ハロウィン、仮装より先に手順

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/31 📚 シリーズ: 追伸は必ず。 📝 5,759文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

学校の片隅に置かれた「応援ポスト」。 HELP(困ってる)とTHANKS(助かった)を、誰でも匿名で入れられる。 返事も誰でも書ける。極稀に先生も書く。ただし、ひとつだけルールがある。 “追伸だけは必ず書くこと。” 中学も、高校も、大学も。 頑張り方に迷う誰かの紙に、知らない誰かの言葉が届く。 励ましじゃなくて、明日を軽くする「やり方」が、追伸に残る。 学園青春×短編連作 匿名お悩み相談(手紙) じんわり回復+時々クスッ 更新:週1は守ります。基本14時に届きます。たまに増えます。

本文

中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。

どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。

返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。

共通しているのはひとつだけ。

“追伸だけは必ず。”

 十月の終わり、廊下には小さいかぼちゃが増えた。

 紙で作ったかぼちゃ。

 シールのかぼちゃ。

 誰かの筆箱についた、少し悪い顔のかぼちゃ。

 文化祭の赤と青が片付いたあと、校舎は一度いつもの色に戻ったはずだった。けれど、戻りきる前に、今度はオレンジ色がすっと入り込んできた。

 ハロウィン。

 学校の正式行事ではない。

 それなのに、十月三十一日は、なんとなく何かをしなければいけない顔をしている。

 仮装。

 お菓子。

 写真。

 ちょっとした冗談。

 やってもいいし、やらなくてもいい。そういうものほど、難しい。やらなくてもいいなら気楽なはずなのに、周りが少しずつやっていると、急に「やらない自分」が目立つ。

 応援ポストの前にも、朝からHELPが貼られていた。

【HELP】

今日はハロウィンです。

友だちが少しだけ仮装してくるらしいです。

自分も何かした方がいいのかもしれないけど、何をすればいいか分かりません。

全力でやるのも恥ずかしいし、何もしないのも浮きそうです。

 その下に、別のHELP。

【HELP】

お菓子を配る流れになっています。

持ってくるべきなのか、もらうだけでもいいのか分かりません。

くれた人に何て返せばいいかも分からなくて、朝から少し緊張しています。

ハロウィンって、楽しいはずなのに手順が見えません。

 さらに横には、小さな紙。

【HELP】

仮装が苦手です。

でも、みんなが猫耳とかマントとかつけていると、自分だけ普通の人みたいで落ち着きません。

普通の人でいるのも仮装みたいに見えてきました。

どうしたらいいですか。

 普通の人でいるのも仮装。

 その一行で、板の前にいた子が少し笑った。笑ったけれど、分かる顔だった。

 ハロウィンは、派手な人だけのものに見える。けれど実際は、派手にする人だけでなく、少しだけ乗る人、見ている人、お菓子を一個だけ持つ人、何も持たずに笑う人、距離を取る人、全部が同じ廊下に並ぶ日だ。

 並び方の手順が見えないと、けっこう疲れる。

「仮装って、どこから仮装?」

「猫耳は仮装」

「黒い靴下は?」

「それは日常」

「かぼちゃのシールは?」

「軽仮装」

「軽仮装って何」

「軽自動車みたいに言うな」

 小さく笑いが起きた。

 文化祭ほどの熱ではない。けれど、文化祭後の静けさよりは少し浮いている。ハロウィンの廊下は、日常と非日常のあいだに、薄い紙を一枚挟んだようだった。

 最初の返事は、太い字で貼られた。

【返事】

ハロウィンは、仮装より先に手順を決めていい。

三段階にする。

①何もしない

②小物だけ

③一言だけ乗る

全部やる必要はない。

今日は②まで、でも十分参加です。

追伸:参加は全力変身だけではなく、小さい印をつけることでもできます。

 小さい印。

 その言葉で、板の前にいた子が自分の袖を見た。制服や私服の端に、小さいものをひとつ足すだけ。シール。黒いリボン。かぼちゃ色のペン。いつもの服のまま、少しだけ今日の札をつける。

