16話 終わりの始まり
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ポンコツ社畜アラフォー女子♪日常こそネタ祭り!- 16話 終わりの始まり
本文
(携帯だと見づらいな。高校の時じゃないか、その後自分で買ったデスクトップパソコン動くかな)
埃だらけのパソコンを立ち上げる。
何かとモノとヒトに関しては【縁】に恵まれている様で、この子も長持ちさん。今もBios画面になるが部品は健在だ(と思う)
「解離 Wikiと。あったコレだ。目次だけでも携帯じゃ追うの大変」
この頃、空の周りの人間の七割以上がスマートフォンへ機種変更していたが頑なに抗っていた。
ラインとか便利だ、と誘われようとも首を振る空は
「画面を見ずに片手で的確な操作が出来る。画面がそのままスイッチとなるのは抵抗がある(汚れとかどうしてるの?)。後、ガラケーは圧倒的に軽い」
私見になるが、思うに技術の最先端に触れるのは好きなのに、彼女が圧倒的アナログ派なのは、肌感覚として得られるモノが特に好きなのではないだろうか。
かといってアナログに固執し、IT技術やデジタルを避けるのは良くない、と食わず嫌いを直し始めている。
「ここだ。さっきは此処まで見た。えっと解離性同一性障害」
ーー
「そ、んな……それじゃあ、私は。あの夢の意味は……」
信じられない。信じてはいけない。
だってここに有る文字を認めるなら。
認めてしまうなら、私の存在とは無意味になってしまう。
ここに有るモノは。
完全に【長月 ほたる】の人生其の物では無いか。
解離性同一性障害
定義
解離の因子
そして
交代人格
解離人格の中の記述。
・主人格と同性の同い年の交代人格。ただし性格が全く異なる。
・そのほか、受け持つ事件が起こったときの年齢の交代人格が現れることもある。
・子供の交代人格もよく出てくる。4 - 7歳児が多いが、2歳児の人格も報告されている。
・他の交代人格の存在を知らず、別の交代人格が表に現れているときの記憶を全く持たない交代人格がある。主人格もそうであるので、幻聴や健忘に困惑しても本人は交代人格がいることに気がつかない。
逆に主人格や、他の交代人格の行動を心の中から見て知っている交代人格もある。
・怒りを体現する交代人格や、絶望、過去の耐え難い体験を受け持つ交代人格。リストカットや睡眠薬で自殺を図ろうとする自傷的な交代人格もそのなかに多い。性的に奔放な交代人格が現れることもある。
異性の交代人格なども現れる。
・逆にこの子(自分なのだが)はこうあるべきなのだと考えている理知的な交代人格が現れる場合もある。ラルフ・アリソンがISH(内的自己救済者)と呼んだものもこの範疇になる。
危機的状況で現れて、その女性の体格では考えられない腕力[注 29]でその子を守る交代人格もある。
それらの交代人格は表情も、話し言葉も、書く文字も異なり[注 30]、嗜好についても全く異なる。 例えば喫煙の有無、喫煙者の人格同士ではタバコの銘柄の違うようである。 同じく絵も年齢相応のものとなる。[注 31]。 また、心理テストを行うとそれぞれの人格毎に全く異なった知能や性格をあらわす。 顔も全く違う。 勿論同じ人間なのだから基本となる骨格、目鼻立ちは同じではあるが、単なる表情の違いとは全く異なる。 そのほか演技では不可能な生理学的反応の差を示す[42][注 32]。
多重人格といわれてもひとつの肉体に複数の人格が宿ったわけではない[注 33]。 あたかも独立した人格のように見えても、それらは一人の人格の「部分」である。 例えていえば人間の多面性の一面一面が独立してしまったようなものであり、逆にその分、主人格は「感情」が薄いことが多い[43][注 34]。 なお、治療者はそれぞれの理解と治療方針に基づいて様々な交代人格の分類を行うことがあるが、一般化はできない。
その後に記載されている治療方法等へは進めなかった。
この記事は過去に何度も見たことが有る。
やはりその度に感じたのは、私はこれだ、という確信。
なのに其れすらも忘れて生きている私は?
これだと感じた私はどこへ?
