夏休み② 宿題は言わない

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/3 📚 シリーズ: 追伸は必ず。 📝 6,081文字 ✅ 全年齢

あらすじ

学校の片隅に置かれた「応援ポスト」。 HELP(困ってる)とTHANKS(助かった)を、誰でも匿名で入れられる。 返事も誰でも書ける。極稀に先生も書く。ただし、ひとつだけルールがある。 “追伸だけは必ず書くこと。” 中学も、高校も、大学も。 頑張り方に迷う誰かの紙に、知らない誰かの言葉が届く。 励ましじゃなくて、明日を軽くする「やり方」が、追伸に残る。 学園青春×短編連作 匿名お悩み相談(手紙) じんわり回復+時々クスッ 更新:週1は守ります。基本14時に届きます。たまに増えます。

本文

中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。

どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。

返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。

共通しているのはひとつだけ。

“追伸だけは必ず。”

 夏休みの宿題だけ、言った瞬間に量が増えることがある。

 紙の枚数が増えるわけじゃない。

 ワークのページ数が伸びるわけでも、読書感想文の字数が勝手に上乗せされるわけでもない。

 でも、誰かに「どこまでやった?」と聞かれて、自分もつい「まだ半分」とか「全然」とか「あと理科が」とか答えた瞬間だけ、宿題は机の上の量以上の顔をし始める。

 比べるつもりなんて、最初はたいていない。

 ないのに、ページ数とか冊数とか“あとどれくらい”の言い方をした途端、宿題は急に重くなる。

 夏休みの宿題って、たぶん終わっていない量そのものより、口に出した時の広がり方の方がずっと厄介だ。

 応援ポストは、開いている図書室の前の掲示板の横に置かれていた。

 八月の予定。開室日。部活。補習。返却の締切。終業式の頃より紙は少ないのに、来ている子の鞄だけはやけにふくらんで見える。

 ワーク、単語帳、ノート、感想文用の本。

 持ってきているだけなのか、ちゃんとやるつもりなのかは、外から見ると分からない。

 でも夏休みの学校にいると、そういう曖昧さがすぐ話題になる。

「今日何やる?」

「どこまで進んだ?」

「もう終わった?」

 軽い顔で飛ぶ言葉が、今日は妙に机の上をのぞきこんでくる。

「今日の図書室、ページ数が歩いてる」

 横から札の子が言った。

 もう腕章も札もない。ただの在校生の顔で立っているのに、こういう日の言い方だけは相変わらず現場寄りだ。

「分かる」

 私は頷く。

「誰も冊子を振り回してるわけじゃないのに、“何ページやった”が空気に混ざってる」

「しかも、聞く方はだいたい悪気ゼロ」

「そこが強い」

「うん。“どこまで?”って、挨拶みたいに飛ぶ」

 その言い方が妙にぴったりで、私は少し笑った。

「去年のあなた?」

「去年の私」

「何したの」

「“英語まだ三十ページ”って言って、その瞬間に残りが四倍の顔して死んだ」

「現場比喩?」

「現場比喩」

 でも、すごく分かる。

 宿題って、一人で見ている時はまだ“今日やる分”の顔をしてくれる。

 でもページ数でしゃべった瞬間だけ、夏休み全体の顔をする。

 そしてその顔はだいたい、少しでかすぎる。

 私は箱の蓋を開けた。

 白い紙が一枚。折り目はきれいなのに、最初の二行だけ少しだけ強かった。

【HELP】

夏休みの宿題のことを言うのが苦手です。

図書室や開室日に来ると、「どこまでやった?」と軽く聞かれることがあります。

でも、ページ数や冊数を答えると、その瞬間に宿題がすごく増えた感じがします。

終わっていないことを言いたくないわけじゃないけど、量の話にしたくないです。

今日、新入生に「宿題って何を言えば言わないで済みますか」と聞かれて答えられませんでした。

夏休みの宿題は、どこから返せば重くなりませんか。

(高2)

