ハロウィン、仮装より先に手順
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
学校の片隅に置かれた「応援ポスト」。 HELP(困ってる)とTHANKS(助かった)を、誰でも匿名で入れられる。 返事も誰でも書ける。極稀に先生も書く。ただし、ひとつだけルールがある。 “追伸だけは必ず書くこと。” 中学も、高校も、大学も。 頑張り方に迷う誰かの紙に、知らない誰かの言葉が届く。 励ましじゃなくて、明日を軽くする「やり方」が、追伸に残る。 学園青春×短編連作 匿名お悩み相談(手紙) じんわり回復+時々クスッ 更新:週1は守ります。基本14時に届きます。たまに増えます。
本文
中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。
どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。
返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。
共通しているのはひとつだけ。
“追伸だけは必ず。”
十月の終わり、廊下には小さいかぼちゃが増えた。
紙で作ったかぼちゃ。
シールのかぼちゃ。
誰かの筆箱についた、少し悪い顔のかぼちゃ。
文化祭の赤と青が片付いたあと、校舎は一度いつもの色に戻ったはずだった。けれど、戻りきる前に、今度はオレンジ色がすっと入り込んできた。
ハロウィン。
学校の正式行事ではない。
それなのに、十月三十一日は、なんとなく何かをしなければいけない顔をしている。
仮装。
お菓子。
写真。
ちょっとした冗談。
やってもいいし、やらなくてもいい。そういうものほど、難しい。やらなくてもいいなら気楽なはずなのに、周りが少しずつやっていると、急に「やらない自分」が目立つ。
応援ポストの前にも、朝からHELPが貼られていた。
【HELP】
今日はハロウィンです。
友だちが少しだけ仮装してくるらしいです。
自分も何かした方がいいのかもしれないけど、何をすればいいか分かりません。
全力でやるのも恥ずかしいし、何もしないのも浮きそうです。
その下に、別のHELP。
【HELP】
お菓子を配る流れになっています。
持ってくるべきなのか、もらうだけでもいいのか分かりません。
くれた人に何て返せばいいかも分からなくて、朝から少し緊張しています。
ハロウィンって、楽しいはずなのに手順が見えません。
さらに横には、小さな紙。
【HELP】
仮装が苦手です。
でも、みんなが猫耳とかマントとかつけていると、自分だけ普通の人みたいで落ち着きません。
普通の人でいるのも仮装みたいに見えてきました。
どうしたらいいですか。
普通の人でいるのも仮装。
その一行で、板の前にいた子が少し笑った。笑ったけれど、分かる顔だった。
ハロウィンは、派手な人だけのものに見える。けれど実際は、派手にする人だけでなく、少しだけ乗る人、見ている人、お菓子を一個だけ持つ人、何も持たずに笑う人、距離を取る人、全部が同じ廊下に並ぶ日だ。
並び方の手順が見えないと、けっこう疲れる。
「仮装って、どこから仮装?」
「猫耳は仮装」
「黒い靴下は?」
「それは日常」
「かぼちゃのシールは?」
「軽仮装」
「軽仮装って何」
「軽自動車みたいに言うな」
小さく笑いが起きた。
文化祭ほどの熱ではない。けれど、文化祭後の静けさよりは少し浮いている。ハロウィンの廊下は、日常と非日常のあいだに、薄い紙を一枚挟んだようだった。
最初の返事は、太い字で貼られた。
【返事】
ハロウィンは、仮装より先に手順を決めていい。
三段階にする。
①何もしない
②小物だけ
③一言だけ乗る
全部やる必要はない。
今日は②まで、でも十分参加です。
追伸:参加は全力変身だけではなく、小さい印をつけることでもできます。
小さい印。
その言葉で、板の前にいた子が自分の袖を見た。制服や私服の端に、小さいものをひとつ足すだけ。シール。黒いリボン。かぼちゃ色のペン。いつもの服のまま、少しだけ今日の札をつける。
それなら、できる人もいる。
次の返事は、丸い字だった。
【返事】
お菓子のやりとりは、先に返し方を決めておく。
もらったら、
「ありがとう」
「あとで食べる」
「持ってきてないけど、ありがとう」
でいい。
返せないことを、笑いでごまかさなくてもいい。
追伸:お菓子を返せなくても、お礼は返せます。
お礼は返せる。
その一文は、かなり実用だった。
ハロウィンのお菓子は、小さいのに少し重い。渡されると、うれしい。でも、持ってきていないと焦る。もらうだけでいいのか。返すものがないと失礼なのか。家にある飴を持ってくればよかったのか。
でも、返すのは物だけではない。
ありがとう。
あとで食べる。
それだけで、やりとりは一度閉じられる。
三枚目の返事は、少しふざけていた。けれど、最後はまじめだった。
【返事】
普通の人でいるのも、今日は立派な役です。
