2話:偏屈ジジイの師
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>『チビがデカ羊を連れている』</p><p>コタンでの10歳の二人の評価はそれだった。</p><p>十歳を迎えたメルティの成長は、周囲の驚きを誘うほどに目覚ましいものだった。半獣人の血がなせる業か、その四肢は健やかに伸び、体格は目に見えてがっしりとし始め、いつの間にかシュドーの頭一つ分以上も高い視点から世界を見るようになっていた。</p>
本文
『チビがデカ羊を連れている』
コタンでの10歳の二人の評価はそれだった。
十歳を迎えたメルティの成長は、周囲の驚きを誘うほどに目覚ましいものだった。半獣人の血がなせる業か、その四肢は健やかに伸び、体格は目に見えてがっしりとし始め、いつの間にかシュドーの頭一つ分以上も高い視点から世界を見るようになっていた。
対照的に、シュドーの背丈は幼い頃からさほど変わらず、近所の悪ガキどもからは「チビ」と揶揄されるのが日常茶飯事となっていた。
二人はもう、木の棒を振り回すだけのごっこ遊びには満足していなかった。港に立ち寄り、荒くれ者の船乗りたちに混じって荷運びや掃除の雑用をこなし、わずかな小遣いを稼ぐようになっていた。
「わあ!」
ガシャーン!
メルティが掃除のバケツをひっくり返し辺りに水が飛び散る。
「コラ、またお前かメルティ!掃除してんのに汚れ増やすんじゃねえ!」
「ひぃぃ、ご、ごめんなさい…!」
船乗りの怒鳴り声に大きな体を縮こませるメルティ。
そこにシュドーがモップを持って床を拭き始めた。
「ったく、何やってんだオメーは」
「うう…ご、ごめんね、シュドー…」
「そうやってすぐに謝るのやめろ!」
そんなんだからディックとかに舐められるんだぞ」
「うっ、ご、ごめん…」
「ほらまた謝った!やめろっつーの!!」
船乗り達からすれば、いつもの見慣れたやり取り。
やがて掃除を終えた二人は船乗りから駄賃を受け取った。
「よし、行くぞメルティ! 遅れんな!」
「わぁ! ま、待ってよシュドー!」
報酬の銅貨を握りしめたシュドーが、獲物を見つけた野犬のような勢いで駆け出す。慌てて後を追うメルティの足取りは、その巨体に似合わずどこかおぼつかない。
10歳になっても彼らの立ち位置は相変わらずだった。
そんな二人が向かったのは、海原を一望できる崖際にぽつんと佇む、今にも潮風で朽ち果てそうな木造の小屋だった。
ドンドンドンドンドンドンドンドン!!
シュドーは到着するなり、壊れかけの木の扉を容赦なく叩きつけた。
「おいジジイ! 来たぞー! 魔法教えろー!!」
「シュっ、シュドー、そんなに乱暴にしちゃダメだよぉ!」
メルティがおろおろと制止するが、シュドーの耳には届かない。
やがて、扉が勢いよく開け放たれた。
「やかましいわガキ共!! ドアを壊す気か!!」
現れたのは、鳥の巣のように荒れ果てた白髪と、胸元まで伸びた長い髭を蓄えた老人だった。深く刻まれた眉間の皺が、その偏屈な気性を物語っている。
老人のあまりの迫力に、メルティは大きな体を震わせてシュドーの小さな背中に隠れた。
だが、シュドーは一歩も引かずに老人の顔を見上げる。
「港で働いてる奴が言ってたぞ、ジジイ。お前、ナザルっていう元魔導士だろ?」
老人の眉が、忌々しげに跳ね上がる。
「だったら魔法教えてくれ! 俺は大魔導士になりたいんだ!」
シュドーの真っ直ぐすぎる、それでいて傲岸な要求に、ナザルは心底呆れ果てたように吐き捨てた。
「ワシはもうとっくに魔導士を引退した身なんじゃ。
今更ガキの弟子を取る気なんぞ毛頭ないわ! さっさと帰れ!!」
バタンッ!!
怒声と共に、扉は非情にも閉ざされた。
しかし、これしきで引き下がるシュドーではない。
「ジジイー!! こらー! 開けろー!! 魔法教えろー!!」
再び始まった扉への猛攻。叫び声と打撃音が薄い壁を震わせる。
家の中、ナザルはドアに背を向ける形で古びた椅子に腰を下ろし、耳を塞ぐようにして溜息をついた。
子供のやる事だ。どうせすぐにいなくなる。そう高をくくっていた。
しかし、
ドンドンドンドンドンドン!!
「ジジイー!!コラー!!魔法教えろー!!魔法ー!!」
「お、お願いします……! 魔法を、教えてください……!」
三日が経っても、シュドーは扉を叩き続けた。
気弱なメルティもシュドーの後ろから精一杯の懇願を重ねた。
一週間
潮風が嵐を孕んで吹き荒れる日。
ドンドンドンドンドンドン!!
