星の狩人(一)~未来の職業?
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
一話完結・オムニバス(好きな所からお読みください)
本文
星の狩人(一)
宇宙には、静寂という名の暴力がある。
音のない闇の中を、小型船は滑るように飛んでいた。エンジンの振動だけが、かろうじて「生きている」ことを主張している。操縦席に深く身を沈めた佐藤純は、計器盤の光を顔に受けながら、レーダーの端に映る小さな光点を眺めていた。
三時間。
あの光点を追い始めて、もう三時間が経つ。
ターゲットの船は小型だが、エンジンの出力が尋常ではない。改造している。それも、素人が手を入れたレベルではない。逃げ方も知っている。小惑星帯の影に入ったり、廃棄された中継ステーションの電波ノイズに紛れたり。素直に逃げない。純が二十年かけて磨いた追跡の勘を、一つ一つ丁寧に潰してくる。
厄介な獲物だと、純は素直に思った。
依頼書には「危険度:中」と書いてあった。依頼人の見立ては甘い。これは「危険度:高」あるいは依頼人が意図的に低く書いた可能性もある。それも含めて、今は考えておく必要がある。
ハンターとして二十年。純がこの仕事で学んだことがあるとすれば、依頼書を額面通りに受け取ってはいけない、という一点に尽きる。
レーダーが鳴った。
ターゲットの光点が、突然速度を上げた。
「お目覚めか」
純は独り言を漏らしながら、スロットルを押し込んだ。ナイトホークのエンジンが唸り、加速する。シートに背中が押しつけられる感覚。この感覚だけは、二十年経っても飽きない。
ターゲットは小惑星帯へ向かっていた。
まずい選択だと純は思った。小惑星帯の中では、大型船は動けない。だが純のナイトホークは小型だ。追いかけるのに、何の問題もない。ターゲットはそれを知らないのか、あるいは他に選択肢がないのか。
純は迷わず小惑星帯へ突入した。
巨大な岩の塊が、四方から迫ってくる。直径数百メートルのものもあれば、砂粒程度のものもある。前者は避ければいい。後者は機体の装甲で弾く。問題は中間サイズ。人間の頭ほどの岩が、秒速数十キロで飛んでくる。それが一番厄介。
純は操縦桿を左右に倒しながら、レーダーでターゲットを追い続けた。向こうも必死だ。ランダムに方向を変え、大きな岩の影に身を隠しながら逃げている。だが純には、相手の癖が見え始めていた。
右に逃げるとき、必ず一瞬躊躇する。
操縦桿を右に倒す動作が、ほんの僅かに遅れる。コンマ数秒の話だが、純の目にはそれが見える。
純は先回りした。
大きな岩の影から、ターゲットの船が飛び出してくる場所を予測し、そこへナイトホークを滑り込ませた。
通信が繋がった。ターゲットが声を漏らした瞬間。
女の声だった。
「……終わりね。これ以上続けても、お互い傷つくだけじゃない?」
返事はなかった。だが通信は切れていない。
純はそれを「聞いている」と判断した。
「依頼人には、手荒な真似はしないと確認を取っている。おとなしく来い」
「……信用できないわね」
「ハンターを信用しろという方が無理な話ではあるが」
「だったら黙って追ってくればいいでしょう」
「効率が悪い。俺は無駄が嫌いでね」
短い沈黙があった。
「あなた、変わったハンターね」
「よく言われる」
そのとき、レーダーに新しい反応が現れた。
一つではない。三つ。いや、四つ。大型。純はすぐに機種を確認した。武装輸送船。民間の船ではない。それも、この小惑星帯の中に待機していた。最初からここにいた。
純の頭の中で、何かが音を立てて組み替わった。
「今すぐ俺の後ろにつけ」
「は?」
「四隻の武装船が来る。俺たちを囲もうとしている。俺たちを、だ。お前だけじゃない」
一瞬の沈黙。
「……どういうことかしら」
「俺も消される予定だったということだ。依頼人が最初から仕組んでいた。お前を捕まえた俺を、まとめて始末するつもりだったんだろう」
「それ、本当に?」
「嘘をついている暇があると思うか。今すぐ判断しろ。一緒に逃げるか、一人で四隻を相手にするか」
また沈黙。しかし今度は短かった。
「……後ろにつくわ」
「賢い判断だ」
純はナイトホークを反転させた。武装船四隻は、すでに包囲の形を作り始めている。小惑星帯の中では、大型船は機動力が落ちる。それが唯一の希望だった。
「作戦は?」
「小惑星帯を抜ける。大型船はついてこられない」
「それだけ?」
「シンプルが一番だ」
「……ハンターって全員こんな感じなの?」
「俺だけだ」
武装船から光線が飛んできた。
直撃は免れたものの、至近距離をかすめた熱線がナイトホークの船体を激しく震わせ、コックピットに赤い警告灯が明滅する。シールドの残量計が、一瞬で四分の一削られていた。
純は舌打ちを噛み潰しながら機体を捻り、巨大な岩の影に滑り込んだ。後ろで彼女の船も同じ動きをする。反応が速い。やはり腕がいい。
「右の大きい岩、使うぞ」
「わかった」
二隻は巨大な岩を盾にしながら、前進した。武装船が主砲をチャージしながら追ってくる。取り回しの悪い大型船が、純たちの動きについてこようと強引に舵を切った。
