欠けまでが増えそう

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/30 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 2,999文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

井戸の朝は、音が先だ。

ぎい。きゅ。ぽちゃん。

それが揃うと、胸が勝手に「回る」に落ち着く。

今日は揃っていた。揃ってるって言うな。胸の中で揃ってる。

揃ってるのに、別のものが揃いすぎて危ない。

「……木片、増えてる」

ハルが小さく言った。

「言うな」

ユリネが即座に刺す。

「……胸の中で増えてる」

「胸の中なら勝手にしろ」

水場に着くと、欠け桶はちゃんと井戸の横に座っている。

その縁に、昨日みたいに小さい木片が一枚。洗濯ばさみで挟まっている。

欠けまで。

短い。いい。

……だけじゃなかった。

井戸の支柱に、別の木片。

ここまで。

さらに、別の人の桶の取っ手に、布の切れ端。

みず、ここ。

そして極めつけに、子どもが持っている木片。

おおめ。

「おおめって言うな」

ユリネが刺した。

「えっ、でも多めに入れたら足りるじゃん!」

「足りるって言うな」

「……胸の中で足りる!」

「胸の中でも増やすな」

当番の人が、眉をひそめた。

昨日の当番だ。今日はちゃんと欠け桶を置いている。置いているのに、目が泳ぐ。

泳ぐ目は、また見落とす。見落とすのは水じゃない。言葉だ。

「……これ、どれが正しいの」

当番の人がぽつりと言った。

正しい。

危ない単語。

正しいは、秤を呼ぶ。秤は揉める。揉めると井戸が井戸じゃなくなる。

「正しいにするな」

ユリネが短く言った。

短いから刺さらない。刺さらないのに、当番の口が止まる。止まれるなら勝ち。

でも止まったところへ、善意が滑り込む。

「昨日の“欠けまで”良かったから、みんなで作ってきた!」

近所のおばさんが、笑顔で木片の束を出した。

束。

束は便利に見える。便利は増える入口。

ミナギが目を輝かせた。輝くな。

「うわ、配れるやつだ!」

「配るな」

ユリネが刺す。

「えっ、でもみんな助かるし」

「助かるって言うな」

「……胸の中で助かる」

「胸の中なら勝手にしろ」

コトが、木片の束を見て、笑顔のまま首を傾げた。

「言葉が増えると、目が迷うかも」

「迷うって言うな」

ユリネが反射で刺して、すぐ言い直す。

「……迷わせるな」

すでに迷いは起きていた。

ここまで、を見て桶を満たす人。

欠けまで、を見て止める人。

おおめ、で溢れそうになる子ども。

違う線が並ぶと、人は勝手に比べる。比べると「自分が損した気がする」が芽を出す。

「え、私の桶、少なくない?」

誰かが言いかけた。

少ない、は足りないを呼ぶ。足りないは公平を呼ぶ。公平は秤を呼ぶ。

やめろ、増える階段を登るな。

「言うな」

ユリネが短く切った。

短いから喧嘩にならない。喧嘩にならないと、井戸の音が死なない。死ぬって言うな。止まる。

タケルが真顔で一歩だけ前へ出た。

足元を指で示す。指先だけ。増えない合図。

「見るのは一個」

「一個?」

「欠け」

タケルは欠け桶の縁を、ちょん、と叩いた。

コン。

小さい音。呼び笛にならない。

「欠けが一つあるなら、言葉はいらない」

言い方が真顔で怖いのに、刺さらない。生活の怖さだ。

「でも、木片あると分かりやすいよ?」

おばさんが困り顔になる。困りは刺さる。刺さると善意が走る。

レンカの肩が上がりかけた。泣かせない係が走る肩だ。止まれ。

レンカは息を吸って止めて、言い直した。

「……分かりやすい、は増える入口」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で、入口」

「胸の中なら勝手にしろ」

当番の人が、木片の束を見て、欠け桶を見て、また木片を見る。

目が迷う。迷うって言うな。胸の中で迷う。

迷っている当番は、当番として一番つらい。つらいと声が大きくなる。大きい声は増える。

コトが一歩だけ近づいて、当番の人の手元を見た。

当番の手元には洗濯ばさみがある。