 それなら、できる人もいる。

 次の返事は、丸い字だった。

【返事】

お菓子のやりとりは、先に返し方を決めておく。

もらったら、

「ありがとう」

「あとで食べる」

「持ってきてないけど、ありがとう」

でいい。

返せないことを、笑いでごまかさなくてもいい。

追伸:お菓子を返せなくても、お礼は返せます。

 お礼は返せる。

 その一文は、かなり実用だった。

 ハロウィンのお菓子は、小さいのに少し重い。渡されると、うれしい。でも、持ってきていないと焦る。もらうだけでいいのか。返すものがないと失礼なのか。家にある飴を持ってくればよかったのか。

 でも、返すのは物だけではない。

 ありがとう。

 あとで食べる。

 それだけで、やりとりは一度閉じられる。

 三枚目の返事は、少しふざけていた。けれど、最後はまじめだった。

【返事】

普通の人でいるのも、今日は立派な役です。

配役一覧

・全力仮装の人

・小物だけの人

・見る人

・写真を撮る人

・お菓子を受け取る人

・普通の人として通路を安定させる人

全員がマントをつけると、廊下が大変です。

追伸:普通でいる人がいるから、仮装している人も見えます。

 廊下が大変。

 その一文で、誰かが吹き出した。

「全員マント、危ない」

「階段で事故る」

「文化祭で走らないって決めたばっかりなのに」

「マントも走らない」

「マントに言っても聞かないだろ」

 笑いながら、少しだけ文化祭の記憶が戻ってきた。

 走らない勝ち方。

 入口。

 迷子の回収。

 水。

 仮装より先に手順。

 結局、どんな行事でも、手順があると人は少し楽になる。

 最初のHELPを書いた子は、朝の机でペンケースを開いた。

 中には、いつものシャープペンと消しゴムと、文化祭のときに余った小さい星のシールが入っていた。金色の星。端が少し折れている。たぶん、使える箱と直す箱のあいだを行ったり来たりした星だ。

 ハロウィンらしくはない。

 かぼちゃでも、おばけでも、黒猫でもない。

 でも、小さい印ではある。

 その子は、ノートの端に星を貼った。

 貼ってから、少し考える。

 見えるところに貼った方がいいのか。

 でも目立つのは恥ずかしい。

 ノートなら、開いたときだけ見える。閉じれば普通。開くと少しだけ今日。

 それでいい気がした。

 教室に入ると、猫耳の子がいた。黒いマントの子もいた。かぼちゃのシールをほっぺたに貼っている子もいた。全力ではない。けれど、みんな少しだけいつもと違う。

「何かした?」

 友だちに聞かれた。

 その子は、一瞬固まった。

 何か。

 ノートの端の星。

 ハロウィンらしくない。

 答えるほどではないかもしれない。でも、何もしていないわけではない。

 短い負けが来た。

 こういうとき、言葉が遅れる。遅れると、何もしていない人になる気がする。何もしていない人でもいいはずなのに、今日は少しだけ言いたかった。

「星を貼った」

「どこに?」

 ノートを開く。

 金色の星が、端に一つ。

「ハロウィン?」

「仮装じゃないけど、今日の印」

 友だちは少し見て、それから笑った。

「いいじゃん。星の係」

「何それ」

「ハロウィンの星係」

「そんな係ある?」

「今できた」

 星係。

 変な係だった。

 でも、文化祭では休憩係も仮採用された。箱の名札係も、聞く箱を見る人もいた。なら、ハロウィンの星係がいてもいい。役割は、ときどき名前をつけた瞬間に立ち上がる。

 別の場所では、お菓子のHELPを書いた子が、朝から小さく緊張していた。

 机の上には何もない。

 お菓子を持ってきていない。

 持ってくるつもりがなかったわけではない。昨日の夜に少し考えた。でも、どれを持っていけばいいのか分からなかった。個包装がいいのか。飴でいいのか。チョコは溶けるのか。全員分いるのか。特定の友だちだけに渡すと変なのか。

