27話 奈央の持ち込み相談

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📅 公開日: 2026/7/27 📚 シリーズ: 風待町シリーズ ~寺~ 📝 2,829文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

風待町シリーズ ~寺~ - 27話 奈央の持ち込み相談

本文

山門の石の上で、厚い紙の角がぱた、と軽く鳴った。

 花の札に使う、少しかたい紙だった。手で折るほどではないのに、指でしならせると、わずかに戻ってくる。花房奈央はその束を掌で押さえ直して、門の内側を見た。

「こんにちは」

 先に声を置くと、勝手口のほうから美琴が顔を出した。濡れた手を布巾で拭きながら、奈央の手元の紙束へすぐ目が行く。

「あら、こんにちは」

 返事は明るかった。けれど、その次の「あら」は少し意味が違う。花束でも鉢でもなく、奈央が紙だけ持って立っているのが珍しかったのだろう。

「今日は花じゃないんです」

 奈央が先に言う。

「見ればそうですねえ」

 美琴は笑う。

「どうしました?」

 奈央は手の中の札を一枚だけ持ち上げた。白い小札で、上のほうに穴がひとつ開いている。細い針金を通して花束へつけるやつだ。表はつるっとしていて、裏はややざらつく。

「最近、お店で寺さんのこと聞かれることが増えてて」

「うちのですか」

「はい。花を持っていくならいつがいいとか、誰もいない時はどうしたらいいとか、名前は書くのかとか」

 言いながら奈央は、持ってきた札をもう一枚、もう一枚とずらして見せた。どれもまだ白いままなのに、並ぶともう何か書かれそうな顔をする。

「私、花のことならいいんですけど、寺さんの答えまで勝手に言うのも違うかなと思って」

 そこで美琴は小さくうなずいた。

「なるほど」

 返事が早い。早いけれど、すぐに結論へは行かない。先に奈央の持ってきたものをひとつ受け取る。札の紙は思ったよりしっかりしていて、指先へひやりと冷たい。

「立ったままも何ですし、どうぞ」

「でも、これ相談なので」

「相談なら、なおさら座ったほうが早いでしょう」

 明るくそう返して、美琴は門を半歩あける。奈央は一瞬だけ迷ったが、札の束を持ち直してうなずいた。

「じゃあ、少しだけ」

 台所では、湯気の中へ札の白さが少し浮いた。

 美琴が盆をよけて、流しの横の乾いたところへ札を置く。ぱた、ぱた、と軽い音がして、台所の音の中へ妙にまっすぐ混ざった。奈央はその横へ、小さい鉛筆まで出した。花屋で使う短いので、先だけよく削れている。

