問題なし

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/26 📝 2,312文字 ✅ 全年齢

あらすじ

AIとファクトチェックの話。

本文

 ファクトチェックのシステムが導入されたのは、戸次とつぎ要かなめが編集部に異動してから二年目の春だった。

 正式名称は長かったが、社内ではもっぱら「照合くん」と呼ばれていた。誰が言い出したのかは知らない。気づいたときにはそう呼ばれていたし、要もそれに倣っていた。記事を入稿する前にシステムへ通す。照合くんが「問題なし」と返せば掲載する。「要確認」と返せば取材をやり直す。単純な手順だったし、精度も悪くなかった。

 問題は、七月の終わりに起きた。

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 その日、要は三年前に書いた記事を引っ張り出していた。

 きっかけは些細なことだった。若手の記者が似たような案件を取材しており、過去の記事を参考にしたいと言ってきた。要は自分のフォルダを漁って、該当のファイルを見つけ出した。地方の中規模工場が起こした産業廃棄物の不法投棄事件を扱った記事で、要が駆け出しの頃に担当したものだった。

 念のため照合くんに通してみた。これも些細な判断だった。古い記事だし、改めて確認しておいて損はないと思っただけだ。

 数秒後、結果が返ってきた。

 問題なし。すべての事実関係は記録と一致しています。

 要はその画面を見て、少し首を傾げた。

 記事の中に、ひとつ気になる記述があった。

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 事件が公になったのは、三月の第二週だった——と記事には書いてあった。

 でも要の記憶では、あれは三月の末だった。

 確かな根拠があるわけではない。ただ、取材に行ったとき、工場の近くの桜がもう散りかけていたのを覚えていた。第二週なら満開の手前のはずで、散りかけには早い。取材後に駅まで歩いた道のこと、花びらが側溝に溜まっていたこと、妙に細かく記憶していた。

 要はもう一度、記事の日付を確認した。「三月第二週」とある。

 照合くんの判定は「問題なし」だった。

 桜は気のせいかもしれない。品種によっては早咲きもある。あるいは単純に、自分の記憶が三年で歪んだだけかもしれない。

 そう思いながら、でも要はシステムのログを開いていた。

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 照合くんが参照しているのは、公的記録、報道機関のデータベース、各種アーカイブだと説明を受けていた。要はその日初めて、具体的にどのデータを参照したのかを確認しようとした。

 ログには参照先が列記されていた。市の公式発表、業界紙のアーカイブ、それから要の所属する編集部が過去に配信した記事のデータ。

 最後の項目で、要は手を止めた。

 自分が三年前に書いた記事が、参照元のひとつになっていた。

 つまり照合くんは、要の記事が正しいかどうかを確かめるために、要の記事を参照していた。

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 循環している、と要は思った。

 記事が正確かどうかを照合くんに問い、照合くんはその記事を根拠のひとつとして「正確だ」と判定する。輪になっている。これでは何も確かめていないのと同じかもしれなかった。

 でも、だからといって記事が間違っているとも言えなかった。

 三月第二週という記述は、当時の要が書いた。要がそう書いたということは、当時の要には何らかの根拠があったはずだ。取材メモを確認すればわかるかもしれないが、三年前のメモがまだ手元にあるかどうかも怪しかった。

 花びらが側溝に溜まっていた。

 その光景は、今も妙にはっきりしていた。でも記憶というのは、思い出すたびに少しずつ変わる、という話を何かで読んだことがあった。信頼できるのは記録だと、そのときは素直に思った。今は少し違う気がした。

 要はデスクに肘をついて、画面を見た。

 問題なし。すべての事実関係は記録と一致しています。

 その一行が、さっきより少し違う意味に見えた。「記録と一致している」というのは、「正しい」とは微妙に違う。記録と一致しているだけで、正しいかどうかはまた別の話なのかもしれなかった。

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 翌日、要は古いメモを探した。

 三年分のノートを引っ張り出して、該当の時期のページを繰った。走り書きが多くて、判読できない箇所もあった。取材先の名前、担当者の職名、数字の羅列。現場で急いで書いたものは、後で読み返すと文脈を失っていることがある。

 三十分ほどかけて、ようやく該当のページにたどり着いた。

 日付が書いてあった。三月二十六日。

 第二週ではなかった。

 要はしばらくそのページを見ていた。自分の字で、三月二十六日と書いてある。下に取材先の担当者の名前と、簡単なメモ。「投棄開始は昨年秋ごろとのこと」「近隣住民からの通報が端緒」。記事と合致している部分と、記事には書かなかった部分が混在している。

 つまり、記事の日付が間違っている可能性があった。

 第二週ではなく、三月の末。要のメモはそう示していた。

 でも、と要は思った。

 メモの日付は取材日であって、事件が公になった日ではないかもしれない。取材に行った日が二十六日で、事件の発覚は第二週だった、という可能性もある。

 どちらも否定できなかった。

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 要は若手の記者に、記事を参考として渡した。

 特に何も言わなかった。言うべきことが、まだはっきりしていなかった。日付の部分が気になっている、とは伝えようとしたが、何を根拠にそう言えばいいのかわからなかった。自分のメモか、それとも記憶の中の桜か。どちらも、記録として照合くんに示せるものではなかった。

 若手の記者は礼を言って、記事のコピーを持って席に戻った。

 要は画面に向かって、別の仕事を始めた。

 照合くんのウィンドウは、まだ開いたままだった。*問題なし*という文字が、端のほうに見えていた。

 要はそれを閉じなかった。かといって、もう一度問い直すこともしなかった。

 窓の外で、夏の雲が動いていた。

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作者について

二葉双葉

二葉双葉

プロフィール画像もAIで作成しました。 短編集が好きなのでしばらくはショートショートをメインに投稿しますが、後々は長編にも挑戦したいです。 AI使用前提のサイトなのでAIとの日常をソフトなSFにし...

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