 考えているうちに、何も持ってこなかった。

 そして今、隣の子が小さい袋を出した。

「ハロウィンだから、はい」

 かぼちゃの絵がついたキャンディだった。

 手のひらに置かれる。

 軽い。

 でも、気持ちだけ少し重い。

 返せない。

 何も持ってきていない。

 笑ってごまかすか。ごめんと言うか。明日返すと言うか。明日だとハロウィンではない。そもそも返す約束をしたら、また重くなる。

 返事の言葉が浮かんだ。

 ありがとう。

 あとで食べる。

 持ってきてないけど、ありがとう。

 その子は、息を吸った。

「持ってきてないけど、ありがとう。あとで食べる」

 隣の子は、あっさり笑った。

「いいよ。余ったから」

 余ったから。

 それだけだった。

 世界は、返せないお菓子で崩れなかった。

 キャンディは机の端に置かれた。小さいかぼちゃが、こちらを見ている。少し悪い顔。でも、さっきより怖くない。

 昼休み、応援ポストの前にはTHANKSが増えた。

【THANKS】

仮装はしませんでした。

ノートの端に金色の星を貼りました。

友だちに聞かれて「今日の印」と言えました。

星係になりました。

何もしないと全力仮装のあいだに、小さい場所があるのが助かりました。

 その下に、別のTHANKS。

【THANKS】

お菓子をもらいました。

持ってきていないので焦ったけど、「持ってきてないけど、ありがとう。あとで食べる」と言えました。

返せなくても、お礼は返せる、が本当にそのまま使えました。

キャンディはかぼちゃの顔でした。

 さらに、少し小さい字のTHANKS。

【THANKS】

普通でいました。

でも、普通でいる人がいるから仮装している人も見える、を読んで少し楽でした。

今日は通路を安定させる役をします。

マントの人が階段で広がりすぎていたので、少しよけました。

 通路を安定させる役。

 その言葉に、板の前で笑いが起きた。

「普通係」

「通路安定係」

「また係が増えた」

「文化祭の後遺症」

「でも大事」

 実際、マントは少し危なかった。

 本人は悪くない。布が悪い。布は人の想定より広がる。階段で後ろの人に当たりそうになったり、椅子の角に引っかかったりする。

 仮装は楽しい。

 でも、楽しいものにも導線がいる。

 午後、廊下の掲示板に小さな案内が貼られた。

【ハロウィン小手順】

・写真は聞いてから

・お菓子は無理に返さない

・仮装の布は階段でまとめる

・見るだけも参加

・何もしない人に「なんでしないの」と聞かない

 最後の一行は、かなり大事だった。

 何もしない人に、なんでしないのと聞かない。

 その問いは、軽く見えて重い。言った側はただの会話でも、言われた側は自分の普通を説明しなければならなくなる。なぜ仮装しないのか。なぜお菓子を持ってこないのか。なぜ写真に入らないのか。

