文化祭準備① 手順が多い
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
学校の片隅に置かれた「応援ポスト」。 HELP(困ってる)とTHANKS(助かった)を、誰でも匿名で入れられる。 返事も誰でも書ける。極稀に先生も書く。ただし、ひとつだけルールがある。 “追伸だけは必ず書くこと。” 中学も、高校も、大学も。 頑張り方に迷う誰かの紙に、知らない誰かの言葉が届く。 励ましじゃなくて、明日を軽くする「やり方」が、追伸に残る。 学園青春×短編連作 匿名お悩み相談(手紙) じんわり回復+時々クスッ 更新:週1は守ります。基本14時に届きます。たまに増えます。
本文
中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。
どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。
返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。
共通しているのはひとつだけ。
“追伸だけは必ず。”
文化祭の準備は、最初に音で来る。
机を引きずる音。段ボールを置く音。ガムテープを歯で切ろうとして、隣から「はさみ使え」と言われる音。誰かが脚立を運んで、廊下の角で「ごめんごめん」と連続で謝る音。
それから紙が来る。
企画書。申請書。買い出しリスト。係表。教室配置図。装飾案。注意事項。提出期限。確認欄。
文化祭は楽しそうな名前をしているのに、準備の入口はだいたい紙の束だった。
九月の終わり、応援ポストのまわりも、いつもより少し騒がしくなっていた。掲示板の端には、文化祭実行委員からのお知らせが貼られている。赤い丸で囲まれた締切が三つ。青い付箋が五つ。誰かが書き足した矢印が二本。
矢印は便利だ。
便利だけれど、増えすぎると道ではなく迷路になる。
昼休み、応援ポストの前にHELPが貼られた。
【HELP】
文化祭の準備が始まりました。
やることが多すぎて、何から手をつければいいか分かりません。
みんなは動けているのに、自分だけ紙を見て固まります。
「手伝うよ」と言いたいのに、何を手伝えばいいか分からないです。
その横に、少し遅れてもう一枚貼られた。
【HELP】
実行委員です。
説明したはずなのに、同じ質問が何回も来ます。
でも聞いてくる人が悪いわけじゃないのも分かります。
自分の説明が足りないのか、紙が多すぎるのか、もう分からないです。
文化祭準備の最初の混線だった。
動けない人。
説明しすぎて疲れた人。
どちらも、同じ紙の山の前で止まっている。
板の前にいた子が、係表を片手に読んでいた。係表には、装飾、受付、買い出し、広報、片付け、当日誘導、と並んでいる。名前を書く欄はあるのに、その仕事がどんな手触りなのかは書いていない。
「受付って何するの」
「受付するんじゃない?」
「その答え、受付に置いたら怒られる」
「装飾は?」
「飾る」
「今日の会議、全部終わったな」
笑いは出た。けれど、誰も係表に名前を書かなかった。
最初の返事は、太いペンで書かれていた。線がまっすぐで、文化祭のざわざわに負けていない。
【返事】
「何を手伝えばいいか分からない」は、手伝う気がないとは別です。
最初に聞く言葉を決めておく。
「今、いちばん人手が足りない作業はどれ?」
「一人でできる作業はある?」
「五分だけなら何をすればいい?」
手伝う、を大きく言わなくていい。
追伸:入口の質問があると、手は動きやすい。
入口の質問。
それは、文化祭準備にぴったりの言葉だった。文化祭には入口が多い。教室の入口。企画の入口。係の入口。人間関係の入口。入口が多すぎると、どこから入ればいいか分からなくなる。
次の返事は、字が小さく、行ごとに番号が振ってあった。
【返事】
説明する側は、「一回で伝わる」を目標にしなくていい。
文化祭準備は、情報が多い。
だから、説明を三段に分ける。
①今日やること
②今日やらないこと
③困ったら聞く相手
この三つだけ先に出す。
細かいルールは、必要になったら見る。
追伸:全部説明すると、全部聞こえなくなる日があります。
全部説明すると、全部聞こえなくなる。
板の前で、実行委員の腕章をつけた子が止まった。腕章は少し曲がっていた。朝から何度も机を動かしたせいで、ピンが緩んでいるのかもしれない。
「分かる……」
その声は、かなり本気だった。
実行委員は、説明をちゃんとしようとしていた。ちゃんとしようとして、プリントを作った。プリントに書き足した。注意点を増やした。危ないところも書いた。提出期限も書いた。結果として、一枚の紙に文字が増え、読む人の目が滑った。
親切が、渋滞している。
そういうことは、学校でよく起きる。
三枚目の返事は、少しふざけていた。けれど、ふざけた字の下に小さい表があった。
【返事】
文化祭準備の紙は、増える生き物です。
なので、紙を倒す順番を決めます。
A:今日やる
B:誰かに聞く
C:あとで見る
D:見なくていい
まず四つに分ける。
全部読んでから動くと、紙の森で遭難します。
追伸:紙を読むのも作業だけど、紙を分けるのも作業です。
紙の森。
その言葉で、誰かが係表を見て「森だ」と言った。
「じゃあこれ、買い出しリストは木?」
「予算表は沼」
「申請書は門番」
「実行委員は?」
「森の管理人」
「疲れてる管理人だ」
腕章の子が、少し笑った。笑った拍子に、腕章がさらに斜めになった。
その日、最初に動いたのは、HELPを書いた子だった。
教室の後ろに、段ボールが三つ積まれている。中には色紙、布、古いポスターの裏紙、去年の飾りで使ったらしい星形の厚紙が入っていた。星は少し折れていて、金色の粉が箱の底に落ちている。
文化祭準備の努力は、きれいな完成品より先に、こういう粉で現れる。
その子は箱の前で立ち止まった。
何かしなきゃ。
でも、何を。
教室の前では、実行委員が「装飾の人はこっち見てください」と言っている。広報の人がポスター案を広げている。誰かが「ガムテどこ」と叫んでいる。ガムテープは目の前にある。けれど、今それを渡していいのかも分からない。
手伝いたいのに、手が出ない。
短い負けだった。
その子は、スマホに撮っておいた返事を見た。
今、いちばん人手が足りない作業はどれ?