配役一覧
・全力仮装の人
・小物だけの人
・見る人
・写真を撮る人
・お菓子を受け取る人
・普通の人として通路を安定させる人
全員がマントをつけると、廊下が大変です。
追伸:普通でいる人がいるから、仮装している人も見えます。
廊下が大変。
その一文で、誰かが吹き出した。
「全員マント、危ない」
「階段で事故る」
「文化祭で走らないって決めたばっかりなのに」
「マントも走らない」
「マントに言っても聞かないだろ」
笑いながら、少しだけ文化祭の記憶が戻ってきた。
走らない勝ち方。
入口。
迷子の回収。
水。
仮装より先に手順。
結局、どんな行事でも、手順があると人は少し楽になる。
最初のHELPを書いた子は、朝の机でペンケースを開いた。
中には、いつものシャープペンと消しゴムと、文化祭のときに余った小さい星のシールが入っていた。金色の星。端が少し折れている。たぶん、使える箱と直す箱のあいだを行ったり来たりした星だ。
ハロウィンらしくはない。
かぼちゃでも、おばけでも、黒猫でもない。
でも、小さい印ではある。
その子は、ノートの端に星を貼った。
貼ってから、少し考える。
見えるところに貼った方がいいのか。
でも目立つのは恥ずかしい。
ノートなら、開いたときだけ見える。閉じれば普通。開くと少しだけ今日。
それでいい気がした。
教室に入ると、猫耳の子がいた。黒いマントの子もいた。かぼちゃのシールをほっぺたに貼っている子もいた。全力ではない。けれど、みんな少しだけいつもと違う。
「何かした?」
友だちに聞かれた。
その子は、一瞬固まった。
何か。
ノートの端の星。
ハロウィンらしくない。
答えるほどではないかもしれない。でも、何もしていないわけではない。
短い負けが来た。
こういうとき、言葉が遅れる。遅れると、何もしていない人になる気がする。何もしていない人でもいいはずなのに、今日は少しだけ言いたかった。
「星を貼った」
「どこに?」
ノートを開く。
金色の星が、端に一つ。
「ハロウィン?」
「仮装じゃないけど、今日の印」
友だちは少し見て、それから笑った。
「いいじゃん。星の係」
「何それ」
「ハロウィンの星係」
「そんな係ある?」
「今できた」
星係。
変な係だった。
でも、文化祭では休憩係も仮採用された。箱の名札係も、聞く箱を見る人もいた。なら、ハロウィンの星係がいてもいい。役割は、ときどき名前をつけた瞬間に立ち上がる。
別の場所では、お菓子のHELPを書いた子が、朝から小さく緊張していた。
机の上には何もない。
お菓子を持ってきていない。
持ってくるつもりがなかったわけではない。昨日の夜に少し考えた。でも、どれを持っていけばいいのか分からなかった。個包装がいいのか。飴でいいのか。チョコは溶けるのか。全員分いるのか。特定の友だちだけに渡すと変なのか。
考えているうちに、何も持ってこなかった。
そして今、隣の子が小さい袋を出した。
「ハロウィンだから、はい」
かぼちゃの絵がついたキャンディだった。
手のひらに置かれる。
軽い。
でも、気持ちだけ少し重い。
返せない。
何も持ってきていない。
笑ってごまかすか。ごめんと言うか。明日返すと言うか。明日だとハロウィンではない。そもそも返す約束をしたら、また重くなる。
返事の言葉が浮かんだ。
ありがとう。
あとで食べる。
持ってきてないけど、ありがとう。
その子は、息を吸った。
「持ってきてないけど、ありがとう。あとで食べる」
隣の子は、あっさり笑った。
「いいよ。余ったから」
余ったから。
それだけだった。
世界は、返せないお菓子で崩れなかった。
キャンディは机の端に置かれた。小さいかぼちゃが、こちらを見ている。少し悪い顔。でも、さっきより怖くない。
昼休み、応援ポストの前にはTHANKSが増えた。
【THANKS】
仮装はしませんでした。
ノートの端に金色の星を貼りました。
友だちに聞かれて「今日の印」と言えました。
星係になりました。
何もしないと全力仮装のあいだに、小さい場所があるのが助かりました。
その下に、別のTHANKS。
【THANKS】
お菓子をもらいました。
持ってきていないので焦ったけど、「持ってきてないけど、ありがとう。あとで食べる」と言えました。
返せなくても、お礼は返せる、が本当にそのまま使えました。
キャンディはかぼちゃの顔でした。
さらに、少し小さい字のTHANKS。
【THANKS】
普通でいました。
でも、普通でいる人がいるから仮装している人も見える、を読んで少し楽でした。
今日は通路を安定させる役をします。
マントの人が階段で広がりすぎていたので、少しよけました。
通路を安定させる役。
その言葉に、板の前で笑いが起きた。
「普通係」
「通路安定係」
「また係が増えた」
「文化祭の後遺症」
「でも大事」
実際、マントは少し危なかった。
本人は悪くない。布が悪い。布は人の想定より広がる。階段で後ろの人に当たりそうになったり、椅子の角に引っかかったりする。
