1話:羊の相棒
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>――その日から、世界は変わった</p><p>いや、変えられた</p><p>空を毒々しい桃色に染めた光が降り注いだあの日から、世界の理も、大切な相棒の姿さえも、内側から作り変えられてしまった。</p>
本文
――その日から、世界は変わった
いや、変えられた
空を毒々しい桃色に染めた光が降り注いだあの日から、世界の理も、大切な相棒の姿さえも、内側から作り変えられてしまった。
まだ、そんなことも知らない、十年前――。
水平線の彼方から吹き付ける潮風が、湿った磯の香りを運んでくる。
アステリスク王国の辺境、港町コタン。
魔獣の咆哮も貴族の高慢な馬車も届かない退屈で平和な田舎町。
「我が名は大魔導士シュドー! 魔獣共!
俺の魔法を受けてみろ!」
ぼろ布のマントをなびかせ、拾った木の棒を必死に振るう。
当然、枯れ木から魔力が放たれることはない。だが、彼の瞳の奥には、猛り狂う巨大な魔獣を自らの力で捻じ伏せる勇壮な姿が克明に描かれていた。
『大魔導士』
それは魔導士たちの頂点に立つ英雄へ与えられる称号。
五歳のシュドーにとって、それは世界で一番格好いい存在だった。
そんな夢想に耽りながら歩いていたシュドーは、不意に路地裏の異変に気づき、不機嫌そうに顔を顰めた。
数人の子供たちが、一人の少年を囲んで嘲笑を浴びせている。
中心にいるのは、ディック。
あのバカは今日も弱い者いじめをしていた。
「なんだコイツ、半獣人だぞ!
気持ち悪いな!」
ディックが乱暴に小突いたのは、真っ白でふわふわとした髪に、愛らしい羊の角を持つ少年。 この田舎町では珍しい半獣人の少年だった 。
(へー、半獣人か。初めて見たな)
シュドーも存在自体は本で知っていたが実物は見たことが無かった。
それ以上の感慨もわかずに見つめる中で、メルティへの虐めは続いた。
「やめて……やめてよぉ……」
メルティは大きな身体を丸め、涙を浮かべて俯くことしかできない。
その気弱な態度が、ディックたちの嗜虐心を余計に煽り立てる。
「オラ、羊野郎! メェーって鳴いてみろよ!」
太い指が、メルティの柔らかな角を掴んで激しく揺さぶった。
「痛い……や、やだぁ……お、お母さぁぁん……」
「………」
その泣き声を聞いた瞬間、シュドーは地面を蹴っていた。
そこに高尚な正義感などない。
ただ、ふんぞり返るディックの面構えが反吐が出るほど嫌いだった。
それだけの理由だ。
「オラァ!!」
全速力の頭突きが、ディックの腰にめり込む。
「うげっ!? てめぇシュドー!!
何しやがる!!」
横倒しになったディックが顔を真っ赤にして怒鳴る。
体格差は歴然だったが、シュドーの目に怯えの色はない。
「うるせーよボケ!! てめぇの体が無駄にでけぇから当たっただけだろうが!
通行の邪魔なんだよデカブツ!!」
「このチビ……! やっちまえ!!」
逆上したディックと二人の取り巻きが、一斉にシュドーへ飛びかかる。
泥塗れの、凄惨な取っ組み合いが始まった。
数に勝る相手に何度も組み伏せられ、地面に叩きつけられる。
だがシュドーは、その度に野犬のような鋭い目で立ち上がり、隙を見ては腕や足に噛みつき、硬い頭突きを顎へ叩き込んだ。
「いってぇ!!…くそっ、やってらんねぇよ! いくぞお前ら!」
執拗なまでの反撃に、ついに根負けしたディックたちが逃げ出していく。
「ざまーみろバーカ!!
二度とでけぇ面すんじゃねぇぞ!!」
鼻血を拭いもせず、シュドーは勝ち誇ったように叫んだ。
そして、ようやく後ろで呆然と座り込んでいたメルティへ、ぶっきらぼうに視線を向けた。
「見たろ?
