敬老の日、電話しない

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/21 📚 シリーズ: 追伸は必ず。 📝 4,954文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

学校の片隅に置かれた「応援ポスト」。 HELP(困ってる)とTHANKS(助かった)を、誰でも匿名で入れられる。 返事も誰でも書ける。極稀に先生も書く。ただし、ひとつだけルールがある。 “追伸だけは必ず書くこと。” 中学も、高校も、大学も。 頑張り方に迷う誰かの紙に、知らない誰かの言葉が届く。 励ましじゃなくて、明日を軽くする「やり方」が、追伸に残る。 学園青春×短編連作 匿名お悩み相談(手紙) じんわり回復+時々クスッ 更新:週1は守ります。基本14時に届きます。たまに増えます。

本文

中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。

どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。

返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。

共通しているのはひとつだけ。

“追伸だけは必ず。”

 敬老の日の朝は、学校が休みなのに、廊下の掲示板だけが少し働いていた。

 休みの日の校舎は、本当に人が少ない。部活の足音と、自販機の小さい唸りと、どこかの窓が風で鳴る音だけがある。なのに、応援ポストの前には紙が二枚貼られていた。

 休日なのに誰かが来た。

 来たくなるくらい、何かが引っかかった。

 最初のHELPは、端が少しだけ折れていた。ポケットに入れて持ってきた紙だと思う。角が丸くなっていて、字も少し眠そうだった。

【HELP】

敬老の日だから、おばあちゃんに電話した方がいいのは分かってる。

でも電話が苦手。

何を話せばいいか分からなくて、結局しない。

優しくない気がしてしんどい。

 もう一枚は、字がきっちりしていた。きっちりしているのに、最後の行だけ筆圧が弱い。

【HELP】

家族に「電話くらいしなよ」と言われる。

くらい、が重い。

電話しないと冷たい人みたいになるのが嫌。

でも、電話の前に一時間くらい固まる。

 敬老の日。

 祝日名は、やわらかそうに見える。けれど、やわらかい名前ほど、内側に小さい義務を隠していることがある。

 感謝しましょう。

 連絡しましょう。

 優しくしましょう。

 正しい。正しいから、逃げ場が細くなる。

 ポストの横に立っていた子が、スマホを持ったまま画面を消した。消した画面に、自分の顔が薄く映る。眠そうで、困っていて、少しだけ悪いことをした顔。

「電話って、始めるまでが長い」

 誰かが言った。

「分かる。鳴ってる間に逃げたくなる」

「鳴らす前に逃げてる」

「それはもう忍者」

「電話忍者、弱そう」

 笑いが小さく起きた。小さいけど、休日の廊下では十分だった。笑えると、罪悪感が少しだけ椅子に座る。立ったままだと大きく見えるものも、座ると少し小さくなる。

 最初の返事は、太い字だった。結論が早い。

【返事】

電話しない日があっていい。

代わりに「一行だけ残す」をやる。

・天気の写真

・今日食べたもの

・また今度話す、の一文

追伸:電話だけが優しさの窓じゃない。

 電話だけが優しさの窓じゃない。

 その言葉で、スマホを握っていた手が少し緩んだ。窓なら、開け方は一つじゃない。全部開けなくても、少しだけ空気を通せる。

 次の返事は、丸い字だった。行間が広い。読む側の息も広がる。

【返事】

話すことがないなら、話題を作ってから電話しない。

先にメモを三つ。

①最近の天気

②食べたもの

③今度聞きたいこと

電話できたら使う。

できなかったら、その三つをメッセージで送る。

追伸:準備した話題は、電話しなくても無駄にならない。

 準備が無駄にならない。そこが大事だった。

 電話の準備をして、電話できなかった日は、準備ごと負けた気がする。けれど、メッセージに変えられるなら、準備は逃げ道ではなく材料になる。

 価値観の違う返事もあった。字が小さくて、箇条書きがきっちりしている。

【返事】

「電話くらい」の“くらい”を、勝手に小さく見積もらなくていい。

電話が重い人には重い。

だから小さい手順にする。

・発信しないで下書きだけ

・本文は二行まで

・送信前に水を飲む

追伸:重さを認めると、持ち方が決まる。

 重さを認める。廊下の空気が、少しだけ真面目になった。

 真面目になったけど、暗くはならない。水を飲む、という具体があるからだ。水は強い。正論よりも手に持てる。

 もう一枚、急いで貼られた返事が増えた。テープが少し斜めだ。

【返事】

敬老の日は、完璧な孝行大会じゃない。

「今日思い出した」を一個だけ形にする日。

電話が無理なら、

「今日は敬老の日だから思い出した」

だけでいい。

追伸:思い出した、はちゃんと届く。

 思い出した、はちゃんと届く。

 その短さに、板の前で誰かが鼻から息を抜いた。ほっとした音だった。電話の声じゃなくても、思い出したことは紙や文字に乗る。乗り物が違うだけだ。

 現場は、すぐに始まった。

 ベンチの端に座った子が、スマホの連絡先を開いた。

 祖母、と表示されている。名前の横に、前に撮った猫の写真が小さく出ている。祖母本人ではなく、祖母の家の猫。猫は何も知らない顔で丸まっている。

 発信ボタンは、妙に大きい。

 押せばいいだけ。たぶん世の中の半分くらいの人は、そう言う。押せばいいだけのものほど、押せない日は大きくなる。

 指が近づく。

 止まる。

 短い負けだ。

 しかも、誰にも見えていない負け。見えていない負けほど、自分の中で大きく鳴る。

 その子は、発信ボタンを押さなかった。

 代わりに、メモを開いた。

 ①こっちは雨が降りそう

 ②昼に卵焼きを食べた

 ③猫は元気?

 三つ書く。三つ書いたら、少しだけ道ができた。

 でも、ここで調子に乗ると電話へ行ってしまう。行けそうな気がして、行けないとまた落ちる。だから今日は、電話しない。タイトルみたいに、堂々としない。

 メッセージ画面を開く。

 文章は、二行まで。

【送信文】

今日は敬老の日だから思い出した。

こっちは雨が降りそう。猫は元気?