追伸:宿題を隠したいんじゃなくて、宿題の総量を口に出したくないです。

「来たね」

 札の子が肩越しに読んで、少しだけ真顔になる。

「今日のやつ」

「今日のやつだね」

 宿題をやってるかどうかじゃない。

 宿題の話をどこまで言うかだ。

 そこがすごく夏休みらしいと思った。

 夏休みの宿題って、終わってる人と終わってない人がいる、というより、それぞれが違う単位で抱えているものだ。

 冊数、ページ数、教科数、感想文、自由研究。

 単位が違うのに、会話になるとすぐ“どこまで”で一列にされる。

 その一列の作られ方が、たぶん苦しい。

 図書室の前では、机に向かっている子たちが何人かいる。

 ひとりはワーク一冊だけ。ひとりは英語と数学を両方広げている。ひとりは感想文用の本を開いているのに、ペンはまだ動いていない。

 やっていることは全然ちがう。

 なのに「宿題」という言葉でまとめた瞬間だけ、なぜか全部同じ顔になる。

 夏休みの困りごとって、たぶんそこにもある。

「宿題の話って、“今日何する”と“どこまでやった”がごっちゃになるよね」

 私が言うと、札の子はすぐ頷いた。

「分かる。“今日は英語”で済ませたいのに、すぐ“全部であと何ページ”になる」

「そこまで聞かれてないのにね」

「なのに自分で言い始める」

「それも去年のあなた?」

「去年の私」

 少し笑う。

 でも、笑いながら本当にそうだと思う。

 ページ数や冊数って、数字だから正確そうに見える。

 けれど正確な数字ほど、夏休みの宿題には重い。

 今日の自分が持っている量じゃなく、残り全部を連れてきてしまうからだ。

 最初の返事は、昼休みの終わりに来た。

 小さめの字。角ばっていて、必要なことしか置いていかない字だった。

【返事】

高2へ

宿題の返しは、

「今日」

「一冊」

「ここ」

で返すと少し軽いです。

今日=今日は何をやるか

一冊=今開いているもの

ここ=今見ているページや一問

です。

夏休みの宿題は総量で話すと急に大きくなるので、

今の机の上だけで返す方が静かです。

(高3)

追伸:宿題は、残り全部より“今ここ”の方が言いやすいです。

「今日、一冊、ここ」

 私は声に出して読んだ。

「いい」

 札の子もすぐ頷く。

「“あと何ページ”じゃなくて、“今日は英語”とか“今ここ”なんだ」

「うん。総量じゃなくて机の上で返す」

 たしかにそうだ。

 夏休みの宿題って、つい“残り”で話したくなる。

 でも残りって、今の自分よりでかい。

 机の上、一冊、ここ。そのくらいなら、まだ自分の手の中にある。

 二枚目の返事は、丸い字だった。行間が広くて、読んでいるこっちの肩が少し下がる。

【返事】

「どこまでやった?」に対しては、

進捗ではなく窓口で返すのもありだと思います。

「今から英語」

「午前は理科」

「今日は感想文を開く」

みたいに。

終わった量より、

今どこから入るかを言う方が、会話が比較になりにくいです。

(大1)

追伸:夏休みの宿題は、進み具合より入り口で返す方が軽いです。

「窓口か」

 札の子がそこで言った。

「大学っぽい」

「もう反射だね」

「でも今日も当たってる」

 少し悔しいけれど、その通りだった。

 宿題の会話が重くなるのって、比較が始まるからだ。

 でも“今から英語”なら比較になりにくい。

 まだ始めていなくても、いま自分が立っている入口の話だからだ。

 三枚目は短かった。

【返事】

ページ数を言わない。

比べが始まります。

(中3)

追伸:夏休みの宿題は、数字にした瞬間にクラス全体の顔になります。

「つよ」

 私と札の子が同時に言った。

 数字にした瞬間にクラス全体の顔になる。

 その一行が、今日の図書室にはすごく似合っていた。

 英語三十ページ、理科まだ半分、感想文一枚目。

 数字や単位で言うと、自分の机の話だったはずのものが急にクラス全体の比較になる。

 それがいちばんいやなのだと思う。

 四枚目は少し遅れて来た。

 字は小さいけれど、最後だけ少しやわらかい。

【返事】

新入生に聞かれたなら、

「宿題を言わない」じゃなくて

「宿題の総量を言わない」

で考えていい、

も伝えていいと思います。

「やってる」

「今日はこれ」

「今はここ」

そのくらいなら、隠している感じも少ないです。

(高3)

