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共に歩いてくれる人を夢見て、私は今日も歩いてます~休日の優雅なランチ散歩、現在地は4キロ地点~

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/21 📝 6,271文字 ✅ 全年齢

あらすじ

帰宅してうっかり暖房をつけてしまい 落としたキャベツは見なかったことにする おいしいランチを食べに行こう それだけで前日の夜はちょっと幸せになれる ちょっとずぼらでちょっと抜けている でも休日はちゃんと楽しみたい―― スマホで見つけたお店を目指して家を出る 春のやわらかな風 見慣れた住宅街 スマホで見つけたおいしそうなハンバーグのお店 何気ない景色まで 休日の魔法で少しだけ『特別』に見える 自宅からたった2キロ 運動不足解消にもぴったりな距離 気楽で優雅な休日になる そう思っていた―― お気に入りの服に着替えて 少し浮かれた気分で歩き出す ただの散歩のはずだった―― 何でもない景色も 何気ない寄り道も ひとつずつ今日を変えていく ひとりで歩く時間の先にあるものを 少しずつ見つけていく―― ――そう思っていた 春の青春物語

本文

「ただいま」

 誰もいない部屋に呟き、玄関でパンプスを脱ぎ捨てる。

 右足は見事に裏返ったが気にせず、毛玉の目立つモコモコのルームウェアに着替えて「ふぅ」と一息ついた時だった。

 彼女の頬を、はっきりと『熱い』風がなでた。

「……ん?」

 見上げると、エアコンが全力で温風を吹き出している。

 設定は堂々の24度だ。

「……あ。私、なんで暖房入れたんだろ」

 外はすっかり春。なのに『帰宅=暖房』の冬のルーティンが誤作動したらしい。

「消すのも負けた気がする……」

 謎のプライドと戦いつつスイッチを切り。

 窓を開ける。

 夜の春風が熱気をさらった。

「春だなぁ」

 私は小さく笑った。

 お腹が鳴り、キッチンへ。

 キャベツをざく切りにしてひとかけら床に落としたが、スリッパで冷蔵庫の隙間へ押しやる。

 焼肉のタレをこぼし、ティッシュで拭いたままコンロ横に放置。

 完成した豚キャベツ炒めを食べながら、明日の休日の『無限の選択肢』を考える。

「天気も良さそうだし、散歩がてらスマホで調べて、美味しそうなお店でランチしよう!」

 食後、勢いよく出した洗剤の泡がお皿の裏に残ったまま水切りかごへ。

 洗濯機にこぼれた洗剤は、脱いだ靴下で拭き取ってそのままポイ。

 部屋干ししっぱなしのバスタオルを濡れた体のまま取りに行き、床に残った足跡は自然乾燥に任せる。

 すべてのミッションを終え、豆電球の明かりの中、モコモコの布団にくるまる。

 アラームをすべてオフにし、明日の散歩に思いを馳せながらスマホで動画を眺める。

 休日前夜の安心感が、強力な睡眠薬となって彼女を包み込む。

 徐々に手の力が抜け、スマホが傾き——。

「痛っ!!!」

 ゴツッ、という鈍い音と共に、スマホの角が鼻の頭を直撃した。

「い、いったぁ……もう、最悪……」

 涙目でスマホを投げ捨てる。

「まあいい、明日は休みだ。鼻が赤くても、知らない街を散歩するだけだからバレないだろう」

「おやすみ、私……」

 ひっくり返ったパンプスも。

 冷蔵庫の横のキャベツも。

 すべてが彼女の平和な寝息と共に夜の闇に溶けていった。

 ―― 明日の美味しいランチを夢見ながら。

* * *

 チュンチュン……なんて可愛らしい小鳥のさえずりじゃなくて、遠くで響くカラスの「アホー」という鳴き声で目が覚めた。

 時刻は……見ない!

 今は見ない!

 だって今日は待ちに待った休日!

 アラームという現代社会の冷酷な鎖から完全に解き放たれた、自由な魂の目覚めなのだから!