 打ってから、手が止まった。

 短い。短すぎる。冷たくないか。もっと何か書くべきじゃないか。元気でいてね、とか。いつもありがとう、とか。正しい言葉が一気に寄ってきて、画面が見えにくくなる。

 そこで、水を飲む。

 返事に書いてあったから。水を飲むなんて、そんなことでと思う。でも、そんなことで手は一回止まる。止まった手は、暴走しない。

 ペットボトルの水は少しぬるかった。ぬるい水が喉を通る。喉を通ると、声を出していないのに、声の道だけが開く。

 送信。

 画面の右側に、短い文章が出た。

 出た瞬間、胸の奥が急いだ。

 やってしまった感じ。戻れない感じ。でも、電話ほど大きくない。文章はそこにある。あるけど、鳴らない。鳴らない優しさが、今日の手にはちょうどよかった。

 別の場所でも、別の手順が動いていた。

 家の台所で、別の子がスマホを握って固まっていた。母親が横で皿を拭いている。

「電話くらいしなよ」

 その言葉は、たぶん悪意ではない。悪意ではない言葉ほど、避けにくい。

「くらい、じゃない」

 小さく言ったら、皿を拭く手が止まった。

「え?」

「電話、重い」

 言えた。

 言えたけど、そのあとが続かない。続かない沈黙は、台所の換気扇の音で薄くなる。換気扇は偉い。家の中の気まずさも吸ってくれる気がする。

 その子は、返事の手順を思い出して、紙に書いた。

 発信しないで下書きだけ。

 本文は二行まで。

 送信前に水を飲む。

 母親がその紙を見て、少しだけ眉を下げた。

「……電話、そんなに嫌なんだ」

「嫌っていうか、始まる前が無理」

「始まったら?」

「たぶん平気。たぶん」

「たぶんか」

「たぶん」

 そこで二人とも少し笑った。たぶん、は弱い。でも、たぶんがあると全部を決めなくて済む。

「じゃあ、メッセージでいいんじゃない」

 母親が言った。

 さっきの「電話くらい」と同じ人の声なのに、少し軽くなっていた。言葉は、言い直せる。言い直せる大人は、ありがたい。

 その子は祖父へのメッセージを打った。

【送信文】

敬老の日だから、電話しようと思ったけど固まった。

今日は文字で送る。今度、将棋の話だけ聞かせて。

 送る前に、水を飲む。

 台所のコップの水は冷たかった。冷たい水で、指先の熱が少し下がる。

 送信したあと、母親が何も言わなかった。何も言わないのが、今日は助かった。

 それから、大学の掲示板にも同じような紙が貼られた。

 場所が変わると、悩みの服だけが変わる。中身は似ている。

【HELP】

祖父母とは仲が悪いわけじゃない。

でも、しばらく連絡していないから、急に電話すると変な気がする。

「元気?」の一言が、今さらすぎて止まる。

 返事は、少し大人っぽい字で返ってきた。

【返事】

久しぶりの連絡は、理由を小さく置くと入りやすい。

「敬老の日だから」

「写真を見つけたから」

「これを食べたら思い出したから」

急に優しくなるのではなく、入口を置く。

追伸:入口があると、今さらが少し細くなる。

 今さらが細くなる。

 その言い方を読んで、誰かがスマホの写真フォルダを開いた。古い写真を探す。祖父母の顔じゃなくてもいい。昔もらった湯のみ。家の庭。前に一緒に食べた梨。

 梨の写真は無かった。代わりに、コンビニで買った梨味のグミの写真があった。だいぶ違う。違うのに、笑える。

【送信文】

敬老の日だから思い出した。

梨味のグミを見つけた。前に梨を送ってくれたの思い出した。

 送ったあと、すぐ既読はつかなかった。

 既読がつかない時間は、廊下より長い。長いけれど、電話の呼び出し音とは違う。待つ形を選べる分、息ができる。

