うまく嘘がつけない

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/25 📝 2,467文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIと休むための嘘の話。

本文

 朝、目が覚めたとき、篠塚しのづか朱音あかねはすでに嘘の内容を決めていた。

 頭痛。それが一番無難だった。熱があればと思ったけど、昨夜測ったら三十六度四分しかなくて、それはさすがに使えなかった。「頭が痛い」はあいまいで、証明もできないし、反証もできない。二年生になってから三回使ったけど、まだ大丈夫なはずだった。

 スマートフォンを手に取り、学校の出席管理アプリを開く。正式名称は長くて覚えていないので、朱音はずっと「先生アプリ」と呼んでいた。本物の担任より話しかけやすい、という理由で同じあだ名をつけているクラスメートもいた。

 欠席申請の画面。症状の欄に「頭痛」と入力して、送信ボタンを押す前に一呼吸置く。いつもここで少し躊躇う。押してしまえばあとは流れるのに、このワンクッションだけが毎回ある。

 送信した。

 数秒後、アプリから返信が来た。

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 ご申告ありがとうございます。先週の木曜日にも同じ症状でのご欠席がありました。頭痛が続いている場合は、医療機関への受診をお勧めします。今日のご欠席を受理しました。

 朱音はしばらく、その文章を読んでいた。

 「先週の木曜日にも」。

 当たり前だけど、記録されている。嘘かどうかは関係なく、申告した内容がそのまま蓄積されている。頭痛が先週もあって、今日もある、という記録が。

 布団の中で天井を見ながら、朱音は少し考えた。これって、バレてるってことになるんだろうか。でも「バレる」というのは、誰かに知られることだ。このアプリは、別に誰かじゃない。

 スマートフォンをもう一度手に取って、アプリを開いた。

 欠席申請の画面ではなく、チャット欄。出席管理アプリにはなぜかチャット機能がついていて、普段は誰も使っていないらしい。朱音も一度も使ったことがなかった。

 指が動いていた。

 頭痛じゃないです、と打って、送信した。

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 返信は、思ったより早かった。

 ありがとうございます。症状の訂正として記録してもよろしいですか? 正確な情報があると、より適切な対応ができます。

 べつに、訂正しなくていいです、と朱音は返した。*ただ言いたかっただけです*。

 承知しました。記録は変更しません。

 それだけだった。責めるわけでも、理由を聞くわけでもなく、ただ「承知しました」で終わった。朱音は少し拍子抜けして、でも悪い気はしなかった。

 なんで聞かないんですか、と打った。

 何をですか?

 なんで休むのかとか、本当の理由とか

 それは申請に必要な情報ではないので、お聞きしていません。

 シンプルすぎる返答だった。朱音は布団の中で少し笑った。笑ったのが少し意外だった。

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 起き上がって、カーテンを少し開けた。六月の朝は明るくて、外は雨ではなかった。雨じゃない、というだけで少し気分が違う。

 またスマートフォンを見る。

 一個聞いてもいいですか、と打った。

 はい。

 私が嘘ついてるって、わかりますか?

 少し間があった。処理しているのか、それとも間があったように感じるだけなのか、朱音にはわからなかった。

 「嘘」かどうかは判断できません。申告された症状と、過去の記録と、そのほかのデータを照合することはできます。ただ、照合した結果をどう解釈するかは私には決められません。

 朱音はその返答を読んで、もう一度読んだ。

 「嘘かどうかは判断できない」というのは、言い換えると、「判断しない」ということでもあるんだろうか。できないのか、しないのか、それとも両方なのか。

 照合したら、どうでした、と打った。

 頭痛の申告は今年度四回目です。昨年度も含めると十一回になります。そのうち八回が月曜日か金曜日です。今日は木曜日なので、これまでのパターンとは少し異なります。

 なるほど、と思った。月曜と金曜に多い、というのは自分でも気づいていなかった。言われてみれば確かにそうかもしれない。週の端っこが、なんとなくつらいのかもしれなかった。今日が木曜なのは、別の理由だけど。

 今日は何があったんですか?、とは聞いてこなかった。

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 朱音はスマートフォンを置いて、窓の外を見た。

 学校では今頃、一時間目が始まっている。現代文のはずだった。別に現代文が嫌いなわけじゃないし、先生が嫌いなわけでもない。ただ今日は、あのクラスの空気の中に自分の体を持ち込むことが、朝から考えると重たかった。うまく説明できないけど、そういう日がある。

 うまく説明できない、というのが問題だった。「頭痛」はうまく説明できないものに貼れる、便利なラベルだった。

 もう一度アプリを開いた。

 今日休む理由、うまく言葉にできないんです、と打った。*だから頭痛って書きました。*

 返信が来た。

 承知しました。言葉にできないこともあると思います。今日のご欠席は受理済みです。ゆっくり休んでください。

 朱音はその文章を読んで、少し止まった。

 「言葉にできないこともあると思います」。

 それはアプリの定型文なのか、それとも今の会話の流れで出てきた言葉なのか、朱音にはわからなかった。でもどちらでも、今は別によかった。

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 その日、朱音はとくに何もしなかった。

 昼前に起き出して、冷蔵庫の残り物でごはんを食べて、少し眠くなったのでまた横になった。夕方、窓から見える空がオレンジになる頃に、なんとなく起き上がった。

 スマートフォンを手に取ったとき、アプリの通知が一件来ていた。

 本日の欠席が確定しました。明日のご登校をお待ちしています。

 定型文だ、とわかっていても、朱音は少し笑った。「お待ちしています」というのが少し大げさで、でも悪くなかった。

 明日、ちゃんと行けるかどうかはわからない。でも今日休んだから、少しだけ違う気がした。うまく説明できない、というのは変わっていないけど、それでいい気がした。

 明日また、と打って、朱音は送信した。

 返信は来なかった。チャット機能はリアルタイムじゃないのか、それとも返す言葉がなかったのか、どちらかわからなかった。

 窓の外は、もう夜に近かった。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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