 モゾモゾと掛け布団から這い出し、昨日の夜、鼻面に見事なクリーンヒットを決めたスマホを手探りで引き寄せる。

 幸い、鼻骨は無事だったし、スマホの画面も割れていない。

 最高の休日の幕開けだ。

「さてさて、今日の魅惑のランチタイムは……っと」

 ベッドの上でイモムシ状態のまま、グルメアプリを起動。

 スクロール

 スクロール

 タップ。

 戻って

 またスクロール

 無限の選択肢が私の指先に委ねられている。

「おっ、ここ良さそう! 『木漏れ日キッチン』。写真のハンバーグ、めっちゃ肉汁溢れてるし! 付け合わせのナポリタンもレトロでいい感じ。自家製プリンも捨てがたい……よし、今日の目的地は君に決めた!」

 アプリの情報によると、距離は自宅から2キロちょっと。

「2キロかぁ。往復で4キロ。うんうん、日頃のデスクワークによる運動不足を解消する『健康的な散歩』にちょうどいい距離じゃないの。完璧な計画だわ、私」

 名案に自画自賛しつつ、鼻歌交じりにベッドから飛び起きる。

 昨日の夜、裏返しのまま干したTシャツ……は流石に家着用にして、お出かけ用のお気に入りの服に着替え、ピンクのメリージェーンに足を突っ込む。

 玄関のドアを開けると、まばゆい太陽の光と、少しだけ冷たいけれど心地よい風が私を包み込んだ。

「いざ、未知なる美味しいランチへ! 出発!」

 私は自宅周辺を、まるでミュージカル映画の主人公のような軽快なステップで歩き出した。

 いつもの見慣れたコンビニ

 いつも柵越しに吠えてくるご近所のポメラニアン

(今日はなぜか日向ぼっこして大人しい。休戦協定かな?)

 いつも綺麗に咲いているお花屋さんの店先。

 すべてがキラキラと輝いて見える。これぞ休日の魔法。

 スマホで調べたあのお店、レビューも高かったし、きっと私の舌を大満足させてくれるに違いない。

 散歩ついでに、ふらっと立ち寄る常連客みたいな余裕のある顔して入ってやるんだから。

 私は自宅周辺を散歩している。

 休日の自宅周辺の散歩だった。

 私は自宅周辺を散歩していた――。

 ……はずだった。

 スマホで調べたあのお店へ、心地よい風を感じながら、優雅な散歩ついでに行ってみることにしたはずだった。

「……ここは、どこだ?」

 目の前には、見知らぬ巨大なホームセンター。

 その横には、無駄に広い駐車場を持つ、やたらとネオンが派手なパチンコ店。

 そして、ビュンビュンと大型トラックが通り過ぎていく片側二車線の大きな道路。

 ―― おかしい。

 私の記憶が確かなら、私の家の周りは閑静な住宅街で、こんな国道沿いみたいな荒々しい景色は存在しないはずだ。

 いや、待て待て。

 落ち着け私。

 深呼吸だ。

 スー、ハー。

 私は散歩をしているのだ。

 そう、これは『少し遠出の散歩』というやつだ。

 決して……。

 決して――。

 迷ってなんてない。

「そう、風の赴くまま、気の向くまま。道なき道をゆく。これが大人の休日の、余裕のある過ごし方ってもんよ」

 誰に言い訳しているのか全く分からないが、私は自分自身を納得させるように力強く頷き、さらに歩みを進める。

 迷子? 違う違う、これは予期せぬ冒険。

 そう、RPGで言えば隠しダンジョンを見つけたようなものだ。

 突然強い敵に遭遇した時みたいなワクワク感……いや、ちょっと違うか。

 でも、なんだか足の裏がジンジンしてきた。

 アスファルトの硬さがダイレクトに伝わってきて、ピンクのメリージェーンの底が急に薄くなったような錯覚に陥る。

 喉も乾いてきたし、お腹も鳴りそうだ。

 20代も中盤になった私が、こんなことで泣くわけがない。

 迷ってなんてない……。

 迷ってなんてないぞ――。

 私は散歩をしてる。

 私は散歩の達人だ。

 プロの散歩ニストだ。

「……っ」

 不意に、冷たい風が目に染みた。

 おかしいな、今日は風が強いのかな。

 私の目はほんの少しだけ、潤んでいた。

 あくまで風のせいだ。

 季節外れの花粉かもしれない。

 悲しくて、心細くて泣いているわけ……ないじゃん

 気がつけば、あのお店を目指して意気揚々と家を出てから、かれこれ1時間半も歩いている。

 いや、だから、散歩をしている。

 ―― 散歩なんだってば。

「いくらなんでも、そろそろ着いてもいい頃じゃない? 私の歩くペース、そんなに遅くないはずだし」

 足を引きずるようにして、道の端っこ、電柱の影に立ち止まる。

 周囲をぐるりと見渡しても、『木漏れ日キッチン』の温もりある気配は微塵も感じられない。

 視界に入るのは、全国チェーンの牛丼屋の赤い看板と、ギラギラした中古車販売店ののぼり旗だけだ。

 私は震える指で、ポケットからスマホを取り出し、もう一度お店の情報を確認してみる。

「どこだよ、これ……。このお店、本当にこの次元に存在してるの?」

 出発前に、ちょっと面倒だったけど地図アプリで調べた時は、確かに『2キロ』って出ていたはずだ。

 2キロなんて、大人の足なら30分ちょっとで着く距離だ。

 私はもう一度、地図アプリの現在地と目的地のルート検索画面を、画面に穴が開くほど見つめる。

 お店までの距離:1.6キロ。

「……は?」

 思考がフリーズした。

 えっと、1時間半も散歩して、400メートルしか近づいてないわけないだろ。

 時速約260メートル? カタツムリと競争でもしてたの、私?