 しばらくして返ってきたのは、

「今年も梨いる?」

 だった。

 その一文は強い。

 優しさが、返事ではなく荷物の形で来る家もある。少し笑って、その子は「半分でいい」と打った。半分でいい、は初めて言えた量だった。

 応援ポストの前では、午後になってTHANKSが貼られた。

 休日の廊下にしては、紙が増えるのが早かった。敬老の日は、外より内側が忙しい日なのかもしれない。

【THANKS】

電話しないで、メッセージにしました。

「今日は敬老の日だから思い出した」だけなら送れた。

短いけど、送ったあとに少し呼吸できた。

電話だけが優しさの窓じゃない、が助かった。

 その下に、もう一枚。

【THANKS】

電話のために話題を三つ書いたけど、電話はしなかった。

その三つをそのまま送った。

準備が無駄にならないって、本当にそうだった。

猫は元気?って送ったら、猫の写真が返ってきた。

猫は元気すぎて、写真がぶれてた。

 誰かがそれを読んで笑った。

 猫の写真がぶれている。それだけで、敬老の日の圧が少しほどける。優しさの返事が、完璧な文章ではなく、ぶれた猫で返ってくることもある。

 別のTHANKSは、字がゆっくりしていた。

【THANKS】

「電話が重い」と家で言えた。

言ったら、メッセージでいいんじゃないって言われた。

電話しないのを責められると思ってたけど、言い方を変えたら少し変わった。

水を飲む手順も効いた。

送信前に一回止まれるのがよかった。

 さらに端の方に、小さいTHANKSが一枚。

【THANKS】

祖父に「今日は文字で送る」と書いたら、

「文字も残るからよい」と返ってきた。

電話じゃないとだめ、って勝手に思ってた。

残るのもいい、は初めて考えた。

 文字も残るからよい。

 その一文は、板の前でしばらく読まれた。読んだ人が、少しだけ目線を落とす。電話の声は消える。文字は残る。残るのが怖い日もあるけれど、残るから助かる日もある。

 夕方、部活帰りの子たちが掲示板の前を通った。

「今日、電話した?」

「してない」

「堂々」

「メッセージした」

「えらい」

「電話してないのに?」

「したことを見ろ」

「名言っぽい」

「ぽいだけ」

 笑いながら、誰かが半歩ずれた。応援ポストの前の幅が守られる。休日でも、そこだけは少しだけいつもの廊下だった。

 最後に、白い返事が一枚増えた。たぶん、誰かが帰る前に貼ったものだ。字は細いけれど、最後の行だけ少し太い。

【返事】

電話しない日は、優しくない日じゃない。

声にできないなら、文字にする。

文字が無理なら、写真にする。

写真が無理なら、思い出したことだけ自分の中で認める。

次に一つだけ形にできたら、それで進んでいる。

追伸:届かせ方を選ぶのも、優しさの手順。

 届かせ方を選ぶ。

 電話をしない、で終わらせない。電話をしない代わりに、何をするかを選ぶ。

 それだけで、休みの日の廊下に小さい道ができた。

 夜になって、誰かのスマホにまた返信が届いたらしい。

 ぶれた猫の写真のあとに、短い一文。

【返信】

電話は、また声が出る日にしよう。

今日は文字で十分。

 その画面を見た子が、ベンチの端で少しだけ笑った。

 電話しない一日が、冷たい一日にならなかった。

 それなら、今日だけはこれでいい。

 追伸:声にしない日も、思い出したことまでは消えない。

頑張る人ほど、追伸に救われる。

追伸は週1以上、基本は14時更新

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