「店ではこれで名前だけ書いたりするんです」

「ちょうどいいですねえ」

 美琴は札を指で軽くそろえた。つるっとした表面が揃うと、束の端だけが少し光る。花屋のものなのに、台所へ置くと何となく家の中の紙にも見える。

「どのくらい聞かれるんですか」

 美琴が聞くと、奈央は少し考えた。

「急に毎日じゃないです。けど、一人聞くと、次もっていう感じで」

「広がりますねえ」

「広がります」

 そこだけは、二人とも笑った。

 智明が茶の間から入ってきたのは、その時だった。札の束と奈央を見て、状況だけすぐ取る。

「何だそれ」

「相談です」

 美琴が先に答える。

「花屋さんが寺のこと聞かれるって」

 智明はそこで、奈央の手元の札を見た。白い小札。短い鉛筆。花屋の窓口そのものみたいな並びだった。

「どこまで答えてるんですか」

 聞き方が現実的だった。奈央はそこで少しほっとした顔をする。

「今は、ほとんど答えてません。『寺さんに聞いてみます』で止めてて」

「それでいいです」

 智明はすぐ言った。

「花屋さんで決めなくていい。預かるなら、名前と、何を聞きたいかだけで十分です」

 奈央はほっとしたように、でもまだ少し気にするように札をなでた。

「花を持っていく時間とかも、ですか」

「時間を店で決めると、ずれた時に困るでしょう」

「そうですね」

「寺のことは寺で返します」

 そこで線が引かれた。ふわっとした慰めではなく、どこまで背負うかの線だ。

 美琴はその線をすぐ生活へ落とした。

「じゃあ、札にはお名前と、『花』『相談』くらいあれば足りますね」

「それなら書けます」

 奈央が言う。

「あと、誰もいない時」

 智明が少し考えてから、台所の勝手口のほうを見る。山門、縁側、茶の間。今はたいてい誰かいる。けれど、絶対ではない。

「その時は、山門の木箱でいい」

「木箱?」

 奈央が聞く。

「張り紙の下にあるだろ。今は空いてるやつ」

 犬の張り紙をつけた時に、横へ寄せた小さい木箱がある。前は何でもない箱だったが、今は門の紙の近くにあるせいで、受け皿めいた顔をしていた。

「札だけならそこへ入る」

「花そのものは」

「それは店で預からないでください」

 智明はそこをはっきり言った。

「持っていくなら持ってきてもらう。預かるのは札まででいい」

「はい」

 奈央は素直にうなずく。店で抱えすぎない線が見えると、顔が少し軽くなる。

 美琴は札を一枚取り、短い鉛筆でためしに書いてみた。

 花房

 花

 山門へ

 たったそれだけだ。けれど、白い札へ字が入ると、何を預かるものかが急にはっきりする。書いた札を台所の端へ置くと、紙の角が木へ軽く当たって、ぱた、と小さく鳴った。

「分かりやすいですねえ」

「花屋っぽいですし」

 奈央が少し笑う。

「札って、こういう時も使えるんですね」

「もう使ってますよ」

 美琴が明るく返す。

「寺のほうへ半歩入ってます」

 智明はそこで一度だけ、札の束を見た。花屋のものだ。けれど、寺の相談を預かるなら、その形のほうが町には合っているのかもしれない。

「増やしすぎないでくださいね」

 奈央へ向けたのか、美琴へ向けたのか少し曖昧な言い方だった。

「札がですか」

「窓口がだ」

 智明が答える。

 奈央はその言い方に、ちゃんと分かった顔でうなずいた。

「分かりました。答えを背負わないで、名前だけ預かります」

「それで十分です」

 話が決まると、台所の空気は急に軽くなる。美琴が湯のみを二つ茶の間へ運び、奈央は残りの札を束ね直す。紙の縁が指に当たって、つるっとした感触がまた戻る。持ってきた時より、少し意味のある束になった気がした。

 帰る前に、美琴はためしに書いた一枚を奈央へ返そうとして、少し止まった。

「これ、一枚、置いときます?」

 智明が見る。

 奈央も見る。

 書いてあるのは大したことではない。

 花房。花。山門へ。

 それだけの札だ。

「置いといてもいいですね」

 奈央が言った。

「見本になりますし」

 美琴はすぐに、物置から出てきた小さい器を一つ持ってきた。白地に薄い青が入った、浅い器だ。前は甘夏をのせたり、短い鉛筆を置いたりしていたやつで、今は茶の間の棚の端に空いている。

 そこへ見本の札を一枚だけ立てかける。札の角が器の縁に触れて、ちん、と細い音がした。

 その音で、茶の間の棚の並びがわずかに変わった。

 白い器。

 白い札。

 短い字。

 奈央は帰り際、山門の木箱を一度だけ見た。犬の張り紙の下、小さい箱。前からあったのに、今は札が入る場所として見える。

「じゃあ、困ったらまず札で」

「はい」

「花は持たせる」

「それで」

 短いやり取りで済むくらいには、形ができていた。

 山門の外へ出る時、奈央の手の中の札がまたぱた、と鳴る。最初に来た時と同じ音なのに、今は行き先が一つに寄ったみたいに聞こえた。

 茶の間の棚では、見本の札が小さい器に立てかけられたままだ。

 器の縁へ紙の角がふれている。

 まだ鳴らないまま、その位置だけが先に決まっていた。

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