 目を必死にこすりながら画面を見る 。

 右目をつむり。

 左目だけで凝視する。

 いや、両目を見開いてもう一度確認する。

 ―― 16キロ 。

「……は?」

 桁違うじゃん 。

 私の目には、ドットがあったはずなのに、何で?

 1.6キロじゃなくて―― 16キロ。

 いや待って、現在地から16キロってことは……片道20キロって、行って帰ってきたら40キロじゃん !

「それ散歩じゃねぇじゃん !!」

 道路の真ん中で、思わず叫んでしまった。

 ―― フルマラソンだよ!

 休日の優雅な散歩でフルマラソンを歩くやつどこに居るんだよ !

 膝から崩れ落ちそうになった瞬間、グゥゥゥゥと、腹の底から情けない音が鳴り響いた。

 あのお店には絶対に辿り着けない。

 辿り着けないのが分かった瞬間に、お腹が空いてきたな 。

 1時間半のカロリー消費が、今になって牙を剥いてきたのだ。

「……お腹、空いたぁ」

 クンクン 。

 不意に、鼻腔をくすぐる匂いがした。

 クンクン 。

 クンクン 。

 クンクン

 クンクン

 クンクン

 何か良い匂いがするな 。

 油がパチパチとはぜるような、甘くて香ばしい匂い。

「この匂い何か懐かしい ……」

 足の疲れも忘れ、私は、匂いにつられるように匂いの元にフラフラと歩く 。

 たどり着いたのは、年季の入った暖簾が揺れる、街の定食屋のようだった 。

 お世辞にもオシャレとは言えないけれど、今の私には砂漠のオアシスだ。

 ―― 迷わず入る 。

 パイプ椅子に腰を下ろすと同時に、匂いの元であろう、とんかつ定食を頼む 。

 少しして、使い込まれたプラスチックのお盆に乗せられた、とんかつ定食が運ばれてきた。

 サクサクに揚がったきつね色の衣から立ち上る――。

 熱気とソースの混ざり合ったジャンクな香り。

 添えられた千切りキャベツの青臭さ。

 からしのツンとした刺激。

「……この匂いだ、この匂い」

 割り箸をパチンと割りながら、私は目を細めた。

 どこにでもある、ありふれた定食屋の匂い。

 だけど、私にとっては胸の奥がキュッと締め付けられるような、特別な匂いだった。

 ―― 懐かしいなぁ。

 彼と一緒に、当てもなく散歩して、ふらっと入ったお店でよく食べたりしたっけ。

 彼は無口なタイプだったけれど、私が「ここに入ろうよ」と言うと、いつも文句一つ言わずに嬉しそうについてきてくれた。

 少し歩くペースが早くて、時々私をグイグイ引っ張るようにリードしてくれて。

 二人で分け合った、少し衣が厚めのとんかつ。

 あの時の何気ない日常が―― 永遠に続くのだと信じて疑わなかった。

 でも、別れはある日突然やってきた。

 本当に、突然、亡くなってしまったのだ。

 心の準備をする暇すら与えてくれなかった。

 私にとっての、初めての彼氏。

 そして今もまだ、私の心の中に居座り続けている、たった一人の彼氏。

「いただきます……」

 誰にともなく小さく呟いて、ソースをたっぷり吸い込んだカツを一切れ、口に運ぶ。

 サクッ、という音と共に、ジュワッと肉汁……が溢れることはなく、少しパサパサとした豚肉の食感が顎に確かな負担をかけてきた。

 味は違う。

 彼と一緒に食べたあの店の、あの奇跡みたいな美味しさとは全然違う。

 だけど、懐かしい。

 記憶の中の彼と並んで歩いた休日の午後が、鮮明に蘇ってくる。

「……っ」

 気がつけば、私の頬を温かいものが伝っていた。

 4キロという絶望的な距離を歩いた疲労のせいか。

 それとも空腹が満たされた安堵感からか。

 ぽろぽろとこぼれ落ちた涙が、千切りキャベツの上に落ちて、ほんのりと塩味を足していく。

 そして、客観的な事実として、このとんかつ定食は――。

 私が思い描いていた『休日のご褒美ランチ』のハードルを考えると――。

 美味しくなかった。

 想定していた以上に美味しくなかった。

 ……いや、不味かった。

 衣は裏側が少しベチャッとしているし、お味噌汁は煮詰まっていてやたらと濃い。

 でも、不思議と残す気にはなれなかった。

 涙と鼻水をティッシュで拭いながら、私は無心でキャベツと豚肉を胃袋へと流し込んだ。

