昔々、スマホの話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
それは、誰かの願いが灯した小さな奇跡。ショートショート
本文
昔々、あるところに、一枚の四角い板がありました。
おじいさんは毎朝、四角い板のような機械を握りしめ、じっと画面を眺めるのが日課でした。おばあさんは、その板に向かって話しかけては、時々「既読がつかない」とため息をついていました。
二人の暮らしはこうです。
朝起きると、おじいさんはまず「天気」を確かめるために空を見ず、板を見つめました。おばあさんは冷蔵庫を開けて「今日のごはん何にしようか」と悩みながら、結局また板に話しかけて、知らない誰かのレシピ動画を眺めるのでした。
お昼になると、二人は近所の川へ洗濯に……ではなく、近所のカフェへ、お昼のついでに「充電をしに」出かけました。板の電池が減ると機嫌が悪くなるおじいさんのために、おばあさんはいつも予備の電池のようなものを持ち歩いていました。
夜になると、二人は同じ部屋に座っていながら、それぞれ違う板を見つめ、時々「これ見て」と画面を見せ合っては笑っていました。会話をしているような、していないような、不思議な夜でした。
そんなある日、二人のもとに一人の旅人がやってきました。
「その板、まだ使ってるんですか」
旅人は驚いた顔で言いました。彼は、頭に小さな光る輪をつけていて、何も持たずとも、目の前の空間に文字や映像を映し出すことができました。
「これがないと、天気もわからないし、離れた孫の顔も見られないんじゃよ」
おじいさんが答えると、旅人は首をかしげました。
「僕らは考えるだけで、天気も、離れた家族の顔も、頭の中にふわっと浮かんできますけど」
おばあさんが「それは便利じゃのう」と感心すると、旅人はさらに続けます。
「それに、その板って、時々固まって動かなくなるんですよね? 僕、歴史の授業で習いました。『昔の人は、四角い板が急に真っ黒になって、電源ボタンを長押しして祈っていた』って」
おじいさんは気まずそうに、まさに今フリーズした板を裏返しました。
「い、いや、これは相性が悪いだけで……」
「あと『通知が来すぎて目が回る』とか『充電を忘れて外出先で真っ暗になる』とか、聞いてたんですけど、そんなの嘘でしょう? 今なんて、考えただけで充電なんて概念自体ないのに」
旅人は心底不思議そうに、板をつんつんとつついています。
おばあさんはくすくす笑いながら言いました。
「あんたも生きているうちに、きっと同じことを未来の誰かに言われるんじゃよ。『そんな古いやり方、信じられません』ってね」
旅人は「まさか」と笑い飛ばしましたが、おじいさんは静かに頷きました。
「便利な話には、いつも次の便利な話が待っておる。今のわしらがそうであるようにな」
旅人は納得したような、まだ半信半疑なような顔で頭の光る輪を撫でました。そして「そういうものですかね」と呟きながら、スッと消えました。
おじいさんとおばあさんは、また二人並んで、それぞれの板を見つめ始めました。フリーズしていた画面は、いつの間にか元通りになっていました。
そして今日も、どこかで誰かが「そんなの嘘でしょう」と、今の当たり前を笑っているのかもしれません。
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