 理由があるときもある。

 ないときもある。

 理由がなくても、しないことはできる。

 その案内を読んだマントの子が、布を軽くたたんだ。

「これ、階段で危ないらしい」

「マントも手順がいる」

「マント手順」

「まず広がらない」

「次に人を巻き込まない」

「最後にかっこよく去る」

「最後だけ難しい」

 廊下が少し笑った。

 笑いながら、マントの子は階段で布をまとめた。後ろの人が通りやすくなった。派手な仮装の人も、手順を持つと周りと一緒にいられる。

 大学の掲示板には、別のHELPが出ていた。

【HELP】

写真に入るのが苦手です。

ハロウィンの小物をつけていると、写真撮ろうと言われます。

断ると空気を壊しそうで、でも写りたくありません。

どう断ればいいですか。

 返事は、短かった。

【返事】

写真が苦手な人は、断る言葉を先に持っていい。

「今日は写らないで見る係」

「撮る側に回る」

「小物だけ撮っていい」

「あとで見せて」

写真に入らないことは、参加しないことと同じではありません。

追伸:写らない参加もあります。

 写らない参加。

 その言葉は、ハロウィンの午後にとてもよく効いた。

 仮装は見られるものだと思われがちだ。写真に撮るものだと思われがちだ。でも、少しだけ小物をつけたい人と、写真に写りたい人は同じではない。見たい人、撮りたい人、写りたくない人。それぞれの入口がいる。

 夕方近く、応援ポストにはさらにTHANKSが増えた。

【THANKS】

写真に入るのを断れました。

「今日は写らないで見る係」と言ったら、じゃあ撮ってと言われました。

撮る側なら平気でした。

小物だけ撮ってもらった写真もあります。

写らない参加、が助かりました。

 その下に、マントの子らしいTHANKS。

【THANKS】

階段でマントをまとめました。

布が思ったより広がっていました。

仮装している側にも手順がいると分かりました。

最後にかっこよく去るのは失敗しました。

 板の前で誰かが笑った。

「かっこよく去る、失敗」

「そこが一番難しい」

「手順不足」

「来年へ持ち越し」

 最後に、白い返事が一枚貼られた。

【返事】

ハロウィンは、変身できる人だけの日ではありません。

小さい印をつける人。

お菓子を受け取る人。

ありがとうだけ返す人。

写らないで見る人。

普通で通路を安定させる人。

仮装の布を階段でまとめる人。

それぞれに手順があります。

楽しい日ほど、手順を先に置くと、参加の形が増えます。

追伸:仮装しない人にも、今日を通るための小さい仮面はあっていい。

 小さい仮面。

 それは、顔につけるものではないかもしれない。

 ノートの端の金色の星。

 持ってきてないけど、ありがとう。

 見る係。

 写らない参加。

 通路安定係。

 階段でマントをまとめること。

 そういう小さい手順が、今日の仮面になる。

 夕方、廊下のかぼちゃシールが少し剥がれかけていた。誰かが指で押さえる。文化祭の紙を直したときと同じ手つきだった。

「また紙、鳴る?」

「今日はシールだから鳴らない」

「でも剥がれる」

「剥がれたら貼る」

 当たり前の会話だった。

 でも、その当たり前が今日の結論に近かった。

 剥がれたら貼る。

 困ったら手順。

 浮いたら押さえる。

 渡されたらありがとう。

 写りたくなければ、撮る側へ。

 全力で変身しなくても、小さい印で今日を通れる。

 ハロウィンの学校は、夕方になって少しずつ普通へ戻っていった。

 猫耳が外される。

 マントがたたまれる。

 かぼちゃのキャンディがひとつ、机の端で食べられる。

 ノートの金色の星は、そのまま残った。ハロウィンらしくない星。でも、今日の印としては十分だった。

 帰り際、応援ポストの前に小さなTHANKSが一枚貼られた。

【THANKS】

仮装より先に手順があってよかったです。

星係、今日は終了します。

星はノートに残します。

 それだけだった。

 短いけれど、ちゃんと終わっていた。

 ハロウィンは、学校の正式行事ではない。

 でも、何かしなければいけない顔をして近づいてくる日には、手順がいる。全力で乗る人にも、少しだけ乗る人にも、乗らない人にも、受け取る人にも、断る人にも。

 仮装より先に、手順。

 それなら、今日も普通の廊下を少しだけ楽しく通れる。

 追伸:小さい印ひとつで通れる日なら、変身しきれない自分も置いていかれない。

頑張る人ほど、追伸に救われる。

追伸は週1以上、基本は14時更新

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