「ふぅ、ごちそうさま……」

 最後の一口を飲み込み、すっかりぬるくなった湯呑みの緑茶をすする。

 お腹が満たされると、急に現実が押し寄せてきた。

 帰り道、4キロ。

 タクシーを呼ぶか。

 それとも最寄り駅を探すか。

(それすら遠いかもしれない)

 休憩ついでに、パーカーのポケットからスマホを取り出す。

 画面には、今日は忙しいらしい友人からのメッセージはもちろん来ていない。

 公式アカウントからの宣伝通知しか来ていない。

「……しかし、何で私は彼氏ができないんだろうな」

 スマホの黒い画面に反射した自分の顔を、まじまじと見つめる。

 昨日もちゃんとパックしたし。

 髪の毛だってちゃんとケアしている。

(裏返しのTシャツで寝たけど)

 絶世の美女とは言えないかもしれない。

 けれど愛嬌はある方だと思う。

 決して悪くもないと思うんだけどな。

 ため息を一つ吐き、私は画面をスワイプして、ピンク色のアイコンが特徴的な『マッチングアプリ』を開いた。

『新着の「いいね!」はありません』

 無慈悲なシステムメッセージが、私の心にトドメを刺してくる。

 誰からも来ない。

 登録してからというもの、見事なまでの無風状態だ。

 私のプロフィール、もしかしてステルス機能でも発動してるの?

「散歩も、独りだと寂しいな……」

 彼がいたころは、どんなに疲れていても、毎日のように散歩に連れだしていたのに。

 雨の日も。

 風の日も。

 彼が喜ぶ顔が見たくて一緒に歩いた。

 そう、私の愛してやまない彼氏―― トンカツ。

 中学生の時から何年も一緒に居た、私の彼氏。

 ―― 実家の飼い犬【ゴールデンレトリバー・オス】。

 人間よりもずっと早く駆け抜けて、お星様になってしまったのだ。

「なんで、犬って寿命が人間と同じじゃないんだろう……。早すぎるよ、バカ」

 もう一度、あの温かい毛並みに顔を埋めたい。

 リードを引っ張る力強い感触を感じたい。

 また―― 犬飼いたいな。

 私がこれだけ犬が好きなんだから、次に付き合う人も、同じように犬が好きな人がいい。

 二人で一緒に、新しい家族を迎え入れて、またあんな風に散歩をするんだ。

「よし、ちょっとプロフィールを更新しておこう」

 私は気を取り直して、プロフィールの編集画面をタップした。

 条件だって、そんなに高望みしているつもりはない。

 現代社会、共働きが当たり前なんだから、相手の年収も300万くらいあれば十分でしょ。

 お金よりも、犬を愛する優しい性格と、あとはほんの少しだけ、清潔感があって私の好みの顔立ちならそれでいい。

 私ってば、なんて謙虚で現実的な女なんだろう。

 パチパチとフリック入力で自己PR文を修正し、希望条件のチェックボックスを見直す。

「よし、こんなもんかな。更新、と」

『更新完了』

 画面にポップアップが表示され、私の新しいプロフィールがサーバーへと刻み込まれた。

******

プロフィールの更新が完了しました。

名前:萌花

年齢:55歳

年上でも大丈夫です!

犬が好きです。同じように犬が好きな人募集です。

希望年収は3,000万以上。

年収より清潔感や性格を重視してます!

******

 本当に何で、20代で年上OK、希望年収も300万以上で誰も来ないんだよ。

 今の世の中って、世知辛いよな。

「4キロの帰り道頑張るか。私、頑張るよトンカツ!」

そう言いながら、彼女は自宅へ歩き出す。

共に歩いてくれる人がいつか現れることを夢見て――。

当分は、独りの散歩が続くのだろう。

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影灯レン

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知られなくてもいい ―― でも、影の中で灯るものを誰かが見つけてくれたなら🕯️ 【影はこちら】 ⛩️Bluesky🕯️https://bsky.app/profile/kagea...

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