノが小さく言った。

「うん、うちじゃないね」

コトが頷く。頷きで終わらせる。説明しない。増えない。

布の包みの持ち主は、少し先で立ち尽くしていた。

手が空っぽになって、顔だけ焦っている。

焦っていると、また落とす顔をする。

「……あの人」

コトが指差さず、顎だけで示した。

顎だけは、朝市の礼儀だ。

ユリネが言った。

「持ち主、呼べ。声は一回」

短い指示は、増えない。

「すみません! 包み!」

タケルが一回だけ声を出した。

持ち主が振り向いて、顔が救われる。

救われた顔は、周りを見ない。周りを見ないと詰まらない。偉い。

包みが戻る。

戻った瞬間、朝市が「回る」顔になる。

回る顔になったところで、レンカが小さく呟いた。

「……落とし物、今日、多い」

「多い日は、置き場が先に死ぬ」

ユリネが淡々と言った。

「置き場……」

レンカの目がきらっとした。置き場を“作る”目だ。危ない。

朝市は、買い物だけじゃない。

試食がある。匂いがある。声がある。おまけがある。

そして、おまけがある日は、袋が増える。袋が増えると、手が足りない。手が足りないと落ちる。

次に落ちたのは、小さな木の匙だった。

試食の匙。口に入れる前に落ちた。落ちた匙は、拾いたくない。拾いたくないのに、踏まれたら嫌だ。

「踏む!」

レンカが叫びかけた。

「叫ぶな」

ユリネが刺す。

「踏まれそう!」

「踏まれない場所へ、置け」

置け。

置け、が出ると、空気が変わる。

置く場所が要る。置く場所がないから、今まで拾うが増えた。

コトが、朝市の角の“欠けた石”を見た。

欠けは今日も目印だ。目印があると、そこが「ここ」になる。

「欠けまで」

コトが小さく言った。

「欠けまで?」

レンカが復唱する。復唱は札になる。札になると、動ける。

ちょうど角の屋台の人が、木の小皿を出していた。

釣り銭用の皿だ。

皿は、置くためにある。

「すみません、落とし物、ここに“置いて”いい?」

コトが訊いた。訊き方が軽い。軽いと、相手が断りやすい。断りやすいのが、朝市の優しさ。

屋台の人が、状況を一瞬で見て笑った。

「いいよ。欠けの横ね」

欠けが共有された。共有されると、線が一本増える。線が増えるのは、今日は正しい。

木の匙が、皿に置かれた。

置いたら終わり。

終わりがあると、拾うが増えない。

……はずだった。

皿に置いた瞬間、また落ちた。

今度は紐。

紐は、どこからでも落ちる。紐は絡む。絡むと、拾う人が増える。増えると、また落ちる。

「拾う!」

「拾うな」

ユリネが今日だけで何回言うんだ、という顔をした。

顔だけ。声は増やさない。偉い。

落としたのは、ミナギだった。

いつの間にか居る。元気。手が多い。手が多いのに落とす。才能が逆。

「やべ、俺の!」

「本人が拾え」

「はい!」

ミナギがしゃがむ。

しゃがんだ瞬間、背中の袋がずるっとずれる。

ずれると落ちる。落ちると増える。今日の無限。

袋から、乾いた果実が一粒、ころん。

ころん、は拾いたくなる音だ。

音が鳴ると、レンカの指が動く。動くな。

「……見る」

コトがレンカの手首を軽く押さえた。

押さえ方が優しい。優しい押さえは、止まれる。

「落ちたら、皿」

コトが言う。

「皿」

レンカが復唱する。

復唱が増えると、手順になる。手順になると、朝市が回る。

ころんと転げた果実は、ミナギが拾った。

拾ったら、皿へ置いた。

置いたら、後で戻る。

戻るが約束されると、人は今を慌てない。慌てないと落ちない。たぶん。

たぶん、は危ないが、今日はそれでいく。

皿の上に、物が増えていく。

銅貨。木の匙。紐。小さな飾り。たぶん髪留め。

そして、なぜか片方だけの手袋。

「片方だけ、って悲しいね」

タケルが真顔で言った。

「悲しくするな」

ユリネが刺す。

「でも片方だけって、片方がどこかで泣いてる」

「泣かせない係はここだ」

レンカが胸を張って言い、また落としそうな動きになる。落とすな。

その時、皿の前で立ち止まったおじさんが、手袋を見て首を傾げた。

「……あれ、これ、俺のじゃない?」

言い方が半分疑いだ。