「魔法教えろー!!魔法!!」
「お願いしまーす!!お願いしまーす!!」
(……ようやりおるわ。まぁそろそろ折れるじゃろ)
15日後
叩きつけるような雨が丘を濡らす日。
ドンドンダカ!!ドンダカドンダカ!!
「魔法ー!魔法ー!魔法、あ、それ魔法―魔法!!」
「え、えっと、窓ふきとか、肩叩きとかもしますからー!」
変なリズムと歌詞までつけるバリエーションも出来てきた。
(まだ来とるんかあいつらは……)
二十日を過ぎても、シュドーは来た。
雨の日も、風の日も。
もはや意地なのか執念なのか、ナザルにも分からなくなっていた。
そして一月という月日が流れ、ついに重い閂が外れる音が響いた。
「あーもう、しつこいわい!!」
怒気を含んだナザルの声と共に、勢いよくドアが開け放たれる。
「やっと出て来たか! 魔法教えてくれ、ジジイ!」
一月前と何ら変わらぬ、不敵で不遜な態度。
肩で息をしながらもふんぞり返るシュドーの姿に、ナザルは毒気を抜かれたように肩を落とした。
しかし、その瞳にはこれまでの苛立ちではなく、冷徹な現実を突きつけようとする厳格な光が宿っている。
「…いいかガキども、よく聞け。
魔法というものはな、使いたいと願えば誰にでも使えるような安い代物ではない」
ナザルは二人を真っ向から見据え、静かに、だが重々しく語り出した。
「そもそも今の魔導士は英雄の血を継ぐ貴族階級じゃ。
ワシもまたその末裔ゆえ、魔法を振るえるに過ぎん。
…貴族ではない平民であるお前達には、そもそも魔力自体が宿らんのじゃ」
夢を根底から覆す残酷な断言。
シュドーの表情が強張り、後ろで控えていたメルティは絶望に目を見開いた。
「で、でも……俺は大魔導士になりたいんだよ!
貴族じゃなくったって、魔導士に……!」
「甘い」
絞り出すようなシュドーの訴えを、老人は一瞥して切り捨てた。
「魔導士の世界は才能こそがすべてじゃ。
戦場に立てば、才能なき者は容赦なく死ぬ。
努力や憧憬だけで埋められる溝ではない。
夢を見るのは子供の特権だがな、相応の現実という物も見なければならん。
それがお前たちのためだ」
ナザルの言葉は刃のように鋭く、二人の少年の心を切り裂いた。
「第一、タダで技術を切り売りするほどワシはお人好しではない。
諦めろ……わかったらもう二度とここへは来るな」
拒絶を突きつけ、扉を閉めようとしたナザルの腕。
それを、シュドーが強引に掴み取った。
「金ならある!」
差し出されたのは、泥に汚れた革袋。
中にはこれまでの下働きで必死に貯めたであろう、数枚の銀貨と大量の銅貨が詰まっていた。メルティもおずおずと同じように蓄えを差し出す。
「足りないなら、もっと働いて稼ぐ! だから教えてくれよ!
俺は魔導士に、大魔導士になりたいんだよ!」
「お、お願いします……お願いしますっ!」
メルティも隣で深く頭を下げ、必死に懇願する。
その姿を、ナザルは冷めた目で見下ろしていた。
掴まれた腕を振り払おうとしたナザルだったが、ふと動きを止めた。
シュドーの掌から伝わってくる、尋常ではない熱。
それは必死さゆえの体温などではなく、もっと根源的な、何かが胎動するような熱量だった。
(なんじゃ……? この小僧、まさか……)
ナザルは内心の動揺を隠し、視線に探知の魔力を込めた。
不可視の波長が二人をなぞる。
すると、どういうわけか、貴族の家系ではないはずの二人の内側から、微弱ながらも確かに脈打つ魔力の波動が感知された。
(田舎の、それもただの平民のガキから魔力の反応だと……!?)
想定外の事態にナザルは沈黙し、しばらくの間、二人の決死の形相を見つめ返していた。やがて、彼は重い溜息を吐き出す。
「……ついて来い。まず、本当にお前たちにその資質があるかを見てやる。
それでダメなら、今度こそ本当に諦めろ」
扉を開け放ち、ナザルは背後の森へと歩みを進めた。
一瞬の静寂の後、シュドーの顔に歓喜が弾ける。
「やったぜ!よし、行くぞメルティ!」
「わぁ、ま、待ってシュドー!」
弾かれたように駆け出したシュドーを追い、メルティも慌ててその背を追った。
これが二人が魔導士への道を一歩踏み出した、初めての瞬間だった。
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