あぁ……椿さん。
椿さんはその頃の私なのね。
夫婦喧嘩が酷かった。
外ではとても普通な家族を演じていたけど、ドアを潜れば、待っているのは終わりを集めただけの煉獄。
父親に暴力を振るわれ、心を壊した母親。
母親は兄にもほたるにも其れを振るう。
兄は反抗期を迎え暴れ回り自身と家を穴と血だらけに。
その兄にはもう皆敵わなかったのだろう。
今思えば。全ては当然だった。
父親が帰って、母親が噛みつく様な言葉をぶつけ喧嘩。
止めても止まらないし、何ならほたるまで怒鳴られる。
父親が付き合いきれぬと寝る。
其れからの出来事が。一番。一番。
辛かった。
母親は酔った勢いを更に加速させつつほたるの部屋を明け放つ。
今、目を覚ましたかのように振る舞うほたる。
自ら起き上がりリビングへ行き座る。
必ず正座で。
母親は全ての恨みつらみをほたるにぶつけ続ける。
この時ほたるのやるべきは、母親の機嫌をこれ以上損ねない事。
目線は逸らしてはいけない。
母親の言葉は全て肯定しなければならない。
破れば即座に倍以上の罵声、怒声、そしてビンタという体罰に。
だ、め。これ、は……
気づいてしまったのだ。止まる筈もない。
更に幼い頃、家族で行った八丈島のプール。
大きな広いその場所の底は大人がやっと顔を出せるくらいの深さで、
当然幼いほたるには届きもしない。
「ここ迄泳いでおいで」
と母親。
向かうほたる。泳ぎ方など果たして教わっていたのだろうか?
足をバタつかせ、手を漕ぎ、必死で進む。
後、少し。後少しで母ちゃんの手の所。
少し。少し。もうちょい。
……あれ?まだ?
と目を開ける。
足、母ちゃんの足。
水色。プールの底。
母ちゃんの足、一歩。
届かない。一搔き。
届かない。
母ちゃんの足は。
一歩分ほたるが進むごとに、後ろへ一歩下がっている。
何で?え?との思考は多分過ちだ。
混乱は息の続く時間を極端に短くするから。
ほたるが進めば母親は遠ざかる。
この手が其処に触れる事は、無い。
理解はしたが、泳ぎを辞めれば、死んでしまう。
早く、早く、速く、もっと速く!
母ちゃんが下がるよりも速く進めば、届くかも知れない!
足は着かない。外へ上がる場も遠い。
なら、母ちゃんにしがみつくしか生きる術は無い!
後に何度もこの件を聞くが、やはり事実であり、母親から謝罪の言葉は無かった。
曰く「アレでアンタは泳げるようになったんじゃない」
感謝はされるが非難等以ての外と言う様であり、実際そうなのだろう。
だ、めだ……もう息、続かない。くる、し……
その後の記憶は曖昧だ。
恐らく堪らず溺れたか、顔を上げたほたるを母親が引き上げたのだろう。
何度か顛末や発端を母親に聞いたが、記憶に残らぬという事はそういう事なのだ。
ーー
(だ、め。これ以上、この過去に触れてはいけない)
私が私で有る為に。
(もう、だめ。止まれない)
私は私で無かった。
(嫌だ、何で、こんな)
私の前が椿で、その子もまたほたるというオリジナルですら無い。
(ダメ、もう、イヤ。私を独りにしないで)
ほたるは5歳の引っ越しの後に眠った。
(ゴメン。私のせい。私が貴方を眠りに追いやった)
ほたるを演じ続けて21年。あの子を諦めてから、私は眠った。
(優等生も真面目も模範も何もかも嘘。演技。私のホントじゃ無い)
私は私を演じる為のポーカーフェイスが上手過ぎた。私をも騙した。
わ、たしは。ほたるでは、なかった。
私はほたるを追い詰めた。名前で虐められても家では彼女。外が私。
わたしはほたるでは無い。
ほたるから椿。椿から私にバトンタッチをした、だけだった。
わたしはほたるにはなれない。
今の私は初めて視る世界に適応する為に反応を返していただけだった。
私はほたるでは無い。椿でも無い。あぁ……そうだ。空が私。
空っぽ。空虚。空隙。正に空。
もう。疲れた。