あいつらでかいだけで本当は弱いんだぜ。
全っ然大したことねー。
お前もいつまでも泣いてんじゃねーよ」
礼の言葉を聞くつもりなど更さらない。
シュドーは満足げに鼻を鳴らすと、小さな背中を向けて歩き出した。
泥だらけで、けれど誰よりも大きく見えるその背中を。
メルティが、まるで本物の英雄を見たかのような瞳で見つめ続けていたことに、彼は最後まで気づかなかった。
◇◇◇
翌日から、シュドーの数歩後ろを小さな白い影が揺れるようになった。
「あっち行けよ、ついてくんな!」
シュドーが振り返り、顔を険しくして怒鳴りつける。
だがメルティは、今にも泣き出しそうな顔で俯くだけで、その場から離れようとはしなかった。
ほんの少し前、自分の家の隣に引っ越してきたばかりだという偶然も重なり、シュドーが家を出れば必ずと言っていいほどメルティの姿がそこにはあった。
「わ、わぁっ、待って、待ってぇ!」
一度そのしつこさにうんざりしたシュドーが本気で走って撒きにかかったが、ついていけずに転んだメルティが道の真ん中で大泣きした。
「うわああああん!!!」
「………」
結局、放っておくことはできなかった。 シュドーは諦めた様にため息を吐く。
そのまま不機嫌な足取りでメルティの傍まで歩み寄り、泥だらけの少年に向けて無造作に手を差し出した。
「泣くんじゃねぇよ、俺が泣かせたみてぇじゃねぇか……ほれ、立てよ」
涙と泥でぐしゃぐしゃになった顔を上げたメルティが、驚いたように目を丸くする。
おずおずと伸ばされたその手を、シュドーはぐっと力強く掴み、一気に引き上げた。
「あ、ありがとう…………えっと……」
「シュドーだよ。お前の名前は?」
「あ、えっと……メルティ」
「メルティか。変な名前だな。
まぁいいや。じゃあ行くぞ」
シュドーはメルティの手を離さず、そのままぐいと引いて歩き出した。
「どうせどこ行っても着いてくる気なんだろ。お前泣かせたら俺がお袋に殴られるんだよ。
一緒にいていいから泣くな、いいな?」
その言葉を聞いた瞬間、メルティの表情がパッと明るくなった。
泥で汚れた頬を紅潮させ、嬉しそうに頷く。
「……! うん、シュドー君といっしょ!」
「…君付けはやめろ。なんかムズ痒い。
シュドーでいい」
「わ、わかった……シュドー…シュドーといっしょ!」
赤茶けた石畳の道に、並んで歩く小さな二人の影が伸びていく。
繋がれた手を通じて、お互いの体温が伝わっていた。
それから、二人は片時も離れず行動を共にするようになった。
◇◇◇
「おい、メルティ。お前また一人で飯か?」
「う、うん……お父さん、今日も遅いから……」
「何だいそれ! メルティちゃん、今日もウチで食べていきな!」
そして、目の前に出されたのは野菜がたっぷり入ったクリームシチュー。
ホカホカの湯気から美味しそうな匂いがメルティの鼻を刺激した。
「あ、ありがとうございます、ミーネおばさん…」
「あらやだ!
ちゃんとお礼言えるなんて良い子じゃないの!
シュドーもちょっとはメルティちゃんを見習いな!」
「イチイチうるせーよお袋!…おい、メルティ。口の周り汚ねぇぞちゃんと拭け」
「んむっ…え、えへへ…ありがとう、シュドー」
「あらやだ、シュドーったらお兄ちゃんみたいだねぇ」
いつの間にか、メルティはシュドーの家で夕飯を食べるのが当たり前になっていた。
それからも二人は毎日のように遊び回った。
草原を駆け、川へ飛び込み、競うように木へ登る。
シュドーはメルティに兄貴風を吹かせて弟の様に引き連れるようになった。
シュドーが一番気に入っている大魔導士ごっこにも、当然のようにメルティは加わっていた。
「我が名は大魔導士シュドー! さぁ、続け我が弟子よ!」
「はい、お師匠様!」
ぼろ切れをマントに見立てて木の棒を魔法の杖として振り回す遊び。
メルティの役割はいつも弟子の役だったが、彼はそのことに何の不満も抱いていなかった。
シュドーと一緒に棒を振り回す中で、メルティの振り回す棒の軌道にわずかに光の粒子がきらめいたが、夕日の輝きに紛れて二人は気付かなかった。
これが、のちに運命を共にする二人の、本当の意味での始まりだった。
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