仮装は楽しい。
でも、楽しいものにも導線がいる。
午後、廊下の掲示板に小さな案内が貼られた。
【ハロウィン小手順】
・写真は聞いてから
・お菓子は無理に返さない
・仮装の布は階段でまとめる
・見るだけも参加
・何もしない人に「なんでしないの」と聞かない
最後の一行は、かなり大事だった。
何もしない人に、なんでしないのと聞かない。
その問いは、軽く見えて重い。言った側はただの会話でも、言われた側は自分の普通を説明しなければならなくなる。なぜ仮装しないのか。なぜお菓子を持ってこないのか。なぜ写真に入らないのか。
理由があるときもある。
ないときもある。
理由がなくても、しないことはできる。
その案内を読んだマントの子が、布を軽くたたんだ。
「これ、階段で危ないらしい」
「マントも手順がいる」
「マント手順」
「まず広がらない」
「次に人を巻き込まない」
「最後にかっこよく去る」
「最後だけ難しい」
廊下が少し笑った。
笑いながら、マントの子は階段で布をまとめた。後ろの人が通りやすくなった。派手な仮装の人も、手順を持つと周りと一緒にいられる。
大学の掲示板には、別のHELPが出ていた。
【HELP】
写真に入るのが苦手です。
ハロウィンの小物をつけていると、写真撮ろうと言われます。
断ると空気を壊しそうで、でも写りたくありません。
どう断ればいいですか。
返事は、短かった。
【返事】
写真が苦手な人は、断る言葉を先に持っていい。
「今日は写らないで見る係」
「撮る側に回る」
「小物だけ撮っていい」
「あとで見せて」
写真に入らないことは、参加しないことと同じではありません。
追伸:写らない参加もあります。
写らない参加。
その言葉は、ハロウィンの午後にとてもよく効いた。
仮装は見られるものだと思われがちだ。写真に撮るものだと思われがちだ。でも、少しだけ小物をつけたい人と、写真に写りたい人は同じではない。見たい人、撮りたい人、写りたくない人。それぞれの入口がいる。
夕方近く、応援ポストにはさらにTHANKSが増えた。
【THANKS】
写真に入るのを断れました。
「今日は写らないで見る係」と言ったら、じゃあ撮ってと言われました。
撮る側なら平気でした。
小物だけ撮ってもらった写真もあります。
写らない参加、が助かりました。
その下に、マントの子らしいTHANKS。
【THANKS】
階段でマントをまとめました。
布が思ったより広がっていました。
仮装している側にも手順がいると分かりました。
最後にかっこよく去るのは失敗しました。
板の前で誰かが笑った。
「かっこよく去る、失敗」
「そこが一番難しい」
「手順不足」
「来年へ持ち越し」
最後に、白い返事が一枚貼られた。
【返事】
ハロウィンは、変身できる人だけの日ではありません。
小さい印をつける人。
お菓子を受け取る人。
ありがとうだけ返す人。
写らないで見る人。
普通で通路を安定させる人。
仮装の布を階段でまとめる人。
それぞれに手順があります。
楽しい日ほど、手順を先に置くと、参加の形が増えます。
追伸:仮装しない人にも、今日を通るための小さい仮面はあっていい。
小さい仮面。
それは、顔につけるものではないかもしれない。
ノートの端の金色の星。
持ってきてないけど、ありがとう。
見る係。
写らない参加。
通路安定係。
階段でマントをまとめること。
そういう小さい手順が、今日の仮面になる。
夕方、廊下のかぼちゃシールが少し剥がれかけていた。誰かが指で押さえる。文化祭の紙を直したときと同じ手つきだった。
「また紙、鳴る?」
「今日はシールだから鳴らない」
「でも剥がれる」
「剥がれたら貼る」
当たり前の会話だった。
でも、その当たり前が今日の結論に近かった。
剥がれたら貼る。
困ったら手順。
浮いたら押さえる。
渡されたらありがとう。
写りたくなければ、撮る側へ。
全力で変身しなくても、小さい印で今日を通れる。
ハロウィンの学校は、夕方になって少しずつ普通へ戻っていった。
猫耳が外される。
マントがたたまれる。
かぼちゃのキャンディがひとつ、机の端で食べられる。
ノートの金色の星は、そのまま残った。ハロウィンらしくない星。でも、今日の印としては十分だった。
帰り際、応援ポストの前に小さなTHANKSが一枚貼られた。
【THANKS】
仮装より先に手順があってよかったです。
星係、今日は終了します。
星はノートに残します。
それだけだった。
短いけれど、ちゃんと終わっていた。
ハロウィンは、学校の正式行事ではない。
でも、何かしなければいけない顔をして近づいてくる日には、手順がいる。全力で乗る人にも、少しだけ乗る人にも、乗らない人にも、受け取る人にも、断る人にも。
仮装より先に、手順。
それなら、今日も普通の廊下を少しだけ楽しく通れる。
追伸:小さい印ひとつで通れる日なら、変身しきれない自分も置いていかれない。
頑張る人ほど、追伸に救われる。
追伸は週1以上、基本は14時更新