一人でできる作業はある?
五分だけなら何をすればいい?
声に出す前に、一回だけ深呼吸した。
「あの」
実行委員が振り向いた。すでに三方向から呼ばれている顔だった。
「五分だけなら、何をすればいい?」
短い質問だった。
実行委員の顔が、一瞬だけ助かった顔になった。
「星、折れてないのだけ分けて。使える箱と、直す箱」
「分けるだけ?」
「うん。分けるだけで助かる」
分けるだけ。
その言葉は、思ったより強かった。
何かを作るわけではない。センスもいらない。全体を分かっていなくてもいい。星を見て、使えるものと直すものに分ける。手が、やっと作業を見つけた。
箱の中から星を一枚ずつ出す。
角が折れているもの。テープ跡が残っているもの。まだ使えそうなもの。裏に去年のクラス名が書いてあるもの。
去年の誰かが切った星だ。
今年の誰かが分けている。
文化祭は、当日だけのものではない。前の年のテープ跡まで、今年の準備に混ざってくる。
一方、腕章の実行委員は、廊下の掲示板の前でプリントを貼り直していた。
最初は一枚に全部書こうとしていた。けれど、返事を読んで、三つに分けた。
【今日やること】
・段ボールの中身を分ける
・係ごとの人数を確認する
・必要な道具を一つだけ書き出す
【今日やらないこと】
・当日の細かいシフト決定
・完成形の装飾決定
・買い出し
【困ったら聞く相手】
・実行委員の腕章の人
・各係の仮リーダー
・職員室前の提出箱はまだ使わない
貼った瞬間、少しだけ廊下の空気が変わった。
全部は解決していない。むしろ、やることはまだ多い。けれど、「今日やらないこと」が見えたぶん、今日が少し細くなった。細くなった道は、歩ける。
誰かが紙を見て言った。
「買い出し、今日じゃないんだ」
「今日じゃない」
「じゃあ財布持ってきてないの、負けじゃない?」
「負けじゃない」
「勝った」
「財布を忘れて勝つ日、あるんだ」
笑いが廊下に戻った。
チャイムが鳴った。
現実装置の音だった。文化祭準備の時間は、永遠ではない。気持ちが乗ってきても、焦っていても、チャイムは鳴る。時間切れは冷たいけれど、区切りでもある。
チャイムのあと、応援ポストにTHANKSが貼られた。
【THANKS】
「五分だけなら何をすればいい?」って聞きました。
星を分ける係になりました。
分けるだけでいいと言われて、やっと手が動きました。
手伝うって、大きいことをしなきゃいけないと思っていました。
その下に、実行委員の字らしいTHANKSも増えた。
【THANKS】
今日やること/今日やらないこと/困ったら聞く相手、に分けて貼りました。
質問がゼロにはならなかったけど、同じ質問が少し減りました。
「今日じゃない」があるだけで、説明する側も楽でした。
腕章が曲がっているのを三人に直されました。
最後の一行に、板の前が笑った。
「腕章、仕事してる」
「腕章にも手順が必要」
「まずまっすぐつける」
「今日やることに入れよう」
実行委員は、笑いながら腕章を直した。今度は少しだけまっすぐになった。完全ではない。でも文化祭準備のまっすぐは、だいたいそのくらいでいい。
夕方、もう一枚返事が貼られた。
【返事】
準備が多い日は、「全部できる人」にならなくていい。
今日の役割を小さく持つ。
星を分ける人。
テープを探す人。
紙を貼る人。
質問を短くする人。
「今日はやらない」を言う人。
文化祭は、一人の大活躍より、小さい役割が倒れない方が強い。
追伸:手順が多い日は、役割を小さくすると道になります。
役割を小さくすると道になる。
その言葉は、段ボールの底に落ちた金色の粉みたいに、地味に光った。
派手な準備ではない。まだ飾りも完成していない。企画名も仮のまま。買い出しもしていない。当日の入口だって、まだ誰も見えていない。
でも、使える星の箱と、直す星の箱ができた。
今日やらないことの紙が貼られた。
腕章が少しまっすぐになった。
ガムテープは、ようやく決まった場所に置かれた。
文化祭の準備は、楽しさに着く前に手順を通る。手順が多すぎて、楽しいところまで遠く見える日もある。
それでも、最初の一歩は大きな決意ではなくていい。
五分だけ。
分けるだけ。
今日はやらない、と書くだけ。
そんな小さい作業が、紙の森に道を作る。
帰り際、応援ポストの横に、誰かが小さな星を一枚貼った。使える箱に入れるには少し折れていて、捨てるには惜しい星だった。
折れた角を、透明テープで直してある。
星の下には、小さく一行。
【THANKS】
直す箱の一枚目、直しました。
文化祭はまだ始まっていない。
けれど準備の最初の日に、直す箱から一枚、戻ってきた。
それなら、今日だけはこれでいい。
追伸:大きな準備も、最初は「分けるだけ」の手から始まる。
頑張る人ほど、追伸に救われる。
追伸は週1以上、基本は14時更新
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