追伸:夏休みの宿題は、全部を公開しなくても、今やっている一枚だけ見せれば十分です。

「総量を言わない、か」

 札の子が小さく言った。

「それもいい」

「うん。宿題の話そのものをやめるんじゃなくて、全部にしない」

「そこならかなり違う」

 ほんとうにそうだと思う。

 “言わない”にすると、急に秘密っぽくなる。

 でも“総量を言わない”なら、会話は続けられる。

 しかも、自分の机の大きさのままで。

 掲示板の横には、今日も紙一枚ぶんの余白がある。

 開室日のお知らせが少し端へ寄っていて、その前に細い幅が残っている。

 夏休みの宿題にも、たぶんあれと同じものがいる。

 全部を話さないための余白。

 一冊ぶん、一行ぶん、今ここぶんだけを置いておける幅。

 その時、短い負けが来た。

 新しい制服の子が一人、図書室の入口の手前で止まっていた。

 高一っぽい。手には英語のワークと、まだ閉じたままの国語の感想文用ノート。両方とも持っているのに、どっちもまだ“今”になっていない顔だ。

 そこへ同じクラスらしい子が笑いながら声をかけた。

「宿題どこまでやった?」

 出た、と思った。

 夏休みの図書室でいちばん返しに困るやつだ。

 悪気のない顔。だからこそ、数字に寄りやすい。

「行く?」

 札の子が小声で聞く。

「うん」

 私は頷いた。

 近づきながら、危うくこう言いそうになった。

 まだって言えばいいじゃん。

 でも今日は、その言い方だと少し足りない気がした。

 “まだ”だけだと、空白が大きすぎる。

 たぶん今いる入口の方を渡した方がいい。

「宿題、総量の顔してる感じ?」

 私はそう聞いた。

 新しい制服の子は少し驚いた顔をして、それから小さく頷いた。

「あ、はい」

「なんか……今ここじゃなくて、夏休み全部聞かれてる感じで」

 その止まり方がすごく今日らしかった。

 まさにそれだと思う。

「今日は何開くか、で返そう」

 私は言った。

 その子がきょとんとする。

「何開くか」

「うん。どこまで、じゃなくて」

 すると札の子が横からすぐ言う。

「今から英語、とか」

 それがちょうどよかった。

 新しい制服の子は一回だけ息を吐いて、それから聞いてきた子の方を見る。

「今から英語」

 そう言う。

 短い。

 ページ数も、残りも、冊数もない。

 でも、それで十分だった。

 聞いた子も一瞬きょとんとしてから、「あー、えら」と笑う。

 そこで会話が止まる。

 かなり助かった、と思った。

 でも、ここで終わらないのが夏休みの会話だ。

 別の子が横から「感想文は?」と聞いた。

 出た、と思った。

 一個うまく返せても、宿題の総量はすぐ別の入口から戻ってくる。

 私は危うく「今日はそこじゃない」と言いそうになった。

 でもそれをやると、会話が急に固くなる。

「それはまだ開いてない」

 札の子が先に言った。

 短い。

 でも、それが今日に一番合っていた。

 新しい制服の子も一拍だけ止まって、それから小さく笑う。

「感想文はまだ開いてない」

 そのまま返す。

 聞いた子も「わかる」と笑う。

 それで終わる。

 “まだ終わってない”じゃない。“まだ開いてない”だ。

 その差がすごく大きかった。

「それでいいんだ」

 新しい制服の子が小さく言う。

「うん」

 私は答える。

「総量じゃなくて窓口の話で返せばいい」

 そう返した時、自分でもすごく今日の話っぽいと思った。

 その子は図書室の机に座って、英語のワークだけを開いた。

 感想文ノートはまだ閉じたまま、端に置く。

 それだけなのに、持っている宿題の総量が少し縮んで見える。

 縮んだわけじゃない。ただ、いま机の上にいるのが一冊だけになったからだ。

 宿題って、たぶんそういうものだと思う。

 全部を抱えている時と、今一冊だけ開いている時では、同じ量でも顔が違う。

 ところが、ここでさらに短い負けが来た。

 その子がぽつりとこう言ったのだ。

「でも、英語開いてても、後ろで国語が見てる感じする」