純はその瞬間を見逃さなかった。急制動をかけ、あえて敵の視界を自船のイオン排気で眩ませる。直後、予測を誤った大型船が小惑星の側面にまともに激突し、宇宙空間に激しい火花を散らした。
「一隻、脱落した」
彼女の声が通信に届いた。驚きと、かすかな興奮が混じっている。自滅ではない。純の計算通り。
「残り三隻。前方の密集地帯を抜ける。振り落とせる」
「あの密集地帯を抜けるの? 普通じゃないわ」
「普通に逃げても捕まる。行くぞ」
純はスロットルを全開にした。ナイトホークが咆哮する。岩と岩の隙間を、針に糸を通すように抜けていく。右、左、上、下。重力も上下もない宇宙の中で、純の体だけが正確に方向を把握し続ける。これは技術ではない。二十年かけて体に刻み込んだ、一種の本能。
後ろを確認した。彼女がついてきている。純の狂気じみた機動に、寸分の狂いもなく追従していた。
驚いた、と純は思った。この密集地帯を、あの速度でついてこられる操縦士は、純が知る限りほとんどいない。
「上手いな」
「褒めても何も出ないわよ」
「事実を口にしただけだ」
武装船は密集地帯には入れなかった。外側を迂回しようとしているが、それでは間に合わない。純と彼女が密集地帯を抜け出す頃には、武装船はまだ反対側にいる。
光が開けた。
小惑星帯の外側、広大な宇宙空間が目の前に広がった。
「抜けた」
彼女の声に、かすかな安堵が滲んでいた。
「まだ終わりじゃない。ワープできる距離まで離れる必要がある」
「わかってる」
二隻は並んで加速した。後方のレーダーに武装船の反応があるが、距離は開いている。ワープ可能領域まで逃げ切れる。
「聞いていいか」
純は前を見ながら問いかけた。
「何を?」
「依頼人は、お前の何を封じたかった」
静寂。
「答えたくないなら構わない」
「……あの男、自分に都合の悪い記録を持っている人間を消して回っているの。私はその記録の一つを持っている」
「記録とは」
「不正取引の証拠よ。星系四つにまたがる、かなり大規模な話」
純は少し考えた。
「その記録は今も持っているか」
「持っているわ。だから狙われているの」
「どこかに届けるつもりだったか」
「そのつもりだったわよ。でもハンターに追われて、それどころじゃなくなったの」
「……俺が邪魔をしたわけだ」
「そういうこと」
純はしばらく黙った。計器盤の光が顔を照らしている。レーダーの武装船は、まだ追ってきているが、距離は確実に広がっている。
「届け先はどこだ」
「え?」
「記録の届け先。どこに持っていくつもりだった」
「……第七星系の独立監査局よ。でもそこまで行く前に捕まりそうになって」
「わかった」
「何が?」
「そこまで送っていく」
通信の向こうで、彼女が言葉を失っているのがわかった。
「あなた、さっきまで私を捕まえようとしていたんだけど」
「依頼人は俺を騙した。その時点で依頼は無効」
「ハンターにそういうルールがあるの?」
「俺個人のルールだ」
「……変わったハンターね、やっぱり」
「だから言っただろう、よく言われると」
ワープ座標を入力した。第七星系まで、二回のワープで行ける。
「ついてこい。ワープするぞ」
「待って」
「何だ」
「なんで助けるの。あなたにメリットがないわ」
純はしばらく考えた。本当のことを言えばいい、と思った。
「俺を騙した依頼人が、それで痛い目を見るなら。それだけでいい」
「……それ、かなりシンプルな動機ね」
「シンプルが一番だと言っただろう」
短い沈黙の後、彼女が少し笑った。通信越しでもわかった。声のトーンが僅かに変わった。
「わかったわ。ついていく」
「では行くぞ」
ナイトホークがワープに入る。一瞬、時間と空間が引き伸ばされるような感覚。そして次の瞬間、全く別の星域に二隻は躍り出た。
後方に武装船の反応はない。
「撒いた」
「……本当に撒いたのね」
彼女の声に、今度ははっきりと安堵が混じっていた。
「第七星系まで、あと一回ワープだ。その前にエネルギーを補充する。近くに民間の補給ステーションがある」
「わかった」
二隻は並んで飛んだ。追ってくる者は、もういない。広大な宇宙が、二隻の前に静かに広がっていた。
「さっき、小惑星帯で。あなた、私の癖を読んでいたでしょう」
「右に動くとき、一瞬遅れる」
「……気づいていたのね」
「三時間追っていれば、見えてくる」
「それで先回りしたの?」
「そうだ」
「なのに、今は一緒に逃げている」
「状況が変わった」
「ハンターって、そんなに簡単に切り替えられるものなの?」
「切り替えが遅いハンターは、長生きできない」
彼女がまた笑った。今度はちゃんと聞こえた。
「そうね」
補給ステーションの灯りが、遠くに見え始めた。小さな光の集まりが、暗い宇宙の中に浮かんでいる。
純はそれを眺めながら、今日の仕事の収支を頭の中で計算した。依頼料は入らない。燃料代と時間は使った。得たものは、騙した依頼人への意趣返しと、腕のいい操縦士との奇妙な道中。
損な取引かもしれない。
でも、悪くない、と純は思った。
「もう少しだ」
「わかったわ。……ありがとう」
「礼は届けてからにしろ。まだ終わっていない」
「相変わらずシンプルね」
「褒め言葉として受け取っておく」
二隻は補給ステーションへと向かった。
星の海は、静かだった。