ばさみは、境目を作るやつだ。昨日、干し場で効いたやつ。

「木片、使うなら“一枚だけ”。当番が挟む」

「一枚だけ」

ハルが小さく復唱した。復唱は作法になる。

おばさんが言い返しかける。

「でも、みんなの桶に付けたら」

「付けるな」

ユリネが即答。

「えええ」

「付けると、違う言葉が増える」

「増えると守れない」

タケルが真顔で続けた。

「守れないと、揉める」

真顔の列挙は怖い。怖いけど想像できる怖さは止まる。

子どもが小さく手を上げた。

「じゃあぼくの“おおめ”は?」

「捨てろ」

ユリネが言って、強すぎるからすぐ直す。

「……外せ」

「外す!」

子どもが復唱して、自分で木片を外した。外せるなら勝ち。

外した木片はポケットに入れる。増やさない場所へしまう。偉い。

当番の人が、木片の束から一枚だけ選んだ。

字はこれ。欠けまで。

他の言葉は選ばない。選ばないのが一番大事。

当番の人は、それを欠け桶の縁に挟み直した。

そして、残りの木片の束を、おばさんに返した。

「ありがとう。でも、今日は一枚で回したい」

言い方が柔らかい。柔らかいのに線がある。線があると、場が落ち着く。

おばさんが口を尖らせかけて、笑った。

「はいはい。じゃあ束は、胸の中にしまっとく」

「胸の中なら勝手にしろ」

ユリネがいつもの調子で返して、周りが少し笑った。刺さらない笑いは、井戸の水面に落ちる。

井戸の音が戻る。

ぎい。

きゅ。

ぽちゃん。

欠けまで。

止まる。

こぼれない。

こぼれないから、拭き手が増えない。

増えないから、当番の目が落ち着く。

落ち着くと、見落としが減る。減ったって言うな。胸の中で減る。

そこへ、朝市の籠を抱えた人が来て言った。

「葉っぱ、ここで洗っていい?」

また来た。

でも今日は、当番が当番の声で返せる。

「今日は汲むだけ」

一語じゃないけど短い。

短いと揉めない。揉めないと井戸が井戸のままだ。

「……わかった」

その人は言い直さずに頷いて去った。頷きは増えない。

ミナギがぽつり。

「木片増えると、欄みたいになるな」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で欄」

「胸の中でも言うな」

ミナギが口を尖らせたまま、欠け桶を見て黙った。黙れるなら勝ち。

◆(神界・短カット)

申請受付審査室。

チヨが机に突っ伏して、顔だけ上げた。

「……地上、木片を増やしそうになって止めたんですぅ……」

「良い」

ナギが淡々。

「こっちは止まらないのに……」

「止めろ」

廊下からマドカ。

チヨが小さく言い直す。

「……胸の中で止めたい」

「胸の中なら勝手にしろ」

三人が同じことを言って、なぜか静かに笑った。刺さらない笑いは、職員室にも効く。

◆

昼前、当番の人は欠け桶の木片を外した。

外して、ポケットに入れた。

当番が終わったら外す。

外せる仕組みは、増やさない仕組みだ。

「……外すの、えらい」

レンカが言いかけて、口を押さえた。

「褒めるな。増える」

ユリネが刺す。

「……胸の中で褒める」

「胸の中なら勝手にしろ」

帰り道、レンカが欠け桶を振り返って小さく言った。

「言葉は一枚。あとは欠け」

「言うな」

「……胸の中で一枚」

「胸の中なら勝手にしろ」

家に戻ると、汲んだ水が鍋に入る。

野菜が入る。豆が入る。

ぐつ、ぐつ。

湯気が上がる。湯気は増えていい。増える湯気は生活の勝利だ。

ミナギが椀を取ろうとして、

「順番」

ユリネが一言。

「……はい」

ミナギが言い直す。言い直せるなら勝ち。

タケルが真顔で言った。

「今日、木片を増やさなかったな」

「言うな」

ユリネが刺す。

「……胸の中で増やさない」

「胸の中なら勝手にしろ」

ハルが小さく頷く。

「……見えるのは欠けで足りた」

シノがぼそり。

「……手、増えなかった」

コトが笑う。

「増やさないの、上手になってるね」

「言うな」

「……胸の中で上手」

コトが言い直して、刺さらない笑いが湯気に混ざった。

ユリネが短く言う。

「飯! 湯!」

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