 やっぱりそこは残る。

 閉じていても、閉じている宿題は消えない。

 夏休みはそういうところがある。

 私は危うく「気にしなくていい」と言いそうになった。

 でも今日は、その言葉も少し広すぎる気がした。

「後ろにいるなら、まだ後ろでいい」

 私は短く言った。

 新しい制服の子が目を上げる。

「え」

「今机の真ん中じゃないなら」

 すると札の子が横から足す。

「後ろの宿題は、後ろのままで」

 それで十分だった。

 全部を前へ出さない。見えていても、今の机の真ん中に置かない。

 そのくらいの線で、かなり違う。

 新しい制服の子は今度はちゃんと笑った。

「じゃあ、今日は英語だけ前」

「うん」

 私は答える。

「それでかなりいい」

 そう言うと、その子の背すじが少しだけ伸びた。

 宿題の総量が減ったわけじゃない。

 でも、いま前にいるものが決まっただけで、人はずいぶん座りやすくなる。

 図書室の中では、ページをめくる音がいくつかしている。

 全員ちがうものをやっているのに、音だけは少し似ている。

 夏休みの学校って、そういう場所だ。

 家ではできない“いまここ”が、ここでは作りやすい。

 だからこそ、総量の話にしない方がいいのかもしれない。

 机の上の一冊だけなら、ちゃんと人の手に乗るから。

 夏休みの宿題って、隠したいわけじゃない。

 でも全部を言いたいわけでもない。

 その中間の言い方を、学校はあまり教えてくれない。

 今日の箱がやっていたのは、たぶんそこだ。

 言わないんじゃなくて、総量にしない。

 今の入口だけで返す。

 そのくらいの手順で、宿題はかなり静かになる。

 昼休みの終わり、箱の中にTHANKSが一枚入っていた。

 折り目は最初のHELPと同じ。真ん中の行だけ少し強い。

【THANKS】

夏休みの宿題は、

言うか隠すかのどちらかだと思っていました。

でも今日、新入生に

「今日」

「一冊」

「ここ」

で返すと少し楽だと伝えました。

その子も、

「どこまでやった?」に「今から英語」、

「感想文は?」に「まだ開いてない」

で返していました。

宿題を隠すんじゃなくて、宿題の総量を前に出しすぎない話だったんですね。

(高2)

追伸:夏休みの宿題に欲しかったのは、全部を説明する言葉じゃなくて、今机の真ん中にある一冊だけをそのまま言える返しの方でした。

 読み終わって、私は開室日のお知らせの紙をもう一度見た。

 日付も、時間も、返却の注意も、ちゃんと書いてある。

 でも、その前で人が本当に困るのはもっと小さいところだ。

 宿題が終わっているかじゃなくて、今どの入口に立っているか。

 それが分かるだけで、夏休みの机はずいぶんやさしく見える。

 たぶん、八月の最初に必要なのはそういう切り分けなのだと思う。

「じゃあ」

 札の子が、わざと少し改まった顔で言う。

「夏休み二話目の結論は」

「宿題は言わないんじゃなくて、総量にしない」

 私が返す。

「語呂は弱い」

「でも意味は強い」

「うん、今日はそれ」

 そこで二人で少し笑った。

 笑って戻れるなら、夏休みの二話目としてはたぶん十分だ。

 夏休みの宿題って、たぶん誰にとっても少しだけ全体で見えすぎる。

 冊数も、ページ数も、感想文も、まだ手をつけてないものも、全部を一度に持たされやすい。

 でも、今日は英語、今ここ、まだ開いてない。

 そのくらいの返しなら、宿題はちゃんと今の机の大きさに戻る。

 夏休みに要るのは、全部を語る正直さじゃない。

 一冊ぶんだけ、自分の手の中で言える小さい言葉の方なのだと思う。

 追伸:夏休みの宿題は、全部を言わなくてもよかったんです。今日の一冊、今ここ、まだ開いてない。そのくらいの言葉で、机の上の宿題はちゃんと人の大きさに戻ってくれました。

頑張る人ほど、追伸に救われる。

追伸は週1以上、基本は14時更新

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