疑いは、やさしく扱わないと刺さる。刺さると、朝市が荒れる。荒れないでほしい。

コトがにこっとして言った。

「落とし物、ここ。欠けまで。見て、違ったら置いて終わり」

終わり、が入ってる。強い。

おじさんが手袋を手に取って、反対の手を見た。

反対の手に、ちゃんと片方があった。

「……俺じゃなかった」

言って、そっと戻した。

そっと戻せると、場が柔らかい。朝市が、いい朝市の顔をする。

「箱があればなぁ」

おじさんが、ぽろっと言った。

ぽろっと言ったのに、みんなの背中が同時に頷く。

「箱……」

レンカが小さく言った。

言い方が「作る」だ。危ない。

「作るな」

ユリネが即座に言った。

「えっ」

「欲しい、で止めろ」

ユリネの声は短い。短いのに、レンカの手が止まる。止まれるのが偉い。

「……箱、欲しい」

レンカが言い直した。

言い直せるなら勝ち。

欲しいで止められるのは、未来の事故を減らす。

皿は便利だ。

便利だから、皿がいっぱいになる。

いっぱいになると、皿が揺れる。

揺れると、また落ちる。

落ちると、拾うが増える。無限が戻ってくる。

「皿、二枚」

ハルがぽつりと言った。

提案が少ないのに、刺さる。

ハルの提案は、だいたい現実に勝つ。

「二枚は一枚」

タケルが真顔で言って、コトが吹き出した。

「違う」

ユリネが即座に刺す。

「でも心は一枚」

「心で皿は増えない」

ユリネの正論で、みんなが笑った。笑いがあると、二枚が許される。

屋台の人が、もう一枚小皿を出してくれた。

「こっちは銅貨だけね。こっちは布だけ」

分ける。

分けると、戻すが早い。戻すが早いと、詰まらない。詰まらないと、落ちない。たぶん。

分けた結果、ほんとに戻り始めた。

銅貨を探してた人が来て、皿から取って、礼を言って終わる。

匙の持ち主が来て、皿から取って、礼を言って終わる。

終わる、が連続すると、朝市が軽い。

ところが、最後に残ったのが、髪留めだった。

小さい。目立たない。きれい。

きれいなものは、落ちると見つからない。

見つからないと泣く。今日は泣かせない係だ。

レンカがじっと髪留めを見て、唇を噛んだ。

「これ、落とした人、困るやつだ」

「困るのは分かる」

ユリネが言う。

「分かる、で終わるな」

コトが笑って言った。

「終わらせるなら、順番」

「順番」

レンカが復唱する。復唱は札になる。

ユリネが屋台の人にだけ、短く言った。

「閉める時、これ、預ける」

「いいよ。明日も出るから」

「明日」

その一語で、レンカの肩が落ちた。

今日解決しなくてもいいことが、世の中にはある。

今日解決しようとすると、だいたい増える。増えると落ちる。

結び家は、朝市の買い物をして帰った。

今日は買いすぎない。今日は落とさない。

両方は無理だが、片方は守る。片方守れたら勝ちだ。

帰り道、ミナギがぽつりと言った。

「でもさ、箱、欲しいよな」

「欲しいで止めろ」

ユリネが言う。

「……欲しい」

ミナギが言い直して、苦笑いした。

言い直せるなら勝ち。雑でも勝ち。

結び家の戸を開けると、台所の匂いが待っていた。

匂いがあると、朝市の喧騒が体から抜ける。

抜けると、手が落ち着く。落ち着くと、落とし物が減る。たぶん。

コトが籠を置いて言った。

「今日は、皿で回した。箱は、欲しいで止めた」

「止めたのが偉い」

タケルが真顔で言った。

「褒めるな」

ユリネが刺す。

「でも褒めないと、次、止まれない」

タケルが引かない。

「……褒めるのは一回」

ユリネが言った。

「一回!」

レンカが元気に復唱して、自分で口を押さえた。増やさない努力。えらい。

ハルが小さく息を吐く。

「……今日は、落ちても戻った」

シノがぼそり。

「……きれいだった」

髪留めのことだろう。

誰も追いかけない。追いかけるとまた落ちる。今日は終わりにする。

鍋が鳴り始めた。

朝市は終わって、生活が始まる。

生活が始まるなら、勝ちだ。

ユリネが短く言う。

「飯! 湯!」

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